第二十一話 摩天楼計画その4
ハインが提示した膨大な高コストの見積もり、そしてそれでもなお「マスターの絶対安全」を叫んで譲らないジルの執念。武は痛む腰をフォールディングチェアの背もたれに預け、タフブックのディスプレイに表示されたプランBの『93億エン』という数値をしばらく見つめていた。
ジルの言う通り、ビルそのものを巨大な資金増殖マシンに変えることができれば、この法外な軍事規格のコストもいずれはただの通過点に過ぎなくなる。問題は、その「増殖スピード」をどこまで加速させられるかだ。
武は視線をタフブックから上げ、眼鏡の奥で沈着に状況を分析しているハインへ問いかけた。
「ハイン、俺とアンドロイドの『共有インベントリ機能』と『自動クラフト売買循環システム』の効率を最大化する方向で考えたい。もし、今回計画している絶対立体ビルのうち『1フロア分(25モジュール)』をすべて資金増殖のための生産専用エリアに充てた場合――その敷地面積、床面積の空間構造において、物理的に最大何体の下級アンドロイドを配置して24時間並行生産ラインを回せる 詳細な計算式を出してくれ」
ハインはマスターの意図を即座に汲み取り、その端正な顔立ちに極めて論理的な笑みを浮かべた。
「実に建設的かつ合理的な着眼点です、マスター。共有インベントリと同期した自動クラフトシステムにおいて、下級アンドロイドの役割は『錬成された銃器の検品・インベントリへの再格納・システム売却の同期トリガー』を物理的・電気的に補助するアッセンブル要員となります。完全に自動化された空間ですが、システム稼働を最大効率で維持するためには、1個のクラフト・セル(作業机および同期端末)に対して1体の下級アンドロイドを密着配置するのが最適解です」
ハインは再び洗練された手つきでタフブックの画面を操作し、1フロアの構造図面と、そこに敷き詰められるアンドロイドの限界収容数の明細を展開した。
「絶対立体ビルの1フロアは、縦5区画×横5区画の計25モジュールで構成されます。1モジュールあたりの床面積は、民間既製品の標準規格である幅6メートル×奥行き6メートルの36平方メートル。これが25個結合するため、1フロア全体の総床面積は900平方メートルとなります。原始世界の防衛線の内側としては、極めて集約された広大な垂直空間です。ここに、通路や動力配線、排熱ダクトのスペースを排除した『純粋な有効作業面積』から、配置可能な最大体数を算出いたします」
画面には、1フロアを極限まで敷き詰めた際の、驚くべき高密度配置の明細が表示された。
【絶対立体ビル:1フロア(25モジュール)あたりAndroid最大配置容量明細】
1. 空間・面積の基本スペック
* 1モジュールあたりの床面積:幅 6.0m × 奥行 6.0m = 36.0㎡
* 1フロアあたりのモジュール総数:5区画 × 5区画 = 25モジュール
* 1フロア全体の総床面積:36.0㎡ × 25個 = 900.0㎡
2. 有効作業面積と1体あたりの占有面積
* フロア有効面積率:80%(全体の20%にあたる180.0㎡は、中央エレベーターシャフト、垂直配管、およびメインキャットウォーク通路として確保)
* 純有効作業床面積:900.0㎡ × 0.80 = 720.0㎡
* アンドロイド1体あたりの必要占有面積:幅 1.2m × 奥行 1.5m = 1.8㎡(クラフト同期デスク、パーツバッファ、およびアンドロイド自身の直立・作業可動領域を含む)
3. 最大配置可能体数の計算式
* 計算式:純有効作業床面積 ÷ 1体あたり占有面積 = 最大配置体数
* 算定明細:720.0㎡ ÷ 1.8㎡ = 400体
「算出が完了しました、マスター」
ハインは画面の「400体」という数字を指し示した。
「1フロアを全面的に生産・資金増殖フロアとして最適化した場合、物理的な干渉を起こさずに24時間体制で稼働できる下級アンドロイドの限界数は最大400体となります。1モジュールあたりに換算すると、正確に16体ずつの高密度配置です」
400体という壮大な数字を聞いた武は、思わず息を呑んだ。
現在、この拠点にいる下級アンドロイドは、第13章で追加購入した分を合わせてもまだ少数。もしこのフロアを400体の労働力で満たし、全員が共有インベントリを介して一斉に高単価な『CheyTac M200』や『M134 ミニガン』の自動売却サイクルを回し始めたら、一体どれほどの資金が秒単位で口座に振り込まれていくことになる。
「400体……」
ジルの琥珀色の瞳が、計算の背後にある圧倒的な「供給力」を捉えて微かに細められた。
「ハイン、それだけの数が一斉に稼働した場合の、我が軍の資産増殖効率はどうなる。具体的にどれほどの期間で、私が要求した軍事用防爆・複合装甲モジュールのコストを回収できるか計算しろ」
「慌てないでください、ジル」
ハインは冷徹に首を振った。
「これはあくまで『物理的な限界収容数』です。下級アンドロイドは1体あたり2,000万エンの購入費用がかかります。このフロアを最大容量である400体で完全に埋め尽くすためには、400体×2,000万エン=総額80億エンという、これまた莫大な初期投資が別途必要になります。マスターの現在の保有資金である11億6,235万6,000エンでは、現状、最大でも58体しか追加召喚できません」
ハインは再び武の方へと向き直り、深く一礼した。
「つまり、最初から400体を並べるのは不可能です。しかし、この『1フロア400体キャパシティ』という巨大な枠組み(ハブ)をあらかじめビルの中に確保しておき、まずは現在の余剰資金で買えるだけのアンドロイドを配置して運用を開始。そこから得られる毎時間の利益をそのまま『下級アンドロイドの追加購入』へと複利で再投資し、雪だるま式に人員を増やしてフロアを埋めていく――という【自動増殖・段階的拡張フェーズ】を執るのが、最も合理的かつ現実的な手段となります」
タフブックに映し出された900平方メートルのグリッド状のフロアマップ。そこには、将来的に400体の精密な機械の身体が整然と並び、無限の富を錬成し続ける未来の光景が、設計図という名の現実として描かれていた。
武は二人の最高責任者を見据え、自らの資産を爆発的に増殖させ、ジルの要求する最強の要塞ビルを完成させるための、具体的な実行プランを脳内で組み立て始めた。




