第六話 稼いだお金の使い道
蚊帳の網目と、コンクリートブロックの僅かな隙間から、原始の鋭い陽光が差し込んでいた。その光の矢が武のまぶたを焼き、意識を覚醒させる。
「……くっ」
身体を起こそうとした瞬間、背中から腰にかけて鈍い激痛が走った。
昨日、ろくに慣れてもいない筋力トレーニングを限界まで行い、さらに固い洞窟の床の上、寝袋一枚の環境で夜を明かしたのだ。現代日本の軟弱な環境に慣れきっていた肉体が、悲鳴を上げるのは当然の帰結だった。武は顔をしかめながら、痛む身体を強引に引き起こした。
口内の不快感を拭うため、顔を洗い、歯を磨こうとする。しかし、インベントリを確認すると洗面用具一式をまだ購入していなかったことに気づき、武はすぐさまシステムを叩いた。
・折りたたみ式洗面ボウル:1,200エン
・高級歯ブラシ&高濃度フッ素歯磨き粉:800エン
・純水(洗信用・2Lボトル):200エン
合計2,200エン。手の届く範囲に具現化した冷水で顔を洗い流し、容赦なく歯を磨き上げる。ミントの強烈な刺激が、まだ眠気の残る脳を完全に覚醒させた。
さっぱりとしたところで、武は何気なく視線を脳内のデジタルカウンターへと走らせる。
次の瞬間、武の思考が完全に凍りついた。
網膜の奥に表示されている残金の数字が、昨日眠りにつく前とは文字通り桁違いの物凄い額へと膨れ上がっていたからだ。武が眠りに落ちてからの約7時間、脳内で構築された『グロック自動生成・売買ライン』は一分の狂いもなく、15分に10丁のペースで冷徹に稼働を続けていた。
現在の最終残高の明細が、脳内に克明に弾き出される。
・昨日の繰り越し残高:664,800エン
・7時間の睡眠中の自動純利益:10,500,000 エン(1サイクル375,000エン × 4回/時間 × 7時間 = 280丁分)
・今朝の洗面用具購入費:-2,200エン
これらすべてが正確に足し引きされ、網膜に映し出された確定残高は――11,162,600エン。
原始の孤独な洞窟の中で、山門武は昨日の残高を遥かに凌駕する、一千万円を超える圧倒的な軍資金を手に入れていた。これだけの莫大な富があれば、昨日までは手が出せなかった本物の軍用火器、重火器、あるいは内政を劇的に進めるための大型設備すら、一瞬で取り寄せてクラフトすることが可能だ。
武は痛む身体をさすりながら、信じがたい金額を弾き出し続ける脳内カウンターを見つめ、ニヤリと唇を歪めた。
朝の鋭い陽光を浴びながら、武は手軽に取れる朝食をシステムから呼び出した。
・鮭おにぎり・ツナマヨおにぎり(各2個):600エン
・冷たい緑茶(500mlペットボトル):150エン
合計750エン。1,100万エンを超える莫大な会社予算級の資金を手に入れた武にとって、数百エン、数千エン単位の出費はもう完全に誤差のようなものだった。一秒ごとに増殖していく残高のノイズにすらならない。武は原始の岩肌に腰掛け、冷めても美味い現代日本の米を噛み締め、緑茶で喉を潤しながら思考を巡らせた。
昨日、サバイバル書籍の合間に読み込んだ銃器カタログや狩猟雑誌の知識。そこから、武はこの未開の大地で最初に誕生させるべき最適な火力を選定していた。
選んだのは、フィンランドの銃器メーカーが誇る傑作ボルトアクションライフル――『Tikka T3x』。
「軍用の突撃銃も魅力的だが……まずはこれだ」
フィンランドの名門・サコ社が誇る高精度ボルトアクションライフル、『Tikka T3x ハンター』。
さらに装薬は、大型の猛獣はおろか、かつて地球に君臨していたサーベルタイガーの分厚い頭蓋をも容易に一撃で粉砕する破壊力を秘めた大口径、.300ウィンチェスター・マグナム弾仕様を選択した。
武は一切躊躇わず、完品のティッカ T3xと、今後の一斉掃射をも見据えた大量の弾薬を実弾価格で購入した。
・Tikka T3x ハンター(完品):150,000エン
・.300ウィンチェスター・マグナム弾(1,000発):400,000エン
手の届く空間が歪み、極上のウォールナット材で作られた美しい木製ストックと、鈍い鈍色に光る強靭なスチールバレルを持つ本物の猟銃が具現化する。ずっしりとした金属の重みが武の手に伝わった。武は付属の取り扱いマニュアルを一文字も漏らさず熟読し、ボルトの引き方、セーフティの位置、マガジンへの装弾手順を完璧に脳内へと叩き込む。
「さて、次は資金増殖ラインの組み替えだ」
武は冷徹にシステムを起動した。一丁五万エンのグロックでは、もう効率が頭打ちだ。より単価が高く、かつ現代で「市販されている最高級の量産型ボルトアクションライフル」をクラフトの新たな中核に据える。
選んだのは、ドイツの至高の技術が詰まった、世界で最も高価な狩猟用ライフルの一つ――『Blaser R8 アルティメット・カーボン』。
航空宇宙分野のカーボンファイバーを惜しみなく使用し、超高速の直線往復ボルトアクション機構を備えたこの銃の現代市場価格は、実に2,500,000エン(250万エン)。
四分の一の製造法則が適用されれば、パーツ代は一丁あたりわずか625,000エン。
完成して売却すれば、一丁ごとに1,875,000エン(187万5千エン)の純利益が叩き出される計算だ。構造が極めて複雑なため、一丁の自動生成には約5分を要するが、それを差し引いてもグロックを遥かに凌駕する巨利を生む。
武はグロックのラインを完全に破棄し、この『ブレイザー R8』を最大10丁同時並列で自動生成・売却する超高効率ループへとシステムを完全に書き換えた。
・ブレイザー R8 稼働1サイクル(約5分):10丁製造 = 18,750,000エン(1,875万エン)の純利益
脳内の錬金術システムが咆哮を上げる。最初の10丁分の材料費として一挙に6,250,000エンが引き落とされ、デジタルカウンターの数字は一時的に膨大に減少するが、5分後にはそれが四倍の売却額となって跳ね返ってくる。
すべての準備は整った。
武は目を細め、洞窟の入り口を塞いでいる総重量九トンのコンクリートブロック4個、そして蚊帳のすべてを、念じるだけで瞬時にインベントリへと回収した。
シュン!という光と音とともに、原始の大地を照らす鮮烈な朝の太陽光が、遮るものなく洞窟の奥へと流れ込んでくる。
まばゆい光に目を細めながら、武は.300ウィンチェスター・マグナム弾を装填したティッカ T3xを肩に担ぎ、未開の大地へと一歩を踏み出した。
目の前に広がるのは、見渡す限りの広大な原生林と、現代日本には存在しない牙を持った獣たちの気配。
武はライフルをしっかりと両手で構え、遥か遠方の巨木に向けて照準を合わせた。
「――まずは、試射だ」
指先が冷たいトリガーに触れる。
静寂に包まれた原始の世界を切り裂くように、武は引き金を力強く絞り込んだ。




