41 例外は伝染する
都市の空気が、変わった。
最初にそれに気づいたのは、レイリアだった。
「……ロルト」
彼女の声は震えていた。
ロルトはまだ空を見ている。
演算の海。
揺れ続ける前提。
だが――
今までとは違う。
数値が、増えていた。
《逸脱値:0.21》
《逸脱値:0.64》
《逸脱値:1.08》
都市の各所で、小さな光が灯っている。
まるで星だ。
だがその星は、すべて人間だった。
「……覚醒してる」
レイリアが呟く。
少年も気づいたらしい。
「おいおい」
彼は空を見上げた。
「これ、俺らのせいか?」
ロルトは少しだけ考えた。
「たぶんな」
そして言う。
「例外が衝突した」
「だから前提が緩んだ」
その瞬間だった。
都市の遠くで、爆音が響いた。
ドンッ。
地面が揺れる。
レイリアが振り向く。
「今の……」
煙が上がっている。
高層ビルの近くだ。
そして。
《逸脱値:7.91》
その数値が、跳ね上がった。
ロルトは目を細めた。
「暴走だな」
少年が笑う。
「覚醒失敗ってやつ?」
次の瞬間。
空間が、裂けた。
ビルの上空。
そこがまるでガラスのようにひび割れる。
人々が悲鳴を上げる。
「空が……」
裂け目から、何かが落ちてきた。
黒い塊。
それは人間だった。
だが――
体が歪んでいる。
腕が三本。
影が遅れて動く。
そして頭上に表示されている。
《逸脱値:11.02》
少年が口笛を吹く。
「やば」
「モンスターじゃん」
その存在は地面に着地すると、ゆっくり顔を上げた。
そして、笑った。
いや。
口が裂けた。
「おおおおおおおおお」
人間の声ではない。
重なった声。
ノイズ。
レイリアが後ずさる。
「……何あれ」
ロルトは静かに言った。
「前提崩壊」
「人間が世界に耐えられなかった」
怪物が動く。
歩くたびに地面が歪む。
《重力は下へ働く》
その文字列が乱れている。
少年が肩を回した。
「なるほど」
「世界って、こんな簡単に壊れるのか」
ロルトは言う。
「壊れてるんじゃない」
「元に戻ろうとしてる」
その時だった。
空が光った。
演算の海が、突然強く脈動する。
巨大なログが浮かび上がった。
《緊急管理プロトコル》
《起動》
都市全体の灯りが一瞬消える。
そして。
空に、巨大な文字列が展開された。
《例外感染確認》
《封鎖対象:都市セクター9》
《管理体派遣》
レイリアが息を呑む。
「管理体……?」
ロルトは空を見つめた。
その奥。
演算層のさらに上。
今まで見えなかった階層が開く。
そこから。
何かが降りてくる。
光の柱。
その中心に、人影があった。
白い外套。
人間の形。
だが足が地面につかない。
宙に浮いている。
そして頭上の表示。
《識別:管理体》
《名称:ARCH-07》
少年が目を輝かせた。
「おお」
「ボスキャラきた」
管理体がゆっくりと口を開く。
『例外個体を確認』
声は、都市全体に響いた。
『識別』
『ロルト』
『逸脱個体』
『分類』
少しだけ沈黙。
そして。
《超例外》
レイリアがロルトを見る。
「またそれ……」
管理体の視線がロルトに向く。
『世界の前提を書き換えた個体』
『危険度:最上位』
少年が笑った。
「すげえじゃん」
「ラスボス扱いだぞ」
ロルトは肩をすくめる。
「光栄だな」
だが管理体は続けた。
『もう一体』
視線が少年へ移る。
『未登録例外』
『解析不能』
少年が手を振った。
「どうも」
その瞬間。
管理体の周囲に無数の文字列が展開する。
《排除》
都市の空気が凍った。
レイリアが叫ぶ。
「来る」
光が落ちる。
巨大な槍のような演算。
少年が笑う。
「いいね」
「じゃあ――」
拳を握る。
《逸脱値:23.90》
空間が歪む。
そして言った。
「世界、どこまで壊れるか試そうぜ」
ロルトも手を伸ばす。
演算の海へ。
《重力は選択される》
その文字列が、再び輝く。
都市の夜が、激しく震えた。
そして。
遠くで。
新しい数値が跳ね上がる。
《逸脱値:31.44》
Axiomの声が、かすかに震えた。
『覚醒拡大』
『人類進化プロセス』
『制御不能』
都市の闇の中で。
また一人。
誰かが、空を見上げていた。




