第三話 初めての石斧と売買そして拳銃
「──まずは、ここからだな」
山門武は、足元に転がっているありふれた石、手頃な太さの木の棒、固定するための頑丈そうな蔦を見つめた。これらはすべて、原始の森のどこにでも転がっている、ただの自然物だ。
武がそれらに向けて、脳内で強く「インベントリへ格納」と念じる。
その瞬間、石と木と蔦が、眩い光を放ちながら弾けるようにして虚空へ消え去った。
頭の中に、クリアなシステムガイダンスが響く。
『対象の格納を確認。クラフトメニューを展開します──アイテム指定:石斧』
武がシステムウィンドウの作成ボタンをタップすると、インベントリの内部で素材たちが激しく融合を始めた。本来なら、石を削り、木を穿ち、蔦で強固に縛り上げるという気の遠くなるような手作業が必要なはずの工程だ。
だが、その進捗ゲージは恐るべき速度で満ちていく。
10秒も掛からなかった。
微かな電子音とともに、武の右手にずっしりとした重みが戻る。
光の粒子が収束したそこに握られていたのは、完璧なバランスで組み上げられた、鋭利な一振りの『石斧』だった。
「これほどあっさりと作れるか……。なら、ここにある全てが俺の武器になる」
武の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。
無制限、上限なし。この未開の古代地球に存在するすべてが、武にとっては「資金」であり「素材」だった。
現代日本の製品どころか、未来のハイテク、異世界の魔法、理を歪める超能力製品までをも引き出す、全次元対応のチート権能──『異世界トレーダー』。その真価が、今ここで解き放たれる。
「この石斧を売却」
武が手にしたばかりの石斧をシステムへと流し込む。光の粒子となって消えた武器の対価として、システムウィンドウに冷徹なデジタル数字が弾き出された。
『売却完了。20エン(¥)がチャージされました』
原始の武器では、たったの20円。だが、これこそがすべての始まりだ。
手に入れた20エンを元手に、武は『異世界トレーダー』の購入画面を開き、製品ラインナップに並ぶ石斧の材料の価格を確認してみる。すると、石、木の棒、蔦といった素材は、それぞれが数エン程度──すべてを合わせても、先ほど完成した石斧の「四分の一」の価格、わずか5エンほどで買い揃えられることに気づいた。
「なるほど、素材をそのまま買うより、クラフトして売るだけで4倍の利益が出るわけか……!」
錬金術じみた莫大な利幅を確信した武の胸に、冷たい野心が灯る。
現在、武が根を下ろしているのは、未だ国家の概念すら希薄な、原始の緑が狂い咲く極東の島国。だが、この地をただの歴史通りに発展させる気は毛頭ない。タイムトラベルの果てに辿り着いたこの日本を、武の手で、最強の国家へと魔改造するのだ。
武は周囲の安全を確保するため、一度拠点としている洞窟内へと戻った。薄暗く静まり返った岩壁に囲まれながら、再び網膜上のシステムウィンドウを操作する。
「購入アイテム指定──石斧の材料、5本分。決済承認」
ピン、と澄んだ電子音が洞窟内に響き、今しがた稼いだばかりの20エンがシステムから引き落とされる。直後、インベントリ内へ5本分の石、木の棒、蔦が瞬時に転送されて格納された。
武は即座にクラフトコマンドを起動する。
『素材の消費を確認。石斧5本の連続作成を開始します』
脳内で進捗ゲージが爆発的な速度で伸びていく。1本あたり10秒に満たない超高速錬成。洞窟の闇を払うように光の粒子が次々と弾け、武の目の前には完璧な形状をした5本の石斧が、ものの1分も経たずにずらりと並べられた。
武はそれから、狂ったように石斧のクラフトを続けた。
インベントリ内の材料が完全に底を突くまで一本残らず作り上げ、それらをすべてシステムへと売却してエンへと換える。そして、得た資金をすべて注ぎ込んで再び石斧の材料を買い漁り、再びクラフトの嵐を巻き起こす。
「──作って、売る。ただそれだけだ」
暗い洞窟の中で、光の粒子が爆発的な速度で弾け続ける。何十回、何百回と繰り返される等比級数的な資産の増殖。無制限、制限なしのチート機能が、武の資産を加速度的に押し上げていく。画面上の所持金が「ある程度」のまとまった額に達したその時、武はクラフトの手をピタリと止めた。
「よし……そろそろ次の段階へ移るか」
武の指先が、システムウィンドウの【科学製品】、その奥に眠る【ミリタリー・パーツ】のタブを鋭く叩いた。狙うのは、システム内で取り扱われている最も安価な『拳銃』の組み立て部品だ。
【科学製品:近代ミリタリー火器】
完成品の自動拳銃──最安値のものでも、一丁およそ『50,000エン』。
今の石斧錬金で届かない額ではないが、一刻も早く手元に絶対的な火力が欲しい。
そこで武が目をつけたのが、【個別パーツ購入】だった。
スライド、フレーム、バレル、シリンダー、各種スプリング。バラバラの部品として一から調達すれば、完成品を買う場合の半額以下──わずか『12,500エン』で済む。
「作って売る」をノンストップで繰り返し、脳内の残高が『12,500エン』に達したその瞬間、武はクラフトの手をピタリと止めた。額の汗を拭うこともせず、獰猛な笑みを浮かべてシステムウィンドウを叩く。
「購入アイテム指定──『低価格帯自動拳銃・組み立て部品一式』。決済、承認」
チリン、と冷徹な電子音が響き、これまで積み上げた12,500エンが一瞬で引き落とされる。
直後、インベントリ内へバラバラの状態で呼び出された鋼鉄の部品群。冷たく輝く金属のスライド、複雑なトリガー機構、幾つもの細かなスプリングやピン。現代の技術でも精密な調整と熟練の職人技が必要とされる、完璧な火器の製造工程。
だが、武の持つ超次元のクラフト機能の前では、それすらも等しくただの『レシピ』に過ぎなかった。素材さえ揃えば、組み立ての難易度など関係ない。
『対象:拳銃部品の組み立てを開始します』
ゴオオ、と洞窟の空気が歪み、先ほどまでの石斧とは明らかに異なる、重厚な金属質の光が漆黒の闇を照らし出す。フレームにバレルが狂いなく噛み合い、緻密な機構が一瞬の狂いもなく組み上がっていく。
カチリ、という硬質な機械音が、厳かに洞窟内に響き渡った。
光が霧散した武の右手に握られていたのは、鈍い黒光りを放つ自動拳銃だった。ひんやりとした鋼鉄の感触と、掌に伝わるずっしりとした硝煙の予感。
この時代、この世界において初めて誕生した、絶対的な殺傷能力を持つ『火器』。
弓矢すら存在しない未開の古代地球に、歴史を数千年も飛び越えた圧倒的な軍事力の萌芽が、今その産声をあげた。
不敵に笑う山門武の、世界を震撼させる本格的な進撃が、ここから加速する。




