第五話 1日の終わりに
総重量九トンを超えるコンクリートの巨塊が、洞窟の入り口を完全に遮断していた。わずかに残された隙間には、買い求めた強靭な網目の蚊帳を張り巡らせる。蚊帳は一つ2,000円だった。これで微風による空気の循環を確保しつつ、古代の凶悪な吸血虫や、肉食獣の鼻先すら通さない完璧な防壁が完成した。
漆黒の闇に包まれた即席の要塞の中で、山門武は脳内のシステムを起動した。
網膜に浮かび上がる残金は238,000エン。
武は思考の海に深く潜り、システムの構造を組み替え始める。目指すのは『自動生成』と『自動売買』の恒久的なライン接続だ。素材の購入、一分半の組み立て、そして完成した『グロック』の即時売却。この一連のプロセスを完全に自動化し、一つの歯車として噛み合わせる。
まずは安全マージンを取り、一丁ずつ堅実に生成・売却を繰り返すループを設定した。脳内の暗闇で、見えない製造ラインが静かに回り始める。
「よし……これで寝ている間も、金は勝手に増え続ける」
武は小さく息を吐き、次なる一歩へ思考を巡らせた。これからの過酷な未開地サバイバルを生き抜くための装備。インベントリを確認すれば、すでに手元には寝袋、テント、そして火を熾すためのライターが揃っている。
足りないのは、今この瞬間を生きるための『食』だ。
武がシステムから引き出したのは、現代日本の技術が詰まった傑作――『紐を引くだけで温まる加熱式の駅弁』だった。
注文した瞬間、武の手の届く至近距離の空間がわずかに歪み、ずっしりと重い弁当箱が手のひらに出現する。暗闇の中、手探りで容器から伸びる黄色い紐を思い切り引き抜いた。
シューッ!という激しい蒸気音とともに、瞬時に熱気が溢れ出す。生石灰と水の化学反応が、原始の洞窟に現代の香ばしい醤油と米の匂いを充満させていく。
武は漆黒の闇の向こう、自動で金を稼ぎ続ける脳内カウンターの数値を横目に、温かな弁当の蓋へと手をかけた。
原始の夜の闇を凌ぐため、武は容赦なくシステムを叩いた。
これからの過酷な未開地サバイバルを生き抜くため、そして今夜を快適に過ごすために、必要な現代文明の利器を網羅するように買い揃えていく。
・加熱式駅弁:1,500エン(今夜の夕食)
・高光度LEDランタン:4,000エン(洞窟内を照らす光源)
・防臭仕様ポータブルトイレ:6,000エン(排泄の跡を残さないための衛生用品)
・大型モバイルバッテリー:8,000エン(電子機器の充電用)
・軍用サバイバルナイフ:12,000エン(護身および多目的工具)
・万能ファーストエイドキット:5,000エン(怪我や感染症対策の医療品)
合計36,500エンの必要経費が、容赦なくシステムから引き落とされる。
これにより、所持金は一時的に201,500エンまで減少した。
しかし、脳内で構築した『グロック自動生成・売買ライン』は、すでに一分の狂いもなく稼働していた。一丁あたりのパーツ購入費(材料費)は12,500エン。これが一分半で組み上がり、完成品価格の50,000エンで即座に自動売却される。一サイクルごとに生まれる純利益は、実に37,500エン。
駅弁の紐を引き、温まるのを待つ数分間のうちに、早くも3丁のグロックがラインを流れて売却を完了していた。
・37,500エン × 3丁 = 112,500エン(純利益)
先ほどの大量のサバイバル用品の出費を瞬時に相殺し、網膜に浮かぶ脳内カウンターは314,000エンへと跳ね上がっていた。
「……順調だな。だが、一丁ずつでは効率が悪すぎる」
武は冷徹に状況を分析し、システムの稼働設定を書き換えた。
並列処理の最適化。目標設定を『最大十丁の同時製造』へと引き上げる。一度に大量のラインを占有しすぎれば、今後ライフルや他の巨大な軍事・内政設備を急造したいときにシステムのリソースが枯渇する恐れがある。しかし、十丁であれば一サイクルにかかる時間は最大でも約十五分。リスクを最小限に抑えつつ、利益を最大化できる絶妙なラインだった。
システムが新たな命令を受理し、駆動音なき咆哮を上げる。
次の瞬間、10丁分のパーツ購入費として、一挙に125,000エンが残高から差し引かれた。
デジタルカウンターの数字が一時的に189,000エンへと減少する。しかし、これは15分後に訪れる爆発的な富への前兆に過ぎない。15分後には、50,000エン × 10丁 = 500,000エンの売却額が一気に払い戻され、残高は689,000エンへと到達する計算だ。
武は温かな駅弁を口に運びながら、インクリメンタル系のマネーゲームが刻む15分間のカウントダウンを、ただ静かに見つめていた。
温かな駅弁を平らげた武は、空になった容器をインベントリへと片付けた。
原始の夜を生き抜くためには、武器や防壁といった物理的な力だけでなく、正しい「知識」が不可欠だ。武は再び脳内のシステムを叩き、サバイバル技術に関する専門書や雑誌、そして空間の環境を正確に把握するための計測機器を引き出した。
・サバイバル技術専門書・雑誌(3冊):4,500エン
・デジタル最高最低温度計:2,500エン
現代の植物図鑑や動物図鑑は、生態系がまるで異なるこの未開の古代地球では役に立たない。そのため、武はあえて生物関連の書籍を排除し、純粋な罠の設置方法や、拠点の構築理論、応急処置の手順といった普遍的な生存技術の知識だけを脳内に叩き込んでいった。
ふと、露出した肌に冷たい空気の這うような感覚を覚え、武は眉をひそめた。さっそく購入したデジタル温度計で、洞窟内の気温を測定する。
液晶に表示されたのは、現代日本で言うところの春の夜の肌寒さ12度だった。
一瞬、システムから防寒着を購入して厚着をしようと考え、武は伸ばしかけた手を止めた。
「……いや、甘えるな。しばらく一人で生きなければならないんだぞ」
外の世界は、凶暴な猛獣と過酷な自然が支配する原始の大地だ。快適な現代の衣類に頼りすぎては、この時代の環境に身体が適応できなくなる。武は己を律し、あえて過酷な環境に耐えうる強靭な肉体を作るため、その場で身体を鍛えることを決意した。
限られた洞窟のスペースで、腕立て伏せ、腹筋、スクワットといった基本的な自重トレーニングを黙々とこなしていく。静寂な空間に、武の規則正しい呼吸音だけが響く。軽く汗ばむ程度に身体を動かし終えると、新陳代謝が促され、芯から身体が温まるのを感じた。
汗をかいたまま放置すれば、今度は急激に体温が奪われる。武はすぐさま次の物品をシステムから具現化させた。
・携帯用ガスコンロ&小型ケトル:5,000エン
・ミネラルウォーター(2Lボトル):200エン
青い炎がケトルの底を焼き、パチパチと音を立てて湯が沸き上がる。武はファーストエイドキットから取り出した清潔なタオルに熱湯を注ぎ、冷水を少しずつ加えながら適温に調整した。固く絞った温タオルで、汗ばんだ全身を丁寧に拭い去っていく。
さっぱりとした身体に、新しく購入した機能性の高いインナーと、動きやすい頑丈なタクティカルウェアを通した。
・高機能インナー&タクティカルウェア一式:12,000エン
すべての身支度を終えた武は、ふかふかとした厚手の寝袋にその身を滑り込ませた。
頭を横たえながら、脳内のデジタルカウンターへ視線を走らせる。
先ほど設定した10丁のグロック自動製造ラインはすでに15分間の稼働を終えていた。125,000エンの材料費を差し引いた状態(189,000エン)から、一挙に500,000エンの売却益が払い戻され、現在の残高は689,000エン。そこから今回の書籍や温度計、コンロ、衣服などの購入費(合計24,200エン)が引かれ、網膜に浮かぶ確定残高は664,800エンを示している。
十分すぎる資金だ。
武はランタンの明かりを消し、再び訪れた完全な闇の中で、明日やるべき行動を頭の中で反芻した。
まずは洞窟の外へ出るための、圧倒的な火力を誇るライフル銃の錬成。そして、この周囲の地形の偵察。拠点を本格的に内政化していくための次なる布石――。
冷徹な野心を宿した瞳を閉じると、武は原始の静寂の中へ、深い眠りとともに沈んでいった。




