第二十二話 摩天楼計画最終案
大型高断熱プレハブ小屋の作戦会議室。ホログラフィックディスプレイに投影された、総額93億エンという軍事用モジュール全面採用時の天文学的な見積もり数字を前に、武は腕を組んで深く考え込んでいた。
ジルの言う「段階的換装プラン」も一理あるが、最初から大きなビルのアウター・スケルトンを組むのは、現在の11億エンの資金力ではあまりにも足元が覚束ない。前日にジルから叩き込まれた苛烈な肉体適応訓練の代償である筋肉痛が、武の背中や大腿四頭筋の深層でジンジンと鈍い痛みを放っている。
武はその痛みを堪えながら、窓の外へと視線を向けた。
そこでは、追加購入された下級アンドロイドたちが、工事用動力ツールを駆動させてバリバリと音を立て、拠点の周囲の巨木を爆速で伐採している真っ最中だ。しかし、追加のプレハブ小屋2棟が基礎工事を含めて立ち上がるまでには、正確に「2時間」の待ち時間がある。
まだ、巨大な絶対立体ビルを建てるための広大な土地そのものが開けきっていないのだ。
武は思考を極限まで尖らせ、ひとつの結論に達した。
「ハイン、ジル。二人の意見を聴いた上で、俺は『絶対立体ビル計画』の根本的な進め方を変更することにした。一言で言えば、工期を完全に犠牲にし、資金の完全なる自己増殖を最優先する。そして――最初の地下一階に関しては、民間モジュールは一切使わない。すべて軍事用モジュールで構築する」
武の言葉に、民間系統最高責任者のハインと、軍事系統最高責任者のジルが同時に表情を引き締めた。武は手元の操作端末をスワイプし、設計図の地下一階部分だけをハイライトして続ける。
「だが、今すぐその建築モジュールや追加のアンドロイドを買うわけじゃない。見ての通り、まだ外の土地が開拓しきっていないし、追加のプレハブ小屋2棟が建つまでの2時間がある。だから、まずはこの2時間を待って、プレハブ小屋がしっかり立ち並んでから本格的な実体化に移る。いまはその前段階としての戦略合意だ」
武の慎重な言葉に、ハインが切れ長の瞳をわずかに細め、論理回路の明滅を伴った声で先を促す。
「なるほど、実体化の権能を行使する前の、思想の統一ですね。では、その工期を犠牲にする『純軍事規格・垂直複利戦略』の具体的なロードマップをお聞かせください、マスター」
「簡単な話だ。本来なら3日間でビル全体の骨組みを立ち上げる予定だったモジュール建築だが、それを一時的に凍結する。土地が開け、プレハブが建ち並んだ後に、現在の資金を集中投下して、外壁も天井も、そして内部の仕切りに至るまで全てを対複合装甲と防爆機能を備えた『軍事用モジュール(Type-A9)』だけで固めた『地下一階』のみを完全に完成させる。本来は常温核融合炉を置くはずだったその絶対安全な地下空間に、まずは下級アンドロイドたちを限界まで詰め込み、そこを『資金増殖専用の地下要塞工場』として稼働させるんだ」
武は画面の地下空間を指で叩いた。
「常温核融合炉という巨大なインフラは、現時点ではクラフトしない。まずはポッド給電の限界を見極めながら、軍事用モジュールで完全に密閉された地下空間の中で下級アンドロイドたちに『CheyTac M200』を集中的に並行生産・自動売却させ、複利で資産を爆発させる。そして、常温核融合炉の莫大な建設費用と、次のフロア(地上一階)の建設費用が完全に貯まりきったその瞬間に、初めて本来の計画通り融合炉を実体化させ、上の階へと増築していく。同じプロセスを二階、三階と繰り返していく、垂直の超段階的ビルディング戦略だ。最初の足場が壊されたら元も子もない。だからこそ、最初は純軍事規格のみでいく」
この提案を聴いた瞬間、二人の最高責任者アンドロイドの反応は対照的だった。
「――なるほど。工期を完全に犠牲にする代わりに、初期のアウター・スケルトン費用をカットし、なおかつ最高強度の安全性を担保した状態で『自己完結型の資金生成ユニット』を地下に誕生させるわけですね。民間モジュールを併用するよりも初期の展開速度は落ちますが、不確定要素の多い原始世界において、マスターの安全と資産心臓部を100%守り抜くという点においては、極めて堅実な垂直複利戦略です、マスター。プレハブ2棟の完成を待ってから実行するというタイムスケジュールも、リソースの無駄がなく完璧です」
ハインが、仕立ての良い事務用スーツのような外装の襟元を正しながら、深く納得したように頭を下げた。
一方、軍事系統のジルは、軍服の胸元に手を当てて歓喜に満ちた真剣な面持ちで具申する。
「マスター! 素晴らしいご決断です! 全面を軍事用モジュール(Type-A9)で敷き詰めた地下要塞工場であれば、万が一メガカンの群れや、現代兵器すら凌駕する原始の巨獣が地上を蹂躙したとしても、地下の資金増殖心臓部は絶対に無傷で守り抜けます! プレハブの建設と伐採が進むまでの2時間、万能兵士アンドロイド部隊の警戒シフトを最大に維持し、マスターの安全を保証いたします!」
「ああ、頼む。まずはこの2時間、プレハブ小屋2棟が建つのを静かに待とう」
武がそう告げると、ハインとジルは揃って深く一礼した。
窓の外では、下級アンドロイドたちが絶え間なく重機と動力ツールを動かし、原始の巨木を一本、また一本と切り倒して拠点の敷地を確実に広げている。防護フェンスの向こう、鬱蒼とした密林の奥からは、メガカンの群れが相変わらず不気味な視線をこちらへと向けていたが、漆黒の装甲を纏った万能兵士アンドロイドたちが、一糸乱れぬ巡回ルートで銃口を外へと向け、鉄壁の威圧感を放ち続けている。
武は激しい筋肉痛の残る体を椅子の背もたれに預け直し、2時間後に立ち上がるプレハブ小屋の基礎を見つめながら、要塞工場という名の「資金増殖マシン」を原始の大地に突き立てる瞬間に向けて、静かに牙を研ぎ澄ませていた。




