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第十話 無人の現場

 原始の巨木が、不自然なほどの高速で次々と垂直に断たれ、地響きを立てて崩れ落ちていく。


洞窟の外では、下級作業用アンドロイド十体による、人類の歴史上類を見ない狂気の開墾作業が繰り広げられていた。彼らは一切の無駄口を叩かず、荒い息一つ漏らさない。そればかりか、手斧や大型鋸を振るう速度は、現代の熟練のキコリやトップアスリートすら遥かに凌駕していた。鋼鉄の人工筋肉と超軽量カーボンフレームが、人力工具の物理的な限界値まで効率を引き出しているのだ。


バキ、バキ、ドォン。


倒された巨木は、別の作業兵によって瞬時に枝を払われ、正確な長さに切り揃えられていく。その一連の動作には、人間特有の「迷い」や「疲労による速度低下」が完全に皆無だった。


その超高速の開墾現場の後方で、ハインとジルは微動だにせず、漆黒の原生林を見つめていた。


二人の口は完全に閉じられている。人間のように声を出して命令を下すような、非効率な真似はしない。彼女たちの間では、毎秒数テラバイトにおよぶ暗号化データ通信が飛び交い、部下たちへの指示、地形データの更新、そして今後の防衛・拡張計画の策定が、人間の思考速度の数百倍の速さで同時進行していた。


【データ通信:防衛指揮官ジル → 上級管理ハイン】

『――作業効率、想定を24%上回る。下級作業兵10体、出力92%を維持。現在の伐採速度であれば、当初予定していた「3日以内に拠点周囲20メートル」のクリアは、42時間前倒しで完了する』 


【データ通信:上級管理ハイン → 防衛指揮官ジル】

『了解。クリアエリアの拡大に伴い、資材の集積速度も上昇。伐採した木材の乾燥を待つ時間はないため、このまま生木(なまき)を用いた「外周簡易防壁」の建設フェーズへ移行。第一ラインの設置座標データを共有する』


ジルの脳内に、ハインが算出した拠点の拡張立体図面が直接転送される。


【データ通信:防衛指揮官ジル】

『確認した。だが、手斧での人力加工による木製防壁では、大型の猛獣や未知の生物の「質量突撃」に対する抗堪性が不足する。マスターの残高が回復し次第、早期のインフラ拡張を具現化すべきだ。特に外周の「鉄条網」と、遠距離から敵を早期検知するための「赤外線センサー付き監視カメラ」の調達を具現化リストの最上位に置くことを提案する』


【データ通信:上級管理ハイン】

『同感だ。動力系開拓ツールの解禁、およびプレハブ小屋の建材調達。さらに、7日間のリミットを迎える前に、発電システムとローテーション充電ラインを構築せねば我々は機能停止する。マスターが現在実行中の「資金増殖システム」の成果を待ち、目処が立ち次第、即座に次の段階へ移行する』


彼女たちの無線通信による統制は完璧だった。一ミリのズレもなく、下級作業兵の一体が鋸を引き終えた瞬間に、次の作業兵が木材を運び出す。声のない静寂の戦場で、ただ現代文明の圧倒的な「作業効率」だけが、古代地球の未開の自然を冷酷に侵食し、切り拓いていく。


ジルは背中に背負った豊和M1500の冷たい感触を意識しながら、暗闇の奥、原生林のさらに向こうへと視線を走らせた。


【データ通信:防衛指揮官ジル】

『……作業音による、原生生物への刺激を懸念。軽機関銃M249の配置を完了した。いつ、何が突入してきても、即座に肉片に変える用意はある』


【データ通信:上級管理ハイン】

『頼む、ジル。我々の目的は、マスターの生存確率を100%に固定することだ』


アンドロイドたちの「無声の軍議」と超高速の開墾は、原始の夜が明けるその瞬間まで、一秒の休みもなく続けられた。


【データ通信:防衛指揮官ジル → 上級管理ハイン】

『開墾フェーズの迅速な進捗に伴い、次の重要課題へ移行する。マスターの身体能力、および射撃練度の向上訓練計画を策定した。データ一式を転送する』


ジルの冷徹な視線の先で、下級アンドロイドたちが狂いもなく大型の鋸を挽き続けている。彼女から送られた訓練プランのデータファイルを、ハインはミリ秒単位で処理し、最適化していった。


【データ通信:上級管理ハイン → 防衛指揮官ジル】

『確認した。ボルトアクション式狙撃銃『豊和M1500』、および自動拳銃『グロック』の特性に合わせた実践的プログラムだ。しかし、マスターの肉体は現代日本の一般人の域を出ていない。過度な負荷は筋繊維の断裂や関節の破壊を招き、生存率を低下させる』


【データ通信:防衛指揮官ジル】

『考慮済みだ。初期段階は、自重トレーニングによる体幹の強化、およびライフルの反動に耐えるための筋持久力向上をメインとする。その後、実弾を用いた状況対処訓練へ移行。当面、サイドアーム(拳銃)の支給はないが、いざという時のための近接格闘術の基礎も叩き込む。そのための「訓練場」の確保を要求する』


【データ通信:上級管理ハイン】

『了解。現在伐採中のエリアを拡張し、専用の訓練スペースおよび射撃レーンを構築する。作業兵の3体を障害物撤去(デッドストック・クリア)に回す』


会話がデータ通信で行われるため、二人の表情は一切変わらない。しかし、その無声の命令は即座に開墾現場へと反映された。


下級アンドロイドたちの動きがさらに加速する。

切り倒された巨木の後に残された巨大な「切り株」に対し、三体の作業兵がバールと鉄製スコップを手に群がった。人間の力では数日がかりとなる強固な根回りの掘削を、彼らは機械の馬力で数分で掘り起こし、太い根を斧で容赦なく断ち切っていく。メキメキと不気味な音を立てて、数トンはある切り株が大地から強引に引き抜かれ、片付けられていった。


地面の凹凸はバールとスコップで瞬時に水平に均され、武が全力で疾走しても足を取られないほどの、見事な平地(訓練場)へと作り変えられていく。


さらにハインの指示により、伐採された直線性の高い木材が集められ、拠点の要衝へと運ばれた。下級アンドロイドたちは図面通りに木材を組み合わせ、即座に「見張り塔」の建設を開始する。声の掛け合いも、設計図の確認作業もない。各個体が通信でシンクロし、まるで一本の巨大な多脚ロボットが動いているかのように、寸分の狂いもなく丸太が組み上げられ、防壁の四隅に堅牢な監視の目が出来上がっていった。


【データ通信:防衛指揮官ジル】

『素晴らしい速度だ。見張り塔の完成により、豊和M1500の有効射程を最大限に活かせる高所狙撃ポイントが確保される。これでマスターの訓練中も、周囲360度への警戒レベルを最大に維持できる』


【データ通信:上級管理ハイン】

『訓練場の地盤構築、および障害物除去、完了率98%。……夜明けまであと僅か。マスターが目覚める頃には、訓練の準備はすべて整う。ジル、マスターの「肉体魔改造」を任せるぞ』


【データ通信:防衛指揮官ジル】

『了解。我々の命を握るマスターだ。相応の強者になってもらう』


原始の闇が徐々に白み始める中、声なき通信の応酬とともに、洞窟の周囲には人工的な平地と見張り塔がそびえ立つ、異様な「要塞空間」が急速にその全貌を現しつつあった。


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