第二十三話 拠点完成
時の経過は、原始の混沌を近代の秩序へと塗り替えていく。
戦略会議が幕を閉じ、武が提示した『地下一階・純軍事規格・垂直複利戦略』にハインとジルが完全な合意を示してから、正確に二時間が経過した。
この二時間という待機時間は、単なる空白の時間ではなかった。
武がプレハブ小屋の中で筋肉痛に悶絶しながら土地の開墾を待っている間も、彼の持つ至高のチート権能【全自動クラフト機能・実体化の権能】と【共有インベントリ機能】は、完全なる同期状態を維持したまま、静かに、しかし恐るべき効率で稼働を続けていた。
現在、この拠点における【自動クラフト売買循環システム】の根幹は、マスターである「武のみ」が生産メニューをインベントリ内で選択し、その権能によって物品を自動錬成・自動売却する構造となっている。アンドロイドたちが外で必死に巨木を伐採している間も、武は作戦会議室の椅子に深く腰掛け、網膜上のシステムウィンドウに意識を集中させていた。
チート権能による最高級スナイパーライフル『CheyTac M200』のクラフト工程は、全自動化の恩恵により、武ひとりの手による発注・製造プロセスであっても、わずか「1挺あたり8分」という極めて短いサイクルで次々と落成させることが可能だ。
この2時間の開墾待ちの間、武は痛む体に鞭打ちながら、インベントリ内の仮想生産ラインを稼働させ続けた。
8分に1挺。1時間で7.5挺。2時間で正確に計15挺のM200が、武の脳波入力に従ってインベントリ内の暗黒の空間でガシャリ、ガシャリと金属の産声を上げて落成し、そのままシステムへと即座に自動売却されていった。
チチチチ、と武の網膜ディスプレイの右上で、資産のデジタル数字が激しく明滅しながら跳ね上がっていく。
武ひとりだけの作業によって15挺のM200が電子の藻屑となって売却される。まだ本格的な地下工場の稼働前、武が椅子に座って念じているだけの状態でありながら、現代地球のサラリーマンの年収以上の富が、わずか2時間で武の口座へとリアルタイムで吸い込まれていった。リソースの限界に怯えるサバイバルを完全に過去のものとする垂直複利の暴力は、静かに、しかし確実にその出力を上げつつあった。
そして同時に、窓の外では下級アンドロイドたちによる爆速の伐採作業が、予定通り完了を迎えていた。
耳を劈くような金属音と、数千年にわたり原始の土壌に根を張っていた巨木たちが地響きを立てて倒れ伏す豪快な音が止み、あたりには切り出されたばかりの濃厚な針葉樹の香りと、削り取られた腐植土の匂いが立ち込めている。遮るもののなくなった頭上からは、原始の力強い太陽光が、開拓されたばかりの広大な黄土色の地面へと容赦なく降り注扱いた。
「マスター。周囲の巨木伐採、および根株の完全抜根作業が終了いたしました。計画通り、絶対立体ビル計画の第1期工区を内包するに足る、完全な平坦地盤が確保されております」
民間系統最高責任者のハインが、網膜ディスプレイの進捗インジケーターを消去しながら、淡々と報告した。
その報告と同時に、武の視界の先で、チート権能によって発注されていた二棟の追加の大型高断熱プレハブ小屋が、基礎工事のコンクリート硬化時間を一瞬で踏み越えて完全に立ち上がった。これで、この原始の世界における人類最初の版図たる拠点は、三棟のプレハブ小屋が整然と並ぶ、小規模な軍事ベースキャンプの如き外観を呈するに至った。
武は椅子の肘掛けに手を置き、未だ大腿四頭筋や広背筋の深層に居座る激しい筋肉痛に眉をひそめながらも、ゆっくりと立ち上がった。ジルの徹底的なしごきの成果は、確実に彼の肉体に「超回復」の兆しをもたらしつつある。一歩一歩、踏みしめる足の裏から伝わる痛みを意志の力で抑え込みながら、武は新設された二棟のプレハブ小屋の検分へと向かった。
新設されたプレハブのうち、一棟目は完全に前と同じ充電施設で統一されていた。
ハインの論理的な指揮のもと、下級アンドロイドたちが手際よく動き、プレハブの隣接地に実体化された発電コンポーネントを組み込んでいく。
ドスン、と重量感のある音を立てて設置されたのは、信頼の現代地球ブランドであるホンダの大型インバーター発電機『EU55is』である。定価110万エンのところを、システムのチート価格設定によりわずか「275,000エン」で錬成されたその結晶は、美しいメタリックマゼンタの筐体を誇らしげに輝かせている。正弦波のクリーンな電力を最大5.5kVAまで出力可能なこの怪物を、原始の過酷な環境から守るため、定価40万エンをこれまた「100,000エン」に抑えた『防音・防雨型 発電機専用小型小屋』が上からすっぽりと被せられた。これにより、稼働時の騒音はささやき声程度にまで減衰される。
さらに、このエネルギーの怪物の血肉となるのは、定価18万エンから「45,000エン」へと大幅に割引された『工業用ガソリン(1,000L)』を収めたドラム缶群である。
下級アンドロイドたちは、高出力ケーブルを器用に這わせ、これらを室内へと引き込み、新しく召喚されるであろうアンドロイド部隊の生命線となる「電力ポッド」へと直結させていく。
カチリ、とブレーカーが上がる音が響くと、インバーター発電機は極めて静音かつ安定した駆動音を響かせ、電力ポッドのインジケーターに鮮やかなグリーンの通電ランプを灯した。これにより、拠点の総給電能力は単純計算で従来の二倍へと跳ね上がり、夜間の大量生産サイクルをさらに加速させるためのインフラが、完全に整った。
そして、武が最も期待の眼差しを向けたのは、二つ目のプレハブ小屋――彼自身の「生活場」として指定した空間であった。
これまで、作戦会議室を兼ねた一号棟の簡易寝台で泥のように眠るしかなかった武にとって、ここは原始世界における唯一の絶対的なプライベート空間となる。
自動ドアが滑らかに開くと、そこには現代地球の高級マンションの一室と見紛うばかりの、快適で洗練された住環境が構築されていた。
ハインが「マスターの精神的疲労の軽減は、組織の運営効率に直結する」として選定した基本的な生活設備が、過不足なく配置されている。
部屋の隅には、24時間いつでも最適な温度の温水を供給できる、超小型の電気式給湯器と一体化したシャワーブースが設置されている。原始の泥や、訓練で流した脂汗をいつでも洗い流せるこの設備の存在は、武にとって何よりも救いであった。
その隣には、真空断熱技術とナノカーボン消臭フィルターを搭載した、水資源を一切必要としない最新鋭の『全自動乾燥循環式バイオトイレ(設置費用:450,000エン)』が鎮座している。排泄物を瞬時に無菌の乾燥粉末へと処理するこのシステムは、衛生環境の維持において最高のパフォーマンスを発揮する。
さらに、キッチンスペースには、電磁誘導加熱を利用したフラットな『2口IHクッキングヒーター(55,000エン)』と、内部の温度をマイナス20度からプラス5度まで精密に制御できる『150L容量・省エネ高断熱2ドア冷蔵庫(88,000エン)』が備え付けられていた。
リビングエリアの中央には、武が前もって買って保管しておいたあの最高級のベッドが配置されていた。
最高級のシルクと、体圧分散性に優れた独自の高密度ポケットコイルを何層にも重ねたキングサイズのマットレス。武がそっと手を触れると、極上の弾力が手のひらを優しく押し返してきた。今夜からは、ジルのしごきによってズタズタに引き裂かれた筋繊維を、このベッドが優しく包み込み、完璧な超回復へと導いてくれるはずだ。
さらに、室内を常に最適な室温24度、湿度50%に保つため、現代地球の最新技術を凝縮した『ミリタリースペック高断熱・寒冷地対応ルームエアコン(180,000エン)』が壁面で静かに稼働を始めており、原始の不快な湿気と熱気を完全に遮断していた。
「素晴らしい……。これなら、日本の下手なビジネスホテルより遥かに快適だぞ」
武が安堵の息を漏らしていると、背後から規律正しい足音が響いた。
振り返ると、そこには漆黒のフルスペック装甲を纏った万能兵士を二体従えた、指揮官型アンドロイド、ジルが立っていた。彼女は軍服の帽子を小脇に抱え、武の前に進み出ると、その鋭い蜂蜜色の双眸で直訴してきた。
「マスター。生活環境の整備、誠におめでとうございます。しかし、軍事系統最高責任者として、一つ緊急の具申がございます。先ほど、開拓作業が完了したことにより、防衛線の外周における『視界』は一時的に確保されましたが、未だ鬱蒼とした原始の樹海の奥深くは見通せません。フェンスの向こうで牙を研ぐメガカンの群れ、あるいはそれ以上の潜在的脅威に対し、現在の『目視および地上センサーのみ』の警戒体制は、奇襲のリスクを完全に排除しきれていないのです」
ジルは手元の戦術端末を操作し、拠点の周辺マップをホログラムとして空中へと展開した。
「そこで、今後の周辺偵察、および敵の動向をリアルタイムで補足するため、空中からの常時監視が可能な『戦術無人偵察ドローン(UAV)』の導入、およびそれを統括する『ドローン専用管制コンテナ・全天候型発着ポート』のクラフトを強く要請いたします。これがあれば、半径5キロメートル以内の原始の森を完全に索敵条件下に置くことが可能となります」
武は、ジルの熱のこもった具申に深く頷いた。
「確かに、地上から見えない敵の動きを空から把握できるのは、防衛にとっても、今後の地下壕建設にとっても絶対の強みになるな。よし、ジル、その提案を採用する。最適なドローン兵器と管制設備を選定してくれ」
「はっ! 感謝いたします、マスター!」
ジルの指示を受け、システムウィンドウに軍事用の最新鋭偵察アセットの明細が並んでいく。
今回導入されるのは、現代地球の特殊部隊でも運用されている、最高峰の垂直離着陸(VTOL)型ステルス偵察ドローン『RQ-20 プーマ・エンハンスド(軍事用特別仕様)』を3機、そしてそれらの自動充電、自動メンテナンス、およびAIによる画像解析を行う『全天候型・装甲ドローンポートコンテナ』の一式である。
さらに、武は忘れないうちに、前回の戦闘で万能兵士アンドロイドたちが完璧な弾幕によって射殺し、拠点の外に転がっていたあの体長2メートルを超える原始の狼『メガカン』の巨体を、自身の【共有インベントリ機能】へと完全に回収した。
システムが死体を変質的なデータへと変換し、インベントリの空きスロットへと格納していく。この原始の巨獣の毛皮や肉、長大な牙、あるいは強靭な骨格は、今後のクラフトやシステムへの売却において、何らかの有用な素材、あるいは高額な資金源へと変換できる可能性が極めて高い。捨てる手はなかった。
武は自らの網膜ディスプレイ上に展開された、今回の拠点拡張にともなうすべての調達・クラフト支出明細、および現在の最終残高を確認した。
【調達・クラフト支出明細】
■二棟目:充電施設プレハブ・エネルギーコンポーネント一式
・ホンダ 大型インバーター発電機『EU55is』
チート購入価格:275,000エン
・防音・防雨型 発電機専用小型小屋
チート購入価格:100,000エン
・工業用ガソリン(1,000L)
チート購入価格:45,000エン
■三棟目:マスター専用生活場・内装・インフラ設備一式
・工事価格:1,200,000エン
・全自動乾燥循環式バイオトイレ
一式価格:450,000エン
・超小型電気式給湯器&一体型シャワーブース
一式価格:380,000エン
・2口IHクッキングヒーター
一式価格:55,000エン
・150L容量・省エネ高断熱2ドア冷蔵庫
一式価格:88,000エン
・ミリタリースペック高断熱・寒冷地対応ルームエアコン
一式価格:180,000エン
・現代地球製ベーシック家具(机、椅子、収納キャビネット、LED照明)
一式価格:250,000エン
■軍事系統:空中偵察・索敵アセット一式
・VTOLステルス戦術無人偵察ドローン『RQ-20 プーマ・エンハンスド』:3機
単価:23,000,000エン × 数量:3機 = 69,000,000エン
・全天候型・装甲ドローンポートコンテナ(自動給電・AI管制システム搭載):1基
一式価格:9,500,000エン
・ドローン運用・暗号化データリンク用通信アンテナマスト
一式価格:346,000エン
【資産・会計明細】
(※計算式:1,162,355,000エン + 5,400,000エン - 81,869,000エン = 1,085,886,000エン)
・現在の最終残高:1,085,886,000エン
システムが重厚な電子承認音を響かせると同時に、新設された三棟目のプレハブ小屋の屋上、および敷地の北側セクションがまばゆい光を放った。
ガシャイン! と金属音を立てて実体化したのは、ジルの要望した『全天候型・装甲ドローンポートコンテナ』である。オリーブドラブのミリタリーカラーに塗装されたその堅牢なコンテナの天蓋がゆっくりと左右に開くと、そこには3機の、鳥のような美しい曲線を持つ炭素繊維製のステルスドローン『RQ-20 プーマ』が、鋭い光学レンズの眼光をきらめかせながら格納されていた。
「ドローンポート、オンライン。全機、電力チャージ完了。データリンク、正常です。これより、第一次周辺索敵任務を開始します」
ジルの冷徹なオペレーションコマンドが下されると、ドローンポートから一機のRQ-20が、ほとんど無音に近いローターの回転音を立てて、垂直に大空へと舞い上がった。
ドローンは瞬く間に原始の青空へと溶け込み、その高性能な熱源感知カメラおよび光学ズームレンズが捉えた「半径5キロメートル圏内の完璧な3D地形マップ」と「動体反応データ」が、武とジルの網膜ディスプレイへとリアルタイムでストリーミングされ始める。樹海の遥か奥、生い茂る大樹の葉の隙間に潜む、無数のメガカンの熱源反応が、鮮明な赤いドットとして画面に浮かび上がった。
「素晴らしいな……。これで敵の動きは完全に筒抜けだ」
武は、自身の快適なプライベートルームのエアコンの風を感じながら、網膜の索敵画面を見つめた。
二時間の待機によって、土地が開けただけでなく、資金は「10億8,588万6,000エン」の厚みを維持している。武ひとりだけでも、8分で製造されるM200の利益が、これからの地下要塞工場の大規模運用において、どれほど凄まじい爆発力を秘めているかを証明するに十分な2時間であった。
ハインは二つ目の充電施設の稼働状況をチェックし、武に向かって一礼した。
「マスター。これにて地上におけるすべての初期インフラの拡張、および生活基盤の構築が完了いたしました。開拓されたこの広大な土地の真下に、これより我々の真の心臓部となる、全面軍事用モジュールで固められた『地下一階・完全要塞化地下壕』を穿つための準備は、すべて整っております」
地上に得た絶対的な快適さと、大空に放たれた鋼鉄の眼。そして、目の前に広がる、完全に開けた漆黒の土壌。
武は自らの筋肉痛の残る体を最高級のベッドに一度腰掛けさせ、深く息を吐き出すと、すぐ傍らに控えるハインとジルを見上げた。
「よし。2時間の待機は終わりだ。ここからが本番だぞ。ハイン、ジル。この大地の底に、誰にも破れない『最強の地下要塞工場』を築くぞ。地下一階のクラフトコマンドを、ただちに構築しろ!」
「「御意に、マスター!!」」
二人の最高責任者の論理回路が、次なる破壊と創造のステップに向けて、熱く、そして冷徹に




