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第九話 初期投資は大事

長くなってしまった

「これでは、完全に赤字だ」


薄暗いコンクリートの要塞の中で、山門武は脳内に浮かぶホログラムの数字を見つめ、苦渋の声を漏らした。アンドロイド二十二体の購入で、十一億四千万円あった残高はすでに三億円を切っている。その上、提示された見積もりは残された予算を遥かに超過していた。


「マスター、これが私の算出したインフラ構築費用、およびジル殿の要求した軍事武装の総額です」


上級管理アンドロイドのハインが、抑揚のない声で告げる。大型インバーター発電機『EU55is』、膨大なガソリン、プレハブ小屋の建材、そして八九式小銃やM249軽機関銃といった自衛隊仕様の重火器。画面の最下部には、残高を容赦なくマイナスへと叩き落とす残酷な数字が踊っていた。


「ハイン、ジル。悪いが、計画を大幅に縮小する」


武は首を振った。


「今の俺たちに、このフルスペックのインフラと軍備を同時に調達する余裕はない。生き残るための、本当の『最低限』まで削るぞ。」


隣に立つ防衛指揮官のジルが、端正な眉をひそめる。


「マスター、兵力を展開するにあたり、火力の妥協は生存率の低下に直結します。未開の地での防衛戦を軽視されるのは危険かと。」


「分かっている。だが、無い袖は振れないんだ」


武は視線でインベントリの画面を操作し、冷酷に、かつ慎重に発注リストを間引いていった。


「まず、チェーンソーや電動ドリル、コンクリートミキサーといったプロ用の重機はすべてカットだ」


「……動力系の開拓ツールをすべて排除するのですか?」


ハインが微かに目を見開く。


「そうだ。代わりにハチェット(手斧)、両手挽きの大型鋸、バール、鉄製のスコップを入れる。完全に人力に依存する原始的な工具類だ。幸い、うちにはスタミナの概念を持たない下級作業用アンドロイドが十体もいる。筋肉の代わりに、徹夜で動き続けるお前たちの鋼鉄の駆動系に泥臭い肉体労働を課す」


「承知いたしました。作業効率は落ちますが、稼働時間の最適化でカバーします」


問題は、ジルの管轄である防衛兵装だった。武の手元を凝視するジルの視線が、リストの削除線が進むたびに鋭さを増していく。


「ジル、アサルトライフルである八九式小銃の項目はすべて消す。それに伴い、5.56mm NATO弾の弾薬箱も大部分を削る」


「お待ちください、マスター! それでは兵士たちの主兵装が――」


「代わりにこれを使う」


武が画面に表示したのは、構造が極めて単純で堅牢なボルトアクション式狙撃銃『豊和M1500』だった。


「連射は利かない。だが、一発の確実性と、構造の単純さゆえの壊れにくさ、そして何より本体価格の安さは圧倒的だ。これを二〇丁、兵士たちの主兵装とする。いざという時のサイドアーム(拳銃)も、今回は支給なしだ」


「……ボルトアクションのみ、ですか。接近戦に対応できません」


ジルが悔しげに唇を噛む。


「だから、すべてを妥協したわけじゃない」


武は、リストの最下部に残った二つの名前を指で強くタップした。


「『M249軽機関銃』。これだけは、どれほど予算が逼迫しようとも、二丁だけリストに残した。圧倒的な面制圧能力を持つこの分隊支援火器を、拠点の左右に配置して固定砲台として運用する。それ以外の戦力は、お前たちの精密射撃で確実に各個撃破する――それが、今の俺が用意できる限界の防衛戦術だ。これなら不満はないな?」


ジルは武の目を見つめ、やがて小さく息を吐いて深く頭を下げた。


「……了解しました。与えられた兵器で完璧な防衛線を構築してみせます」


画面に表示された最終的な合計金額が、現在の残高の内側に収まる。


「よし……これでいく。ハイン、バッテリーが切れる前に、この人力ツールで最低限の防壁と充電ラインの基礎を作れ。ジル、弾は一発も無駄にできないぞ。これが、俺たちの現実だ」


武が決定キーを念じると、至近距離の空間が激しく歪み、冷たい金属の匂いとともに、削り出されたばかりの無骨な鉄塊と、大量の木製工具が地面へと転がり落ちた。


「さて……まずは懐事情の確認だな」


武は念じ、自身の権能である『異世界トレーダー』のシステム画面を脳内に展開した。視界の隅に表示された現在の残高を見て、武は思わず喉を鳴らした。


画面に表示された数字は、9,842万6,000エン。


「おいおい……一気に一億を切っちまったか。さっきまで十一億もあったっていうのに、ミリタリー調達とインフラ初期投資ってのは、本当に金が湯水のように消えていくな」


武が自嘲気味に呟くと、隣に立つハインが冷静に補足した。


「マスター。今回の大量購入には、兵士二〇人分の防弾ベストやヘルメット、最低限とはいえ数万発におよぶ7.62mmおよび5.56mmの弾薬箱、さらには充電ライン用の資材も含まれています。初期投資として、この出費は妥当な範囲内です」


「分かってるよ。ただ、数字が激減すると精神的にくるってだけだ。元は現代日本のただの一般人だからな」


武がため息をつくと、ジルが床に置かれた豊和M1500のボルトを厳かに引き、金属音を響かせた。


「マスター。残高が減ったとはいえ、兵装の最低限のラインは確保されました。この装備を前提とした、新たな防衛・開拓プランをハインと策定しました。お聞きいただけますか」


「ああ、頼む。このカツカツの装備でどう回す?」


ハインが手元の端末を操作し、青い立体図面を空間に投影する。


「まず開拓ですが、下級作業用一〇体を二班に分け、交代制で手斧と大型鋸による伐採を行います。人力のため時間はかかりますが、二四時間ノンストップで稼働させ、三日以内に拠点の周囲二〇メートルを完全にクリアにします」


「二四時間人力伐採か。スタミナのないアンドロイドならではの力技だな」


「ええ。そして伐採した木材は、そのまま外周の簡易防壁の資材に転用します」


続いてジルが、二丁のM249軽機関銃を指し示した。


「防衛に関してですが、この二丁の軽機関銃は、洞窟の入り口を挟む形で左右の強固な土嚢陣地に固定配置します。射界を重ねることで、接近するあらゆる脅威を面で制圧可能です」


「ボルトアクションの兵士たちはどう配置する?」


「彼らは射撃精度の高さを活かし、軽機関銃の死角となる外周防壁の裏から、各個精密撃破を狙わせます。サイドアームがない以上、絶対に接近戦はさせません。近づかれる前に、このM1500の7.62mm弾で文字通り『肉片』に変えます」


ジルの冷徹な言葉に、武はゴクリと唾を飲み込んだ。現代人としては背筋が凍るような戦術だが、ここは未開の古代地球。これくらいの覚悟がなければ生き残れない。


「わかった、二人のプランでいこう。残高は一億を切ったが、まだゼロになったわけじゃない。バッテリーが切れるまでの七日間、このミニマム装備で限界まで拠点を魔改造する。……ハイン、ジル、作業を開始してくれ」


「「御意、マスター」」


二人のアンドロイドが深く一礼し、原始の闇へと静かに動き出した。


「動力工具がなくてすまないが、これで頼む。……それと、これがお前たちの武器だ」


武は洞窟の奥へ引っ込む前に、その場に精神を集中させた。

空間が激しく歪み、ガサガサと音を立てて大量の木製工具一式――手斧、両手挽きの大型鋸、バール、鉄製のスコップが積み上がる。さらにそれと同時に、冷徹な黒い輝きを放つ堅牢なボルトアクション式狙撃銃『豊和M1500』が二十丁と、重厚な分隊支援火器『M249軽機関銃』が二丁、ずっしりとした弾薬箱とともに具現化された。


「問題ありません、マスター。私たちの駆動系には疲労という概念が存在しませんので、人力工具でも十分に稼働可能です」


ハインが無機質な手で手斧を拾い上げ、下級アンドロイドたちに配っていく。


一方、防衛指揮官のジルは豊和M1500を手に取ると、流れるような動作でボルトを後退させ、薬室の構造を点検した。


「……素晴らしい剛性です。サイドアームがなくとも、この銃と二丁のM249があれば、近づかれる前に敵を確実に排除してみせます。マスター、ご安心を」


「頼む。弾は一発も無駄にできないからな。……よし、作業と警戒を開始してくれ」


「「はい、マスター」」


ハインとジルが深く一礼し、兵士たちを引き連れて原始の闇へと静かに動き出した。下級アンドロイドたちは無言で手斧や鋸を手に取ると、さっそく漆黒の原生林へ向かって鉄の刃を振り下ろし始める。ゴン、ゴンと、夜の静寂を切り裂く重い音が響き渡る。


彼らの二四時間自動人力伐採を見届け、武は洞窟の奥へと戻った。


唯一の明かりであるランタンの炎が、湿った岩壁に不気味な影を落としている。防音性の高い蚊帳の向こうからは、巨木を叩き割る鈍い音がかすかに響いていた。


「二四時間の人力伐採、か。……だが、これじゃジリ貧だ」


武は冷たい地面に腰を下ろし、再び脳内に『異世界トレーダー』のシステム画面を呼び出した。現在の残高は9,842万6,000エン。一億の大台を割り込んだ数字が、じわじわと焦燥感を煽る。次のステップへ進むためには、この手元の資金を再び爆発的に増殖させる「新たな自動化ライン」の構築が不可欠だった。


「これまでは拳銃や狩猟銃で回してきた。……次は、一気に桁を変える」


武の脳裏に浮かんだのは、今後の本格的な拠点開拓とアンドロイドの長距離移動を支える「足」――すなわち車両の導入だった。もし、高額な軍用装甲車やオフロードトラックのパーツを「四分の一の材料費」で取り寄せ、錬成・自動売却のループにハメることができれば、一回あたりの純利益は数千万、あるいは億単位に跳ね上がるはずだ。


「よし、まずはトヨタの『ランドクルーザー』か、あるいは米軍の『ハンヴィー(HMMWV)』あたりを――」


だが、インベントリの検索窓に車両の設計データを打ち込んだ瞬間、システムから非情な警告ポップアップが脳内に突きつけられた。


【エラー:『異世界トレーダー』のクラフト権能は、オブジェクトの重量および構造が「武一人の人力で組み立て・調整が可能であること」を絶対条件とします。総重量数百キロを超えるエンジンブロックやトランスミッション、装甲板など、人間の力で持ち上がらないパーツを含む複合構造物は、規定の錬成制限に抵触します】


「――ッ、ダメか……! 物理的に俺一人で持ち上げて組み立てられないとダメなのか!」


武は思わず額を押さえた。どれほどシステムがチートだろうと、具現化できるのは「自分の手の届く範囲(至近距離)」かつ「自分の腕力でハンドクラフトできる限界まで」という凶悪な制約が存在したのだ。


一方で、総重量が三十八キロ近くある軍用の『M2重機関銃』などは、パーツ単体に分解すればレシーバー等の重い部分でも二十キロ程度であり、武の腕力でもギリギリ持ち上げて組み立てが可能(ハンドクラフトの範囲内)としてシステムに承認されていた。しかし、エンジンや車体フレームそのものが数百キロを超える車両クラスになると、どう逆立ちしても一人ではパーツを持ち上げることすらできず、完全に弾かれてしまう。


「車両を使った一攫千金は諦めるしかないな。……なら、原点に立ち返る。俺一人でパーツを持ち上げて組み立てる(ハンドクラフト)ことができて、かつ一丁あたりの単価が狂っているほど高い軍用の超高級銃器だ」


武は諦めて思考を切り替え、ライフルカテゴリーの最上層をスクロールした。狙うは、精密ボルトアクションでありながら、世界各国の特殊部隊が採用する「国家予算レベル」の超高価格帯の狙撃銃。そして、一つの銃器データに目が留まった。


『CheyTac M200 Intervention(シャイタック・インターベンション)』。


映画やゲームでも「最強の狙撃銃」として名高い、408シャイタック弾を使用する超長距離大口径狙撃銃だ。総重量は約十四キロ。パーツ単位に分解して取り寄せれば、重いバレルやレシーバーでも数キロ程度であり、武一人で十分に持ち上がり、組み立てられる。


構造はボルトアクションゆえに車両とは比べ物にならないほど単純であり、クラフトの制約を完全にクリアしている。システムが弾き出した詳細な価格設定は、以下の通りだった。


・完成品市場価格(売却額):2,250,000エン


・必要材料費(取り寄せ額):562,500エン(完成品価格の四分の一)


・一丁あたりの純利益:1,687,500エン


・錬成所要時間:約八分


「よし……これならBlaser R8の効率を遥かに狙える。この『シャイタック・システム』でいくぞ」


武は確信を得ると、まずシステムを起動するための「初期投資」として、手始めにCheyTac M200を四丁分発注した。


・初期パーツ取り寄せ費用(四丁分): 562,500エン × 4 = 2,250,000エン


・差し引き残高: 98,426,000エン - 2,250,000エン = 96,176,000エン


直後、目の前の空間が激しく歪み、漆黒の強固なフレーム、巨大な二九インチのヘビーバレル、航空宇宙グレードのアルミで作られた無骨なシャシが四セット、金属音を立てて転がり出た。これならどのパーツも数キロ程度、武の腕でも軽々と持ち上がる。


武は精神を集中し、手の届く範囲のパーツをシステム上で「組み立て(クラフト)」していく。ガチリ、ガチリと重厚なボルトが収まり、原始の洞窟に、現代文明の最高峰たる超長距離暗殺兵器がその全貌を現した。


四丁の狙撃銃が完成すると、即座に売却ラインへと移行し、光の粒子となってインベントリに吸い込まれていく。


・売却額(四丁分): 2,250,000エン × 4 = 9,000,000エン


・売却後残高: 96,176,000エン + 9,000,000エン = 105,176,000エン


「よし……テストは完璧だ。あとはこれを朝までループさせる」


武はシステムのインターフェースを「睡眠時自動反復モード」へと刷新した。残された猶予である「七日間」のインフラ構築と、今後必要になるであろうさらなる超高額な買い物に備え、武は洞窟の奥で目を閉じ、狂気の自動増殖ラインをフル稼働させた。


原始の夜が更けていく中、武の脳内では八分に一回、一六八万七,五〇〇エンの純利益がチャリン、チャリンと冷酷に刻まれ始めていた。

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