4 世界が俺たちを排除対象に指定した
空が、音もなく裂けた。
ひび割れの向こうは赤黒い光で満ち、無機質な文字列が流れている。
【管理構造:修正開始】
【上位捕食者確認】
【未登録干渉者確認】
未登録――俺のことだ。
レイリアの指先がわずかに震えた。
「来る。戦闘になる」
次の瞬間、裂け目から“それ”が降りてきた。
白い装束。性別の判別もつかない中性的な容姿。瞳は金属のように光を反射している。
足が地面に触れた瞬間、周囲の草木の数値が一斉に書き換わった。
【生命活動:停止】
音が消える。
風が消える。
世界が“整列”させられていく。
「管理使徒……」
レイリアが低く呟く。
使徒は俺たちを見た。
視線だけで、背骨が凍る。
【対象:上位捕食者】
【対象:未登録干渉者】
【優先度:高】
「排除を開始します」
淡々とした声。
瞬間、空間が圧縮された。
見えない壁が四方から押し寄せる。
肺が潰れそうになる。
俺は歯を食いしばり、視界の数値を掴む。
【空間圧:9999】
削れ。
削れ。
削れ――。
【改竄実行】
【エラー:権限不足】
は?
数値が、弾かれる。
改竄できない。
「……外側権限」
レイリアが前に出る。
彼女が手をかざすと、圧縮がわずかに“止まる”。
【空間圧:更新停止】
「今。削って」
短い指示。
俺は再び数値を掴む。
止まっている。
更新されていない。
なら――削れる。
【空間圧:9999 → 5000 → 1200 → 0】
空気が弾けた。
肺に酸素が流れ込む。
使徒の視線がわずかに揺れた。
「干渉連携確認」
次の瞬間、使徒の背後に無数の光輪が展開される。
【攻撃式展開】
光が収束する。
「避けて」
レイリアの声と同時に、光線が地面を薙いだ。
森が蒸発する。
俺は転がり、立ち上がる。
速い。
速すぎる。
表示を確認する。
【管理使徒】
力:閲覧不可
魔:閲覧不可
構造:管理端末
端末?
こいつ、本体じゃないのか。
「レイリア、あれは――」
「食べきれない。まだ、完全体じゃない」
彼女の声がわずかに荒れる。
使徒が片手を上げる。
空に巨大な数式が展開された。
【世界修正:対象削除】
俺の体が透ける。
存在値が削られていく。
【存在確率:78% → 62% → 41%】
まずい。
これは削る以前の問題だ。
“存在そのもの”を書き換えられている。
レイリアが俺の前に立つ。
「止める」
彼女の瞳が蒼く発光する。
【世界修正:更新停止】
数式が固まる。
だが完全には止まらない。
使徒が一歩踏み出す。
地面が規則正しく崩壊する。
「干渉者二体。危険度上昇」
俺は歯を食いしばり、使徒の表示を無理やり引きずり出す。
見えないなら、作る。
表示がないなら、定義する。
【管理使徒】
干渉耐性:10000
なら――
「削るんじゃない……下げる」
俺は数値の“前提”に触れる。
耐性が成立する条件。
管理権限。
優先順位。
その一部を、捻じ曲げる。
【干渉耐性:10000 → 3000】
使徒の動きが止まった。
レイリアが息を呑む。
「……今」
彼女の指先が使徒へ向く。
【管理使徒:更新停止】
俺は全力で改竄を叩き込む。
【干渉耐性:3000 → 0】
光輪が砕ける。
使徒の体に亀裂が走る。
初めて、その表情に“感情”が浮かんだ。
「想定外」
次の瞬間、空間が強制的に折り畳まれる。
【緊急帰還】
使徒の姿が崩れ、裂け目の向こうへ消えた。
静寂。
焦げた森。
荒れた地面。
レイリアがその場に膝をつく。
「……危なかった」
俺も膝をつく。
勝っていない。
追い払っただけだ。
空に赤い文字が残る。
【干渉者、二体確認】
【排除優先度、最上位へ更新】
俺とレイリアは顔を見合わせる。
世界が、明確に俺たちを敵と認識した。
レイリアが小さく笑う。
「共犯ね」
心臓が、強く打つ。
俺はゆっくり立ち上がった。
なら――
世界ごと、改竄してやる。
空の裂け目が、再び軋んだ。
――続く。




