第四話 古代の夜
掌にずっしりと残る、鋼鉄の冷徹な重み。山門武は、完成したばかりの自動拳銃をじっと見つめていた。未開の古代地球の闇を吸い込んだかのように、そのポリマーフレームとスライドは鈍く黒光りしている。
武は網膜上のシステムウィンドウを開き、詳細な【売買記録】を呼び出した。
「……やはりな」
履歴に刻まれていた正確な消費金額は12,500エン。
完成品を購入すれば50,000エンは下らない火器が、個別パーツの調達とクラフト機能の組み合わせにより、文字通り「四分の一」の費用で完成していた。石斧の時と同じだ。この超次元トレーダーのシステムにおいて、原材料から製品を錬成する「製造の利益」は、他の追随を許さない絶対的なチート領域にある。
だが、武はすぐに冷徹な現実に目をとめた。
「スライドを引いても、中身は空っぽか」
カチャリ、と乾いた金属音が洞窟に響く。
いくら最高峰の自動拳銃を錬成したところで、それを放つための弾薬がない。外見の形状からして、これは現代日本でも馴染み深いグロックの系列。ならば、適合する弾薬は9mmパラベラム弾が一般的だろう。
「人間相手の護身用ならこれで十分だろうが……」
武は洞窟の奥から外へと視線を向けた。ここは大自然の暴力が狂い咲く古代。数メートル級の獰猛な魔獣や猛獣が平然と闊歩するセカイだ。9mm口径の拳銃弾では、巨大な獣の厚い脂肪や強靭な筋肉、あるいは強固な鱗に阻まれ、致命傷を与えるのは難しい。
使えない道具を抱え続ける趣味はなかった。武は躊躇なく、完成したばかりのグロックをシステムウィンドウの売却スロットへと叩き込んだ。
『売却完了。50,000エン(¥)がチャー
ジされました』
ピン、と小気味いい電子音とともに、所持金が一気に跳ね上がる。
12,500エンの投資が、一瞬にして4倍の50,000エンへと化けた。この圧倒的な利幅。これこそが、武の『魔改造内政』を爆発的に加速させる原動力だ。
「次の目標は──もっと安いライフル銃、いや、強力なライフル銃のパーツ一式だな」
一撃で猛獣の息の根を止める大口径ライフル。そのパーツを買い揃えるには、さらにまとまった資金が必要になる。武は再び拳銃タブを開き、先ほどと全く同じグロックの部品一式を12,500エンで注文した。
ここから、石斧から拳銃へとステージを移した、新たなる錬金のサイクルが始まった。
しかし、素材をインベントリへ格納し、クラフトコマンドを起動した直後、武はわずかな違和感に眉をひそめた。
「……遅いな」
脳内の進捗ゲージの伸びが、石斧の時とは明らかに違っていた。
石と木と蔦を組み合わせるだけの原始的な武器なら、わずか10秒足らずで形になった。だが、この現代科学の結晶である自動拳銃は、光の粒子が激しく明滅を繰り返すばかりで、なかなか右手に実体が戻ってこない。
時計の針が進む。数十秒、1分──。
結局、システムから完成を告げる電子音が鳴り響いたのは、組み立てを開始してから約1分半(90秒)が経過した頃だった。
「石斧ほど簡単には量産させてもらえないか」
武は手元に現れた二丁目のグロックを弄びながら、冷徹に考察を巡らせる。
『異世界トレーダー』のクラフト機能は無制限で上限もない。しかし、作成にかかる時間は例外だった。構造が複雑なもの、精密な噛み合わせを要求される近代兵器や高等なテクノロジー製品は、錬成にそれ相応の「時間」を要するのだ。
「だが、1分半で4万エン近い純利益だ。文句を言う筋合いはない」
武の瞳に、ギラリとした貪欲な光が宿る。
薄暗い洞窟の奥で、再びスライドとフレームの部品が光の中に消えていく。一分半ごとの沈黙と、その直後に訪れる爆発的な資産の増殖。
未開の極東の島国で、一人の男が歴史の歯車を狂わせるための『軍事資金』が、じわじわと、しかし確実に積み上がっていく。
それからどれほどの時間が流れただろうか。
薄暗い洞窟の奥で、山門武はひたすらインベントリ内でグロックを作り売り続けた。
12,500エンを投じて部品を買い、1分半をかけてグロックへと組み立て、完成した瞬間に50,000エンで叩き売る。1回ごとに37,500エンの純利益。効率は石斧の比ではないが、やはり組み立てにかかる「1分半」の沈黙が、ボディブローのように作業ペースを縛っていた。
「……ふう、一旦ここまでにするか」
額の汗を拭い、武は顔を上げた。
洞窟の入り口の向こう、原始の原生林が広がる空は、いつの間にか燃えるような朱色──夕日の空へと染まっていた。夜の気配がすぐそこまで迫っている。
現在の脳内残高を確認すると、およそ250,000エンといった所まで貯まっていた。
目標とする、猛獣を一撃で屠るような強力なライフル銃の部品一式を買うのには、ようやく届くかという金額だ。
「ここから無理をしてライフルをクラフトするよりは……一夜明かしてから作ろう」
グロックの1分半という時間から推察するに、さらに構造が複雑なライフル銃の組み立てには、それ以上の時間がかかるのは確実だった。視界の効かない原始の夜に、無防備な状態で何分もクラフトの光に身を晒すのはあまりにも危険すぎる。
まずは、この夜を生き延びるための安全の確保。それが最優先だった。
「この洞窟の入り口を塞ぐ。それも、絶対に破られない方法でだ」
武は『異世界トレーダー』の【建築・資材】タブを開いた。
木の柵や土嚢では、原始の魔獣の怪力には耐えられない。そこで武が目をつけたのは、現代の土木工事や擁壁として使われる、圧倒的な質量を持つ「1立方メートルのコンクリートブロック」だった。高さも幅も奥行きも1メートル。重さは約2.3トンにも達する、文字通りの鋼鉄に匹敵する防壁。
現実世界での資材価格と同じ、1個あたりおよそ2,500エン。
4倍のクラフト利益を得ている武の250,000エンという潤沢な資金から見れば、はした金に等しい価格だった。
「購入アイテム指定──『1立米コンクリートブロック』、4個。決済、承認」
チリン、と冷たい電子音が響き、10,000エンが引き落とされる。
手を出入り口に向けてコンクリートを出すことを念じた。そうすると自分の前に出た。
(もしかして、有効範囲は短いのか?)
出したブロックを回収し、もっと近づいて出してみたがやはり結果は同じだった。
また回収し、自分が出せる範囲で入り口をブロックで固めて、上の方は少し隙間を空けた。
完全に密封は酸欠になる可能性があるからだ。
並べられた4個の巨大なコンクリートブロック。それは外からの光をほぼ遮断し、洞窟の入り口を完璧な「要塞」へと変貌させた。大人が数人がかりで押そうが、野生の巨獣が体当たりをしようが、微動だにしない絶対的な安全圏。
完全な闇に包まれた洞窟の奥で、武は冷たく、そして静かに微笑む。
「明日は、いよいよライフル(本当の火力)のお披露目だ」
手元に残る十分な資金と、明日生まれるであろうこの世界初の近代ライフル。
絶対的な夜の安全を手に入れた山門武の、日本を魔改造する第二幕が、静かに夜の闇の中で牙を研ぎ始める。




