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「……さんかく」
あわててあたしが振り向くと、ミツオが目を覚ましベッドに半身を起こしている。
ヒトシも帰ろうとしていた動きをとめ、ベッドの方を振り返る。
ヒトシの本音に、あたしはまだひとつも本音で答えていない。一生懸命戦ったふたりをまえにして、もうあたしはうしろを向いて逃げたくはなかった。
ベッドのまえからあたしは一歩を踏み出した。勇気を出して、口を開く。
「またきて」
それは真剣なふたりに対し、あまりにもあいまいな答えだったかもしれない。けれど、あたしにできる精いっぱいの答えでもあった。
ヒトシがおどろいたようすで口を開く。
「しかく……」
あたしとミツオを等分に見る。
「……あるのか、おれに」
恋する資格。
別れたあとのあたしのまえにあらわれる資格。
そんなことをいっているようだ。
「バーカ」
ベッドのうえのミツオがいう。
「資格なんていらねーだろ。おれたちはアマチュアなんだから。恋もボクシングも一緒だ」
それはミツオなりの対戦相手に対する最大限の賛辞のようであった。
「いいか、にーちゃん。おれはおまえに勝ったら、ふたばとつきあうって約束をしてたんだ。このままじゃ一生つきあってもらえねー。だから……」
ミツオは照れくさそうに言葉を続ける。
「逃げるなよ。またしようぜ、試合」
ベッドを立ちあがり、ヒトシのまえに歩いていく。こぶしをにぎって、まえにつきだす。
「ふっ……」
ヒトシが鼻で笑った。
「それ、負けたやつがいう台詞か?」
冷静につっこむ。
そしてヒトシもこぶしをにぎり、ミツオのまえにつきだした。
ふたりの中央で、ふたりのこぶしがこつんとぶつかる。
「なめんなよ」
ミツオがいう。
「誰が負けた。今日の試合でふたばがどっちを応援していたか知ってるか? 試合中におれを呼ぶ声がきこえたんだぜ。今のところ、おれの方がポイントで勝ってる」
「へらず口を」
ヒトシの声からさびしそうな色が消えた。
「このくそヤンキー。おまえもわかってきたじゃないか。ボクシングのたのしさがさ」
ヒトシはミツオに試合で勝った。
ミツオはヒトシに勝負で勝った。
そういうことだろうか。
あいまいなまま、納得した顔をするふたり。
シホのいうとおり、男心はまるでわからん。
「ねえ……」
少しでもそんなふたりに真剣にと思った結果、あたしはなんともまぬけなせりふを吐いてしまった。
「けっきょく、ふたりのなかではどっちの勝ちなの? 勝手に納得されちゃったら、今度はあたしが困るんだけど」
ふたりはこぶしをあわせたまま、あたしを見つめてあごをしゃくる。
正反対のミツオとヒトシは、気持ち悪いほどぴたりと声をハモらせた。
「ふたば」
「あたし?」
とつぜん勝利者宣言をされて、なんともまぬけに叫んでしまう。
ミツオがまた、わけのわからないことを口走る。
「ひとりの女をうばいあう、アマチュア三角ボクシングで……」
さらにヒトシが言葉を継いだ。
「今のところは、ふたばがひとりで勝っている。まだ、どっちとつきあうとか、好きとか嫌いとか、はっきりとした答えは出ていないんだろ」
なにそれ?
ぜんぜん意味がわからない。
真剣に考えていたのが、ひどくバカらしくなってしまう。
「ほら」
ふたりはまたも声をハモらせた。
あわせたこぶしの先を見つめながらいう。
「ふたばも、こぶし出せよ」
それであたしはこぶしをにぎり、ふたりの方へ歩いていく。
あわせられたふたつのこぶしに、横からあたしのこぶしをあわせる。
「これで誰も気まずくねーよな。これからが始まりだ」
ミツオがいうとヒトシがうなずく。
あたしはぶつけたこぶしを見つめる。
みっつのこぶしが不器用な三角形をつくっている。
あたしたちの三角ボクシングは、まだ第一ラウンドが終わったばかりだ。あいまいなまま最終ラウンドまでもつれた試合運びになるのか、次のラウンドで三人のうちの誰かがあっさりとKOをとるのか、そんなことはわからない。なんともあいまいな真剣さだが、とりあえず今はほんの一瞬のインターバルだ。
あたしたちは、三人そろって保健室の窓の外に目を向けた。
青い空に、セミがうるさく鳴いている。
間近にせまった三角形の夏休み。
へんてこなかたちのまま、ゴングが鳴るのを待っていよう。
恋もボクシングもね




