第八話 うっかりと膨張する必要資金
・民生下級アンドロイド:20,000,000エン×10体
・民生上級アンドロイド:40,000,000エン
・多機能兵士アンドロイド:50,000,000エン×10体
・指揮官アンドロイド:100,000,000エン
・計算式: 1,142,412,650 エン - 840,000,000 = 302,412,650エン
武は意を決して立ち上がると、洞窟の入り口を塞いでいたコンクリートブロックを再びインベントリへと回収した。
朝の光が眩しく差し込む外の世界へと足を踏み出す。鬱蒼と生い茂る原始の巨木たちに囲まれたわずかな開けた土地。武はそこへ向けて、心の中で『異世界トレーダー』の権能を発動させた。
「具現化」
刹那、空間が激しく歪み、重厚な金属音とともに巨大な長方体のポッドが次々と地面に突き刺さった。地響きを立てて並んだのは、鋼鉄と強化ガラスで造られた無機質なポッドの群れ。
プシュー、と白い冷却ガスが激しく噴出され、ハッチが一斉に開放される。
ガスが晴れたそこには、静かに、しかし圧倒的な威容を湛えた22体の鋼鉄の軍勢が佇んでいた。彼らは機能的な衣服を身に纏っている、完全な素体の状態でそこに立っていた。
足並みを完全に揃え、ポッドから一歩を踏み出すアンドロイドたち。その中から、特に精悍かつ洗練された佇まいの2体が武の前へと進み出た。
「マスター、お初にお目にかかります。上級管理型AI、コードネーム『ハイン』。これより、あなたの内政および開拓計画を全面的にサポートいたします」
穏やかで、しかし極めて知的な声で一礼したのは、シックな衣服に身を包んだハインだった。
「マスター。私は防衛指揮官型、コードネーム『ジル』。貴殿の安全を脅かすあらゆる脅威を排除し、鉄壁の防衛線を構築することをお約束します」
ジルの声は冷徹な金属質だった。その瞳は戦術レーザーを宿したように鋭い。
武は一瞬、その圧倒的な存在感に気圧されそうになったが、自身の右肩に残るライフルの重みを思い出し、しっかりと彼らの目を見据えて挨拶を返した。
「よろしく頼む、ハイン、ジル。……早速だが、二人に聞きたい。君たちは今、この世界や僕の現状について、どこまでシステムから情報を共有されているんだ?」
問いかけに対し、ハインが代表して一歩前に出る。
「はい、マスター。私どもは起動時に、ここが現代日本から遥かに隔たった未開の古代地球であること、そしてマスターが『異世界トレーダー』の権能を保持していることなど、サバイバルに必要な最低限の基礎情報はすべて同期されております。ご安心ください」
「それは助かる」
武は安堵の息を漏らし、本題へと入った。
「では、今後の計画を話す。現在の残高は大幅に減ったが、それでも数億エンはある。だが、僕一人でクラフトを行うには、距離や時間の制約が大きすぎる。そこで、まずはこの周りの森をある程度切り拓き、現代的な『プレハブ小屋』をシステムから取り寄せて設置する。その中で、ハイン、君の部下である下級作業用アンドロイドのうち数体に、銃の組み立て生産を委託したい。これが僕たちの今後の自動資金源になる」
武は一度言葉を切り、今度はジルへ視線を向けた。
「そしてジル、君の率いる多機能兵士たちには、この拠点の周囲の巡回と、猛獣の襲撃を想定した強固な防衛戦の構築をお願いしたい。装備は追ってシステムから支給する。温厚に生きたいが、牙を剥くものには全力で対処する。これが僕の基本的な考え方だ。……何か、質問はあるか?」
武が一同を見渡すと、防衛指揮官であるジルが、微かにその鋭い眉をひそめて手を挙げた。
「マスター、迅速かつ合理的な計画です。しかし、一つだけ致命的な確認事項がございます。」
「何だ?」
「我々22体の駆動源、および兵士たちの電磁兵器の運用に必要な、『電力の充電環境』はどのように確保される予定でしょうか?」
「――え?」
ジルの無機質なその言葉を聞いた瞬間、武の思考が完全に凍りついた。
電力。
あまりにも当たり前すぎて、完全に盲点になっていた現代文明の血流。
ここは文明ゼロの、数万年前の原始の島国だ。当然、コンセントもなければ発電所もない。どれほど潤沢な軍資金があろうと、目の前の鋼鉄の部隊を動かすための「電気」が、この大地には一ワットすら存在しないという冷酷な現実に、武は今、初めて気がついたのだった。
「マスター、まだ時間はあります。節約して7日ほどですが。」
「7日か……」
武は引きつった声を漏らし、額に浮き出た冷や汗を手の甲で拭った。
「ああ、焦った。教えてくれてありがとう、ハイン。少し冷静になれた」
「とんでもございません、マスター。ですが、猶予が一週間あるとはいえ、電力が生命線であることに変わりはありません。早急に供給源を確保する必要があります。」
ハインは穏やかな口調を崩さないまま、状況の深刻さを淡々と指摘した。
武は腕を組み、二人の顔を見つめる。
「そうだな。最初の計画を少し修正しよう。まずは拠点の構築と並行して、発電インフラを最優先で整える。……何かいいアイデアはあるか? システムのカタログからソーラーパネルや小型の風力発電機を取り寄せるのが一番手軽そうだが」
武の提案に、防衛指揮官のジルが即座に首を振った。
「推奨出来ません、マスター。ここは未開の原始林です。巨木が太陽光を遮り、地形による風のムラも大きい。気候の変動に左右される再生可能エネルギーでは、我々の安定した運用は不可能です。戦術的観点からも、不確定要素の多い電源は命取りになります」
「ジルの言う通りです」とハインが同意する。
「現段階で必要なのは、天候に左右されず、確実に高出力を得られるシステムです。例えば、日本の本田技研工業(Honda)が製造している超大型ポータブル発電機『EU55is』などのガソリン燃料式インバーター発電機はいかがでしょうか。一般市場で流通しているためシステムから安価に調達可能ですし、定格出力5.5kVAというハイパワーでありながら、極めて安定した電力を供給できます」
「なるほど、ガソリン式か。燃料はシステムからいくらでも取り寄せられるし、それなら確実だ」
武は網膜のカタログで該当の発電機を検索し、そのスペックを確認して頷いた。
「それからマスター、一つ提案がございます」とハインが続ける。「我々が格納されていたあのポッドですが、実は内部に急速充電ドックの機能が備わっております。これを利用しない手はありません」
「ポッドが充電器になるのか?」
「はい。先ほど計画にありましたプレハブ小屋ですが、大型のものを調達していただければ、ポッドを4基ほど並べて設置することが可能です。先ほどの『EU55is』でとあれば、1台でポッド2基分の電力を十分に賄えます。つまり、発電機を2台稼働させれば、プレハブ小屋の中でポッド4基を同時に機能させ、効率的なローテーション充電ラインが完成します」
「完璧な計算だな」武は感心したように息を吐いた。「よし、発電機はそれを2台、いや予備も含めて3台購入しよう。充電はそれで解決だ。……これでひとまず、計画を進められそうか?」
すると今度は、ハインが困ったように微かに眉を下げた。
「電力の目処は立ちましたが、マスター、もう一つ致命的な問題が。……私や下級作業用アンドロイドたちは、現在文字通りの『素手』です。森を切り拓くにしても、プレハブを建てるにしても、道具がなければ始まりません」
「あ、そっか。クラフト用の工具か」
「はい。至急、スチールの大型チェーンソー、プロ仕様の油圧ジャッキ、各種ハンマー、それからシャベルや測量機器一式を要求いたします」
「了解、すぐにリストアップしてカートに入れる。ジルの方はどうだ? 兵士たちの巡回に必要なものがあれば言ってくれ」
武が話を振ると、ジルの鋭い瞳がさらに引き締まった。待ってましたと言わんばかりに、淀みのないトーンで要求を並べ始める。
「防衛戦力の武装化を要求します。広大な原始林での警戒任務のため、多機能兵士10名には強力なストップパワーを持つ『豊和工業・89式5.56mm小銃』を支給してください。また、接近戦および突発的な猛獣の襲撃に対処するため、『グロック17』自動拳銃を副兵装として全員に配備。さらに、面制圧用の『M249軽機関銃』を2丁、各種弾薬は最低でも初期ロットとして各5万発。夜間・荒天時の索敵用にサーマル暗視ゴーグルと、防弾ベストを人数分――」
「ま、待ってくれ、ジル!」
次々と連呼される本格的な軍事用語の嵐に、武の背中を冷や汗が伝った。頭の中で購入費用の計算が目まぐるしく跳ね上がっていく。
「……あの、ジル。自分たちはあくまでサバイバルと防衛が目的で、これから戦争を始めるわけじゃないんだが……」
「マスター、未開の生態系の頂点に君臨する肉食獣の戦闘力は、現代の暴徒の比ではありません。これは生存のための『最低限』の見積もりです」
冷徹なジルの正論に、武は言葉に詰まった。
「う、分かった。……幸い、資金だけはあるんだ。二人の要求通り、工具も武器も、今すぐ全部揃えてみせるよ」
武は苦笑しながら、十億エンから減り続けるシステム画面の残高を睨みつけ、膨大な注文ボタンを次々とタップし始めた。




