第7話 アトーリオ、再び
「アトーリオさん!? お久しぶりですね!」
冒険者でもない彼がここにいるなんて珍しいな……。
「実は、また彼女に探してもらおうと思って、あの指輪を自宅の庭に埋めたんです。でも、その場所を忘れてしまいまして」
「またですか。場所がわからないとなると……ある意味、前回よりも難易度が上がってますね」
「いや、お恥ずかしい」
アトーリオさんは照れくさそうに頭をかいた。
なんで素直に渡さないかな、この人は。
「あの指輪は、故郷の村で拾った貴重な鉱石から作ったものでして」
聞くところによると、彼は彫金師として生計を立てているそうだ。
「私の故郷はセリナ村というところでしてね。今はこっちに住んでますが、親戚はみんなあちらに残ってるんです」
……セリナ村って、依頼先の場所じゃないか。
思わぬ繋がりだった。
今回の件について、彼はどれくらい知っているんだろうか。
「アトーリオさん、今から少し時間あります?」
「え、ええ。大丈夫ですけど……」
不思議そうに俺を見つめるアトーリオさんを連れ、俺はまた、あのレストランへ向かうことにした。
……お、少し空いたか?
店内はお昼を過ぎたこともあって、落ち着きを取り戻していた。
カップが運ばれてきたところで、俺は話を切り出した。
「今、ゴールドライン商会から、セリナ村の件で依頼を受けるか迷ってまして」
「それって土地開発の件じゃないですか? 私も家族からの手紙で知りましたが、村では意見が真っ二つらしいですよ」
やっぱり知ってたな。
「アトーリオさんはどう思います?」
「街道での盗賊被害も多くて、行商人の出入りが減ってましてね……施設ができれば人が集まって、生活が潤うとは思うんですが」
そういえば盗賊の被害があるなんて、サディロスさんは一言も言ってなかったな。
「普段はどうやって生計を立てているんです?」
「小麦なんかの穀物を育てたり、近くの鉱山のおかげで鍛冶や彫金師として何とか生計を立てています。土地だけはありますからね」
アトーリオさんは2杯目のお茶を注文する。
今日は真剣な話をしているせいか、店長のミレイユさんは必要以上に接触してこない。
「ユウマさんは、依頼を受けられるんですか?」
「それがまだ悩んでいるんです」
アトーリオさんは、新しいカップに何個も角砂糖を入れていく。
かなりの甘党なんだな……。
彼は一口飲んで満足そうな表情を浮かべると、俺の方を見て苦笑した。
「村の年寄りたちは、土地を売るという行為そのものに強い嫌悪感を抱いているようですよ」
まぁ、そうだろうな……年を重ねるほど守るものが増えていく。
保守的な考え方になるのも無理はない。
「ただね、ユウマさん。背に腹は代えられませんよ。誇りで飯は食えません」
「ははは、それは確かに」
「あの、気になるようでしたら、商会の方も一緒にセリナ村に行ってみませんか?」
「……たしかに。それもいいかもしれませんね」
彼の言う通り、まず現地を見学させてもらうのもいい案だ。
「じゃあ、さっそくギルドで連絡してもらってきます」
サディロスさんは俺からの連絡を待っていたらしく、話は思ったよりもスムーズに進んだ。
「じゃあ、行ってきます」
神父とシスターたちに見送られつつ、俺は待ち合わせ場所のギルドへ向かった。
「エイド達にも相談に乗ってほしかったけどな……」
ふたりには結局会えなかった。
待ち合わせ場所が近づくと、アトーリオさんが手を振っているのが見える。
「ん……なんだあいつら」
アトーリオさんとサディロスさんの後ろには、体格のいい男たちが数人たむろしていた。
「おはようございます……この方々は?」
「お待ちしてましたよ、ユウマさん。彼らは護衛ですな」
「護衛ですか……?」
「ええ。最近盗賊の被害が多いと聞きますでしょう? ですから念のために」
サディロスさんは穏やかな笑みを浮かべたままだったけど、護衛たちは品定めするような視線を向けてくる。
……本当に護衛なのか?
「では、出発しましょうか」
サディロスさんが合図を送ると、御者が手綱を握る。
馬車の車輪は、ゆっくりと街の石畳を転がり始めた。
思った以上に揺れるんだな……やっぱりアニメみたいに快適ってわけにはいかないか。
向かう先は、セリナ村。
窓の外に広がる景色が、徐々に穏やかになっていくのを眺めながら、ぼんやりとしていた。
「……ユウマさん、もうすぐ着きますよ」
アトーリオさんの声で我に返ると、目の前には広大な小麦畑が広がっていた。
馬車は、ボロボロの木でできた粗末な柵を通り過ぎ、村の中へと入っていく。
「これは……」
俺はその先の言葉を飲み込んだ。
想像以上にひどい……かなり困窮しているという話も、納得せざるを得ない。
「あ、村の人たちが出迎えてくれてますね。それに……あれはラオスか。珍しいな、アイツがいるなんて」
道の先に見えてきたのは、村の中でもひときわ大きな屋敷だった。
数人の村人たちが、俺たちの馬車が近づくのを、仏頂面でじっと見つめている。
「……あまり歓迎はされていないようですね」
俺の言葉に誰も答えなかった。
ただサディロスさんだけは、なぜかニヤリと笑っていた。
「さあ、着いたようですな」
屋敷の前で馬車が止まると、最後にギギと軋んだ音が鳴った。
「皆さん、お出迎えありがとうございます」
サディロスさんとの温度差がすごいな……村人たちの誰も返事しないじゃないか。
「ユウマさん、こちらへ……」
アトーリオさんが俺に目配せする。
馬車を降りると屋敷の門が開かれ、奥には年配の男性の姿があった。
「ようこそ、セリナ村へ。村長代理を務めております、グレオルドと申します。こちらは息子のラオスです」
ラオスさんは、気まずそうに視線を伏せて軽く会釈した。
「さあ、どうぞ奥へ」
中は結構しっかりした造りなんだな……やっぱり村長代理の家だからか。
応接室へ通され、俺たちは勧められるままソファに腰を下ろした。
「そろそろご決断いただけましたでしょうか?」
痺れを切らしたようにサディロスさんが口を開く。
「村の中には、反対している者も多くおります。全員が納得しない以上、私の独断で契約を結ぶことはできませんな」
グレオルドさんの声は落ち着いていたけど、その拒絶ははっきりとしていた。
「親父、反対してるって言ったって、年寄りばかりだぞ?」
「……お前はそこで静かにしていろ」
横から口を挟んだ息子を、グレオルドさんは厳しい口調で窘める。
ラオスさんはバツの悪そうな顔をして、黙り込んでしまった。
「売却金で村を立て直せるのですよ? 土地も所有者が変わるだけですからな。それに、今は盗賊の被害でお困りでしょうに」
サディロスさんは鞄から書類を取り出した。
「水道などの設備も整備させていただくと明記してございます。施設が完成した際には、村の皆さんに雇用の機会をお約束いたしますよ」
うん……?
施設ができたからって、盗賊の被害が減るわけでもないだろうに。
「あの……少し質問しても構いませんか? サディロスさんは、盗賊対策をどうお考えです?」
俺の問いかけに、サディロスさんは笑みを浮かべたまま目を細めた。
あれ、変なこと言ったかな?
「……我々の護衛も施設の完成後には常駐させる予定ですし、周囲の巡回も計画しておりますよ」
「完成後ですか? じゃあ、建てるときはどうするんです?」
だって、盗賊被害がひどいんだろ……?
俺はテーブルの上に置かれた契約書に手を伸ばした。
「まぁ、この話は後で詰めるとして……ちょっと拝見させていただきますね」
書類を端から端まで目で追う。
ずいぶんと小さな文字で書かれているな……細かい字でびっしりと。
それに、「雇用」「整備」「巡回」――そのどれも、契約書には明確に記されてないぞ?
「ここの『施設の維持費は村側が一部負担する』ですが、土地は商会が買い取るのに、なぜ村側が負担するんです?」
「いえ……そのあたりは、柔軟に対応させていただく予定でしてね」
「でもこの契約書に書かれていない以上、どうとでもできますよね?」
部屋の空気が張り詰め、ラオスさんだけは、何か言いたそうにこっちをじっと見つめていた。
「雇用についても記載がない。施設が完成した後、村人たちを雇う保証もないですね」
あ……目をそらしやがった。
目の前に座るグレオルドさんは、俺の読み上げる文面に眉を寄せる。
「は、はは……いやいや。どうやら今日は退散した方がよさそうですな。そろそろ帰りましょうか」
「なぜです? 到着したばかりですし、契約の話がまだですから」
サディロスさんが目を見開いて、顔が一瞬赤く染まった。
「そうだ、現地を見学させてもらいませんか? お互いにとって、良い方法を探りましょう」
契約書は怪しい出来だし、このまま村を放っておくのも、なんだか後味が悪い。
「ちょっと、ユウマさん! あなた……我々の側の人間でしょう!?」
サディロスさんは呆れたように、大声を上げた。
「私は依頼を受けるとは、一言も言っていません。現地の状況を確認して、協力できるかどうか判断したいんです」
何言ってんだこの人……。
「この契約書、もう少し中身を拝見させてもらうとして……先に現地を見学しましょうか?」
あれ……どうしたんだ?
顔を上げて周りを見渡すと、部屋の人たちは呆然とした表情で俺を見つめていた。
「ああ、すみません。勝手に進めてしまって。何か不都合な点がありましたら、遠慮なく言ってくださいね」
「……実際に見て回りたいなんて言ったのは、アンタだけだよ」
「えっ?」
部屋の隅に立っていた村人のひとりが、ボソッと呟いた。
「そうだよなぁ……そこの連中も、実際には見てないもんな」
「んだな。いきなり村に来て、『あの土地を売ってくれ』って言ってきたもんな?」
「なんだと!? もう一回言ってみろ!」
「ひぃっ!」
不満を漏らす村人たちに向かって、待機していたガラの悪い護衛のひとりが怒鳴り声を上げた。
「……おい、止めるんだ。下がってろ」
「へい。すいやせん」
サディロスさんが低い声で制すると、彼らは舌打ちしながら村人を睨み付け、わざと足音を響かせる。
大人しくはなったけど、コイツら村の人を脅したりしてないよな?
「サディロスさん、護衛の方たちには外で待機してもらいませんか? これだと村の皆さんが怯えてしまって、まともに話ができません」
「なっ!? なんですって?」
「グレオルドさん、まずは現地の確認と、村で使用されている施設を見せてもらえますか? 村の人たちにも話を聞きたいですし」
「……こ、こんなことをしていては時間の無駄だ!」
突然、大声を上げて立ち上がったサディロスさんの顔は、真っ赤に染まっていた。
「私は帰らせてもらう!」
「もう帰るんですか? ずいぶん顔が赤いですけど、熱があるんじゃないですか? 最近、流行り病が出たってギルドで聞きましたし」
「な、なっ!?」
流行病というワードに、サディロスさんは慌てて荷物をまとめ始めた。
「お前ら、帰るぞ! ユウマさんは、ご自分でお帰りになってくださいよ!」
「ああ、はい。分かりました。お気を付けて」
顔をさらに真っ赤に染めたサディロスさんは目を見開くと、大きな音を立てて部屋を出て行った。
「お忙しい方ですね」
思わずそう漏らすと、グレオルドさんが苦笑する。
「ええ、本当に……では、さっそくご案内いたしましょうか。ユウマさんの意見をお聞かせ願いたい」
グレオルドさんは立ち上がると、部屋の奥へ続く扉をゆっくりと開けた。
「さあ、こちらです」
サディロスさんの望んだ形じゃなかったけど、俺のスキルは役に立ってる。
この時ばかりは、ローブ神に少しだけ感謝できた。




