第4話 お前ら、正気か?
「こちらが依頼人のアトーリオさん。説明してもらうから、とりあえず座りましょ?」
「うん、わかった」
俺たちはソファへ腰を下ろした。
よっぽど切羽詰まってるのかな……アトーリオさんは落ち着かないみたいだ。
「お付き合いしている彼女に渡す指輪を、湖のそばの木の中に隠したんです。とても特別な場所で、見つけてくれたらそのままプロポーズしようと思いまして」
「はあ、そうなんですか」
なんか、変わった人だな……サプライズってタイミング考えないと難しくないか?
エイドをちらりと見ると、ソファで腕を組んだまま、眉間にシワを寄せている。
俺の視線に気付くと、小さくうなずいた。
「彼女の喜ぶ顔が見たかったんです……でも、突然現れた魔獣の子供が、指輪をくわえて逃げてしまいました」
「大丈夫ですよ、アトーリオさん。その魔獣がどこに行ったか分かりますか?」
メイが声をかけると、彼は唇を噛み締めて、悲しそうに目を伏せる。
「魔獣がねぐらにしてる場所は分かります。でも、親が近くで見張っていて近寄れなくて。ですから、どうかお願いします」
そう言いながら、アトーリオさんはテーブルの上に布袋をそっと置いた。
なんだ、報酬かな……結構あるぞ?
開かれた袋の中には、鈍く光る硬貨が入っていた。
これで指輪を買い直した方が良いんじゃないか……思わずそう口走りそうになって、俺は慌てて口をつぐんだ。
そもそも価値観なんて人それぞれだ。
「ちょっとユウマ、聞いてる? だから、あなたが必要なの」
「ちょっと待ってくれよ……相手は魔獣だし、俺にできることってなさそうだけど」
エイドがガチガチに装備を固めて飛び込んだ方が、よっぽど回収できる確率が高いんじゃないのか?
メイは分かったような顔をして、首を左右に振った。
「ユウマが説得してくれたら、指輪を返してもらえるかもしれないでしょ。でも、攻撃して親の魔獣が暴れ出したら、誰かが怪我をするかもしれないのよ?」
その発想はおかしいだろ、俺がケガをするのはいいのか!?
エイド、助けてくれよ……あ、コイツ目を逸らしやがった。
「それにユウマ……魔獣相手でも交渉できるんじゃないの?」
「いや、できないけど!? 何言ってるんだよ、メイ。お前ら正気か!?」
心の中の声がそのまま漏れた。
「メイがお前の噂を聞いたんだよ。交渉がうまいって、ギルドで評判らしいぞ?」
それまで黙ったままのエイドが、気まずそうに口を開く。
「そうよ、レストランの件も聞いたわよ? 他にも噂は耳に入ってるんだから」
「いや、あれは偶然そうなっただけで……」
スキルが勝手に発動したんだよな……アトーリオさんもいるし、ここでバラすのもなぁ。
「大丈夫、ケガをしても治してあげるから。私、回復魔法士で治療が得意なの」
なんだろ……安心できるはずなのに、不安しかない。
どうにも決めきれない俺は黙り込んでしまった。
その指輪じゃないといけない理由ってあるのかな……。
「あの……アトーリオさん。その指輪には何か特別な思い出があるんですか?」
「彼女とは幼なじみなんです。いつかプロポーズしようと思って、故郷の貴重な鉱石を掘り出して指輪にしたんですよ」
余計なこと聞かなきゃ良かった……メイは感動して目が潤んでるし。
エイドは、諦めろって顔してる。
「……わかった、やってみるよ。でも、期待しないでくれよ?」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「さすが期待の新人ね、頼りにしてるから」
不安でいっぱいだけど、喜ばれるとやっぱり嬉しい。
エイドは、片眉を上げてふん、と鼻を鳴らした。
「……ついにやる気になったな」
「うん、どこまで役に立てるか分からないけどな。ところで、その場所ってどのあたりなんです?」
「ええ! 私、地図を持ってきてますから!」
テーブルの上に広げたアトーリオさんの地図を、頭を寄せ合ってのぞき込む。
湖のそばの倒木の辺りが魔獣のねぐららしい。
「場所も確認したし、明日の早朝に出発しましょうか」
依頼はついに明日。
不安は尽きないけど、やるだけやってみるさ。
◆
「……ねぇ、ユウマ」
「どうかした? メイ」
大きな岩に手をかけて、登り切ったところだった。
振り返ると、メイが俺の腰にぶら下がった袋を指差した。
「それ、何なの? さっきからすごい臭うんだけど」
「あ、やっぱり臭い?」
メイはハンカチで口と鼻を押さえながら、眉間にシワを寄せている。
鼻をつまんでいるエイドは、苦悶の表情を浮かべていた。
「これ、オヤツ。魔獣用に作ってみた」
「……まさかあれから作ったのか?」
「少しは役に立つかもと思ってさ。臭いは我慢してもらえると嬉しいんだけど」
「やるじゃない、ユウマ」
昨夜、教会の厨房を借りて、俺はあるものを練り上げていた。
「鶏肉と腐った雑穀、それから匂い付けにハーブだな……でもこれ、かなり臭いな」
食べてくれる保証なんてないけど、少しはマシなんじゃないか?
神父たちも鼻をつまみながら、離れた場所で見守ってくれていた。
快く差し出してくれたこの食材を、無駄にはできない。
「皆さん、到着しました。こちらです」
先頭を歩いていたアトーリオさんは、木々に囲まれて薄暗くなった場所を指さした。
「魔獣の子は、あの辺りに入って行きました……今のところ親の姿は見えませんが、油断は禁物です」
親はかなり大きいらしいから、いればすぐに見つかるはずだ。
「よし、俺が先に様子を見てくるから、お前たちはここでちょっと待ってろ」
「え? 行ってくれるのか、エイド」
「ああ。ユウマだけ危険な目に遭わせたりしねぇよ」
エイド、案外いいやつだな……。
彼は手を軽く振って、姿勢を低くしながら慎重に近づいていく。
魔獣のねぐらをのぞき込んだ後、手招きをした。
「さあ、私たちも行くわよ」
メイに促されて恐る恐る近づくと、倒木の奥に、ぽっかりと空いた穴があった。
子どもの魔獣がうずくまっているのが、かろうじて見える。
「……親はいないみたいね? ユウマ、出番よ」
メイは俺の背中をぽん、と軽く押してくる。
「……なぁ、思ったより大きくないか?」
「大丈夫、気のせいだから。ユウマならできる、頑張って」
メイがそう言うと、まるで打ち合わせでもしていたかのように、俺以外の3人は一斉に岩陰へと身を隠した。
……いや、冗談だろ?
「なんで、俺ひとりなんだよ……」
「大丈夫だ、ユウマ。ケガをしてもメイが治療してくれる。安心して行ってこい」
アトーリオさんは泣き出しそうな顔してるし、ふたりとも最初からそのつもりだったな?
仕方ない、行ってみるか。
俺はため息をつきながら、例のオヤツを取り出してねぐらの方をうかがう。
そっとそれを差し出した。
「お、おーい……おチビ。これ食べてみないか?」
俺の声が届いていないのか、魔獣の子どもはピクリとも動かない。
ダメか……やっぱり素人が作ったものなんか、効果はないよな。
後ずさった拍子に、足元の枝を踏んで音を立ててしまった。
頭を上げた魔獣の子どもは、俺の姿を見た途端、慌てて逃げ出そうとする。
「あ、ちょっと待ってくれ!」
思わず声を張り上げると、ピタリと動きが止まった。
「もしかして、俺の言葉がわかるのか? いや、まさかな……」
子どもは耳をピクリと動かすだけで、その場で固まっている。
「ほら、これ食べ物だよ。きっと美味しいと思うんだ」
俺はオヤツをひとつ掴んで放り投げる。
しばらく待っていると、魔獣の子どもがゆっくりと一歩踏み出した。
「た、食べてくれた……」
フンフンとオヤツの匂いを嗅いだ子どもが、そのままパクリと一口で食べてしまった。
モグモグと口を動かしながら、物足りなさそうな顔でこっちを見つめてくる。
「もしかして気に入ったのか? まだあるぞ、ほら」
袋からいくつか取り出して放ると、子どもは空中で器用にキャッチする。
可愛いけど、口元から炎が漏れているのはちょっと怖いな。
「な、なぁ……お前、指輪を持って行っただろ? これと交換してくれないか?」
「グルルル……」
……今のグルルルは、どういう意味だ?
魔獣の子供は急に背を向け、ねぐらの奥へと引っ込んでしまった。
「やっぱりダメか……こうなったら、親が戻ってくる前にみんなで探すしかないな」
あれ、また戻って来た。
子どもはまた姿を現すと、俺の前にぽとりと何かを落とす。
それは銀色に輝く、小さな指輪だった。
「あ……もしかして持ってきてくれたのか?」
「ガウッ」
良かった、みんな喜ぶぞ。
すぐに指輪を拾い上げ、待っている3人の方へ振り返る。
「おーい! 指輪、見つけた!」
「ホントか!? いいぞ、早くこっちに戻って来いよ!」
ズンッ……。
エイドたちの声が聞こえて、魔獣の子どもに声を掛けようと向き直った瞬間、地面がぐらりと揺れた。
「……あれ、地震か?」
何か、こっちに来てる……?
魔獣の子どもは、それを待っていたように嬉しそうな鳴き声を上げた。
「ユウマ! 早くそこを離れろ!」
エイドの叫び声に慌てて振り返ると、ねぐらの入り口を塞ぐように、巨大な影が近づいていた。




