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逆流者の旗 ~勇者じゃないけど、理不尽には逆らいます!~  作者: 秋月 爽良


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第5話 白銀の救世主!?

「わ、分かってるって……」

 

 逃げたくても、足が言うことを聞かないんだよ。

 視界の端にあの巨体がすぐ近くまで迫ってくるのが見えただけで、息が詰まってしまう。


「ユウマ! 早く!」


 メイの声が聞こえても、返事を返す余裕なんてない。

 

「ガアアァァ!」


 耳をつんざく咆哮が空気を震わせて、そこでようやく、固まっていた身体に焦りが戻った。

 

 ああ、完全に怒ってる……。

 戻って来たら子どものそばに怪しいヤツがいるし、そりゃ怒るよな?


「お、俺……指輪をこのオヤツと交換しに来ただけなんだ」


 ひとまず落ち着くんだ。

 わずかな隙間さえできれば、入り口へ走れる。


 俺は震える指で、オヤツをひとつ取り出した。


「よかったらこれ……お近づきのしるしにどうぞ」


 そっと放り投げると、親の魔獣はパクリと飲み込む。

 食べた……それなら、なんとかなる!


 親魔獣と距離を測りながら、オヤツを離れた場所へ投げていく。

 入り口を出ると、エイドたちが固唾をのんで見守っているのが視界の端に映った。


「もう少し……あっちへ行ってくれ!」


 最後のオヤツを遠くへ放り投げて、エイドたちの方へ走り出した。


「グウゥゥゥ!」


 背後から低いうなり声が追いかけてくる。


「ユウマ!」


 死に物狂いで走る俺の前に、盾を構えたエイドが飛び出してきた。

 ガアァン!


「うわぁ!」


 差し出された盾が、親の一撃を受け止めた音が辺りに響き渡る。

 足から力が抜け、エイドにしがみつくようにして、俺はその場にへたり込んだ。


「立て、ユウマ! 立てって!」

「はぁっ、はぁっ……む、無理だよ」


 盾越しに見える周りの景色が、やけにゆっくりと流れていく。

 あ、これ走馬灯か……?


「白き息吹よ、この手に集え。癒しの力を敵を退ける力へ変え、氷塊となって撃ち抜け!」


 メイの詠唱する声が聞こえて視線を向けると、彼女の手のひらが青白く光っていた。

 隣でアトーリオさんが、石を拾っては投げてくれているのも見える。


 ありがとう、ふたりとも……メイは攻撃魔法も使えるんだな。


「アイスメイデン!」


 メイの手のひらから放たれた指先ほどの氷の欠片は、俺の目の前をゆっくりと飛んでいく。

 全部で5つか……綺麗な丸い形をしてる。


「ガゥ……?」


 氷の欠片は親魔獣の脚にポンポンと当たって、むなしく地面へ転がった……。


「グワァァ!」 


 俺たち、ここで死ぬのか……エイド、鈍くさくてごめん。


 親魔獣が脚を振り上げる。

 ああ、終わった……怖くてもう目を開けてられないよ。


「あの、大丈夫ですか?」

「え……?」


 衝撃と痛みの代わりに聞こえてきたのは、不思議なくらいよく通る声だった。

 目をそっと開けると、白銀のローブをまとった青年が、片手で親魔獣の脚を受け止めたまま、こっちをのぞき込んでいた。


「おふたりとも、私の声が聞こえてますか?」


 白銀の青年に声をかけられて、はっと我に返る。


「ああ、すまん。助かった」


 エイドはさすがというか、すぐに言葉を返した。

 俺は腰が抜けて立ち上がれないや……。


 青年はゆっくりと魔獣の足をどかすと、ポンポンと軽く巨体を叩いた。


「ダメですよ、人を驚かせては……ほら、おとなしくしてなさい」


 親魔獣は勢いをなくし、飼い主に何かをねだるように、その場にぺたんと座り込んだ。

 叱られたのが分かるのか……それに魔獣が懐いてる。


 彼は一体何者なのか――そんな疑問が頭をよぎった。


「私はネリオと申します。この親子は、ここで飼育しているんですよ」

「飼育!? 魔獣を?」


「はい、そうです……しかし、こんな場所に人が来るなんて思ってもみなかったもので」


 ふふふ、と笑うネリオは人当たりがよさそうだ。

 だけど、その笑顔に妙に見入ってしまう。


「ふたりとも無事だった!? エイド、怪我は?」 


 メイとアトーリオさんが息を切らしてこっちへ駆けて来る。


「ああ、少し擦りむいただけだ。彼のおかげで助かった」

「そう、良かった。あの、本当にありがとう」


 メイはネリオにぺこりと頭を下げると、すぐにエイドの傷を確かめる。

 さっきの魔法はともかく、こういうとこはテキパキやっててすごいよな……。


「ところで、なぜ、こんな場所までいらしたのですか?」


 ネリオはメイたちの様子を見つめながら、魔獣の鼻先を軽く撫でる。


「ギルドで依頼して、指輪を探してもらっていたんです……あなたが飼っている魔獣の子どもが持って行ってしまったものですから」

「ああ、そういうことでしたか」


 ネリオは苦笑してチラリと視線を後ろに向ける。


「すみません、この子たちは珍しい物を見つけると、つい持ち帰りたがるんですよ」


 親魔獣は、さっきまでの威圧感が嘘のように消え、気まずそうな表情まで浮かべているように見えた。

 こんなに躾られるものなのか……一体何者だ、この人。


「こちらにお持ちしますので、少しお待ちください」

「あ……それは、さっき返してもらったんです」


 手に握り締めていた指輪を見せると、ネリオは意外そうな顔をして俺の顔をじっと見つめる。

 

「ほう、そうでしたか。これは何とも……ふふふ」


 ん……なんだ?

 エイドの方をチラリと見ると、彼もまた、わずかに眉を寄せていた。


「ア、アトーリオさん、指輪を確認してもらえますか?」


 俺は嬉しそうに駆け寄ってくる彼に、指輪を手渡す。


「ああ……これです。本当にありがとうございました」


 ……よし、これで目的の物は見つかった、早く街へ戻ろう。

 俺はそれとなしに、エイドに視線を送った。


「メイ、腹が減ったし、そろそろ帰ろうぜ?」

「あら、もう帰るの?」


 エイドもすぐ察してくれたようだった。


「おや、そうですか。もう少しお話したかったのですが」

「いや、こちらこそ助けてもらったのに申し訳ありません。また機会があれば、その時に」


 俺は曖昧な返事でごまかした。

 約束はしない、それが一番いい。


「……そうだネリオさん、お願いがあるの。巣にある素材を少しだけ分けてもらえない?」


 メイさん――?


「見た感じ、黒狼型魔獣(シャドウ・フェンリル)の上位種でしょう? 軟膏を作るために前から欲しかったの」

「おや、よくご存知で……さすが回復魔法士ですね」


 あれ、メイが回復魔法士って言ったっけ?

 ネリオはまるで最初からすべてを知っていたかのように、俺をじっと見つめていた。

 

 ◆


「ありがとう、これでまた軟膏が作れるわ」


 メイは、ネリオから受け取った素材を抱えて、にっこり微笑んだ。

 その横で、俺とエイドは無言のまま顔を見合わせる。

 

 なんなんだろうな……この妙に肝の据わった天然は。


「いえいえ、その程度ならいくらでも。ああ、そうだ……子どもの方はまだ名前が決まっていないんです。よければお知恵を貸していただけませんか?」


「私たちが、名付け親になれるの!?」 


 突然のネリオの申し出にメイは喜んで、真剣に悩み始めた。


「ユウマさんたちも、ぜひどうぞ」

「あ、ああ……」


 魔獣に名前を付けているのか……飼育してるって言ってたけど、ペットみたいな扱いなのか?


「それじゃあ、『クロ』ってどうかしら?」

「ひねりがなさ過ぎじゃねぇか?」


「えー、可愛いと思ったのに」


 メイとエイドのやり取りに和みつつ、アトーリオさんは「じゃあ『シュヴァルツ』とかは?」と、どこかで聞いたような名を挙げる。


 俺たちのやり取りを、ネリオは口を挟まず、ただ笑顔で見守っていた。


「じゃあ……バルド。バルドはどうだ?」

「ガウッ!」


 北欧神話のバルドルから思い付いた。

 俺が挙げた名前に、子どもの魔獣は返事をする。


「おっ、バルドが気に入ったんじゃねぇのか?」

「バルド……うん、いい響きね」

 

 たしか、神話に出てくる美しくて賢い神の名だ。

 この綺麗な毛並みをした魔獣の子には、妙に似合う。


「それじゃ、俺たちもそろそろ戻るか」


 エイドの言葉に、俺たちはうなずいた。

 

「皆さん、ありがとうございます……では、またいつかお会いする日までお元気で」

「あ、ああ、またいつか」


 魔獣たちを連れ、ネリオはゆっくりとねぐらの方に戻っていく。

 別れを告げた彼の言葉は、妙に心に引っかかった。

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