第十九話 摩天楼計画その2
「ハイン、大体のビルの構想は分かった」
武は既存の大型高断熱プレハブ小屋の机に広げられた、絶対立体ビルの設計図を見つめながら、最も現実的かつ重要な疑問を口にした。
「問題は建設期間だ。これだけの規模の施設を詰め込んだビルとなると、完成までに数ヶ月、あるいは数年かかるんじゃないか? その間の防衛体制も考えなきゃいけないんだが」
「いいえ、マスター」
ハインは電子タブレットを操作し、滑らかな声で答えた。
「想定されている建設期間ですが、基礎工事から各種内装施設の完全通電にいたるまで、わずか『3日間』で終了いたします」
「……は? 3日? 3ヶ月の間違いじゃなくてか?」
武は思わずパイプ椅子から腰を浮かせ、激しい筋肉痛に顔をしかめながら聞き返した。10階建て以上の複合近代ビルが、たったの72時間で原始の平原にそびえ立つなど、現代地球の常識ではあり得ない。
「間違いではございません、マスター。驚かれるのも無理はありませんが、これが我がシステムが誇る最新の効率化建築――『モジュールビルディング(モジュール建築)』という工法です」
ハインの指先に応じて、ホログラムのビルが一瞬で数十個の「四角いブロック」へと分解された。
「要するに、あらかじめ内装や配管、配線が100%完成した既製品の『部屋』をスキルマーケットから直接購入します。現地では下級アンドロイドたちと油圧ショベル、実体化の権能を組み合わせ、それらをレゴブロックのように垂直に積み上げ、接合していくのみです。そのため、現場での建築期間は驚くほど短期で終わるのです。なお、ビルの最終的な高さをどこまでにするかは、現時点では決めておりません。基礎と骨格さえ強固に組めば、後からいくらでも上層にブロックを追加・拡張できる設計となっております」
「なるほど、高さを後から自由に決められるのは融通が利いていいな。だが、そんなプラモデルみたいな積み木工法で、耐久性や構造力学は本当に大丈夫なのか? ここは原始の世界だ。地震や、それこそメガカンの群れが外壁に突撃してきたら、結合部分からポッキリ折れたりしないか?」
「それについても、全く問題ございません」
ハインは細い指先でビルの外周を赤く光らせた。
「この工法では、建物の外側に『超高強度な鋼鉄製の外殻骨格』をガッチリと組み上げます。すべての重量と外部からの衝撃はこの外骨格が受け流すため、内部のブロック構造に負荷はかかりません。そして今回使用するのは、システム上、最もコストパフォーマンスに優れた『民間モジュール』となります。この民間モジュールは非常に汎用性が高く、通常の住居や工場だけでなく、耐久性が求められる都市の『橋』や、重量列車が走る『線路』の基盤などにも広く使われている信頼性の高い規格品です」
「なるほど、民間用とはいえ、橋や線路に使われるレベルなら強度は折り紙付きってわけか。予算的にも抑えられるなら文句は――」
「お待ちください、マスター」
それまで静かに聞いていたジルが、鋭い軍靴の音を響かせて二人の会話に割り込んできた。防弾バイザーの奥にある彼女の瞳は、かつてないほど真剣で、冷徹な光を放っている。
「ハインの説明には看過できない盲点があります。ハイン、なぜ最高強度の『軍事用モジュール』をマスターに提案しない?」
ハインは困ったように眉を下げ、淡々と答えた。
「ジル、軍事用モジュールは民間用に比べて購入コストが『数倍から数十倍と非常に高い』のです。さらに、防爆・防電磁パルス装甲が標準装備されているため、定期的なシステム上の『メンテナンスやナノマシン充填の手間が大変』であり、リソースを圧迫します。何より、現状のこの周囲には重火器や弾道ミサイル、装甲部隊を持つような敵対勢力は存在しません。メガカンのような原生生物の突撃であれば、先ほど説明した民間モジュールの外骨格と、外周の鋼鉄フェンス、迅速に展開される我々のRWS(自動銃座)で完全に防ぎきれます。したがって、民間モジュールでも問題ないというのが私の論理的帰結です」
「それは『現状』に過ぎない」
ジルは一歩も引かなかった。彼女は武の前に歩み出ると、姿勢を正して直接、熱のこもった粘り強い交渉を開始した。
「マスター。軍事の最高責任者として、この妥協は容認できません。原始世界の未知の生物、あるいは今後遭遇するかもしれない未知の脅威が、地球の生物兵器級の破壊力を持っていないと誰が断言できますか? 民間用モジュールでは、万が一、巨大生物の超質量攻撃を受け、外骨格が破られれば内部の全自動工場やマスターのセーフハウスが一瞬で瓦解します」
「ジル、しかしコストがな……」
11億あるとはいえ、武としても無駄な浪費は避けたいところだった。しかし、ジルの粘りは止まらない。
「軍事用モジュールであれば、外壁自体が厚さ数十センチの対複合装甲となり、自己修復機能すら備わります! たとえ予算が高くとも、マスターの絶対的な安全と、我々の生産拠点の不落性を担保するためです。ビル全体が無理であれば、せめて最下層の常温核融合発電施設と、中層の工場施設、あるいはマスターのプライベートルームだけでも軍事用、または複合装甲による部分補強へとアップグレードすることを強く具申いたします! 敵が来てからでは遅いのです!」
「ジルの言うことも一理あるが……」
武は顎に手を当て、ハインが提示しているホログラムの設計図を凝視した。既製品を購入して積み上げるだけで高さをいくらでも追加できるブロック構造、そしてコストを抑えられる民間モジュール。その特性を頭の中で組み合わせた瞬間、武の脳裏に一つの「資金増殖のアイデア」が閃いた。
「ハイン、ジル。折衷案、というか、このビルの特性を活かした解決策がある。ビルの大部分はコストの安い既製品の民間モジュールで組む。その代わり、拡張性が高いのを利用して、ビルの中に『余った部屋』を大量に作っておくんだ」
二人が怪訝な顔を見せる中、武は網膜のチート画面を誇らしげに指差した。
「その余った部屋を全て、俺のスキルで召喚したアンドロイドたちの作業部屋にする。そこで下級アンドロイドたちを24時間ノンストップでフル稼働させ、CheyTac M200やM134ミニガンを並行生産し、システムへ売却し続ける。つまり、ビル自体を巨大な『資金増殖マシン』に変えるんだ。そうして爆発的に増え続ける利益をそのまま軍事予算に回せば、ジルの言う軍事用モジュールや複合装甲での部分補強なんて、後からいくらでも、何階分でも実質タダで買い放題になるだろう?」
武の提案を聞いたハインの目が、計算の火花を散らすように輝いた。
「……なるほど。空間の垂直利用による、超高密度な全自動錬金生産ラインの確立、ですか。民間モジュールの安さを利用して部屋数を量産し、それを原資にして防衛力を後付で最高値まで引き上げる……。既製品を購入するだけで即座に作業場化できるため、極めて合理的かつ、恐ろしいほどの資金増殖効率です、マスター」
しかし、軍事トップのジルはそれでもまだ粘り、表情を崩さずに交渉を続けた。
「マスター、その効率的な資金増殖計画には全面的に賛同いたします。……ですが、だからこそです。その『アンドロイドを作業させて資金を生み出す部屋』そのものが、防衛の要となるのではありませんか? 生産ラインが回る中層階だけでも、最初から複合装甲で覆うべきです。既製品とはいえ、外壁だけでも軍事用規格に換装、あるいは装甲板を追加すべきです……!」
既存のプレハブ小屋の中で、民間モジュールの経済性と拡張性を説くハインと、マスターの安全と生産拠点の絶対防衛を叫んで一歩も退かないジル。二人の熱い議論を前に、武の口座残高11億6315万6000エンを巡る決断の時間は、じりじりと2時間の制限時間へと向かって進んでいくのだった。




