第6話 誠実の行く先
「お疲れ様でした。こちらが今回の報酬です」
「ありがとうございます」
馴染みの受付嬢コーデリアさんが、カウンターの上に布袋を置く。
その中身を丁寧に確認した。
「今日はおひとりなんですね」
「はい。エイドたちは忙しいみたいで」
俺はメイたちと正式にパーティーを組むことになった。
最初から人数やランクを指定されているものもあるし、こっちとしてもありがたい。
「そうだ、以前ユウマさんが依頼で採取されたリラの葉なんですけど、今は人気すぎて売り切れ続出ですって。薬の材料だけじゃなくて、疲労回復にもいいって噂が広まってて」
「リラの葉ですか……そんな依頼ありましたっけ?」
「ええ、依頼品は別の薬草でしたけど、ユウマさんがこれもどうかって、持ち込まれたでしょう? ここで居合わせた商人の方と、取引されていたじゃないですか」
思い出した、そういえばそんなこともあったな……。
「あれ、リラの葉って名前だったんですね。また時間があるときに探しに行きますよ」
「ええ、お願いしますね」
「それじゃ、お昼食べてきます」
「はい、いってらっしゃいませ」
俺はコーデリアさんにお礼を言って、ギルドを後にした。
「今回の依頼、他の冒険者に気付かれそうだったな……もっと慎重にやらないと」
スキルについては、すでにエイドとメイに打ち明けてある。
だけど、他の人にはなるべく知られたくない。
変に目をつけられて、厄介なことに巻き込まれるのはごめんだ。
「でも、エイドがS級冒険者だったとはな。あれ……俺、けっこうすごいパーティーに入っちゃったのか?」
エイドはストイックで筋肉ムキムキだし、メイの回復魔法士って国家資格らしい。
自然と口元が緩むのを手で隠しながら、俺はギルド近くのレストランへ向かった。
「あら、ユウマくん。いらっしゃい!」
店内に一歩足を踏み入れると、厨房の奥からすらりとした長身の人物が顔をのぞかせた。
今日も綺麗にメイクしてるな……。
エプロン姿のままホールへ出てきたその人は、俺に微笑みかけた。
「お客さんが多ければ、席が空くまで待ってますよ?」
「ちょうど窓際の席が空いたところなのよ、案内するわね」
背を向けて歩き出すその肩幅は広いのに、声も仕草も柔らかくて、思わず「彼女」と呼びたくなる。
ミレイユさん――俺が最近通い続けている、この店の店長だ。
この店に通うようになったきっかけは、クレーマーに絡まれていた彼を助けたことだった。
それ以来、ほぼ毎日顔を出す俺に、彼はいつもとびきりの笑顔を向けてくれる。
「うふふ、毎日来てくれて本当に嬉しいわ。さあ、どうぞ」
俺は指定された席へと移動すると、ゆっくり腰を下ろす。
クレームは宗教の違いが原因で、この店のメニューにその宗教では食べられない食材が含まれていたらしい。
食べる前に気を付けておけばいいだろ……。
その時はミレイユさんと客のやり取りを見守っていたけど、味方が欲しかったのか、ふいにその客が俺に話しかけてきた。
「……ですが、あなたの大切な神が、こんなことで罰を与えると思いますか? 違いますよね」
動揺した俺は、ここで意図せずスキルを発動してしまった。
店内の空気が凍りついたことには、すぐに気付いたけど。
普段の俺なら絶対に言わないセリフが、口をついて次々と出ていく。
あれ……いま考えてみると、刺されてもおかしくなかったよな。
「お待たせ。いつものと……よかったらこれ、サービスで」
「ダメですよ、ミレイユさん。もう十分お礼はいただいてますから」
テーブルの上に置かれたプレートには、小さなデザートが付いていた。
「遠慮しないで。あなたがいなかったら、この店は閉めなきゃいけなかったかもしれないの」
「えっ……それって、どういうことですか!?」
あの客は、その宗教ではそこそこの地位にいる人物らしく、あのまま揉めていたら店も危なかったそうだ。
「あれから、あのお客さん何回かいらっしゃってるの」
「えっ!? そうなんですか?」
「ええ、いつも空いている時間に来店されてね。私も、宗教間の違いにはあまり詳しくないから助かってるわ。食べられないものも多いものね」
あの後、使用されている食材を、メニューに記載するのはどうかって提案してみた。
彼は大賛成で、さっそく夜なべして、一晩で新しいメニュー表を作り上げたらしい。
「じゃあ、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
店長さんを呼ぶ声が聞こえて、ミレイユさんはトレーを胸に抱えると、次のお客の対応に戻っていった。
「……美味い。ここで食べる飯がいちばん落ち着く」
食事を終えた俺は、またギルドへ足を向ける。
中はいつも通り冒険者で溢れていて、俺は器用に人混みを避けながら掲示板の前にたどり着いた。
「おい、この依頼見てみろ。報酬がやたらと高い」
「やめとけやめとけ。こういう交渉の類いは荷が重いって」
へぇ、たしかに割がいいけど、内容が詳しく書いてないな。
交渉か……もしかしたら、スキルが役に立つかも。
俺は少し迷った末に、その紙を手に取ってギルドのカウンターへ向かった。
「この依頼って、交渉が主な仕事みたいだけど……大丈夫?」
コーデリアさんが、心配そうに問いかけてくる。
「……はい。俺でできることならやってみたいんです」
綺麗に整えた眉をわずかに寄せていた彼女は、小さくうなずいた。
背筋を伸ばし、いつもの落ち着いた口調に戻る。
「承知いたしました。それではこちらから依頼人に連絡しておきますね。詳細は直接お聞きになってください」
「は、はい。分かりました」
「余計なお世話かもしれないけど……気をつけてね?」
彼女は周囲を見渡して、そっと俺にささやいた。
それって、どういう意味だ……?
結局その意図は聞けないまま、手続きだけ済ませて俺はギルドの喧騒に背を向けた。
「……考えてても仕方ないし、やるだけやってみるか」
そう腹を括って、俺はギルドからの連絡を待つことにした。
◆
「私、商会を営んでおります、サディロス・ゴールドラインと申します」
「ユウマと申します。よろしくお願いします」
名刺を受け取って、嫌みにならない程度に、表と裏をくまなく確認する。
社畜だった頃の習慣っていうのは、そう簡単には抜けないもんだ。
サディロスと名乗る商人は、たぷたぷした腹を揺らしながら、ゆったりとソファに腰を下ろす。
「いやぁ、今日も暑いですなぁ」
「そうですか? 俺にはちょうどいいくらいです」
……日差しは強いけど、外はもう木枯らしが吹く季節だぞ。
「さっそくですが、依頼のお話をしても?」
「ええ、構いませんよ」
サディロスは手元の鞄から数枚の紙を取り出して、俺の前に差し出した。
「我々の商会が計画している開発事業において、とある村の方々と意見の食い違いが生じております。彼らは土地を奪われるのではないかと誤解しているようでしてな」
「土地を奪われる……ですか?」
「ええ。我々が提示しているのは生活の安定と発展を保証する内容で、脅かすものではないのです」
ここからそれほど遠くないな……セリナ村か。
人口は少ないが、土地はそこそこ広い。
開発事業って、土地を買い取って施設を建設するみたいだな。
「どうにもこちらの言葉がうまく伝わりませんでな。だからこそ、中立の立場で仲介してくれる方を探してギルドに依頼したのです」
中立って……ギルドに依頼した時点でもう違うだろ。
資料には村の経済状況も記載されていて、かなり困窮している。
インフラもまだ整ってない。
売却金で一時的に財政は潤って、雇用も生まれる。
村にとっては、悪い話じゃないだろうけど……。
「サディロスさんが購入を考えている場所には、何か特別なものがあるんですか?」
「え!? 特別なものですか……? 私もさほど詳しくはありませんが、彼らは代々あの土地を守ってきたようですな。手放すことにかなり強い抵抗があるようで」
サディロスさんは、テーブルの上のカップを落ち着かない様子で手に取ると、一気に飲み干した。
今、声が裏返った……彼の反応に少し引っかかる。
「……ところで、ずいぶんたくさん施設ができるんですね?」
宿泊施設に、物産市場……検問兼通行管理所か。
検問所――?
「この検問所って、国が管理するんじゃないんですか?」
「私どもの商会は、国と委任契約を結んでおるのです」
「なるほど。国が関わっているのか」
なら、そんなに警戒する必要もないのかもしれないな。
「……ユウマさんのお噂は、耳にしておりますよ?」
「私のことですか?」
「ええ。達成率が高い冒険者だと、ギルドでも評判になっているそうです」
サディロスさんは、少し興奮気味に話し始める。
「実は今回の依頼、あなたにお願いしたかったのです。しかし、指名ができないと言われまして。それでとりあえず依頼だけは受け付けていただいた、というわけです」
そうだったのか……それは偏りを出さないことと、不正ができないようにするためだろうな。
「他の人が連絡してきたらどうするつもりだったんですか?」
「その時は、お断りするつもりでした」
えらくペラペラ話すな……俺のスキルが知らないうちに働いてるのか。
「言葉を武器にできるあなたに、ぜひお願いしたい」
「……少し考えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです、返事は急ぎません。どうぞ、ご検討ください」
俺の勘が、今は即決するなと言っている……帰ってじっくり考えよう。
ギルドを出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
「……中立って、なんだろうな」
俺が間に入って、どちらかが損をすることになったら、それでも中立と言えるんだろうか。
「何か決め手になるものがあればな……」
その日は結局、決断を下せないまま教会へ戻った。
翌朝、早めに目を覚ました俺は、何となくギルドへと足を運んでいた。
「あれ……ユウマさんじゃないですか?」
声をかけられて振り向くと、そこにはアトーリオさんが嬉しそうに微笑んでいた。




