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第十六話 暮らしと買い物メモ

 たった1時間で1億3,500万エンという巨額の富を稼ぎ出した事実に、武の口元からは思わず笑みが漏れそうになっていた。現代日本の一般人だった頃の感覚からすれば、あまりにも現実味のない、圧倒的なチート権能の暴力。これほどの額を、一歩も動かずに、ただアンドロイドたちの精密な稼働を眺めているだけで得られるのだ。しかし、ここは牙を剥く狂暴な巨獣たちが徘徊する氷河期の古代地球である。生存確率を極限まで引き上げるための軍資金は、どれだけあっても困ることはない。


 さらに効率を突き詰めるため、武はただちにシステムの設定変更へと着手した。


 先ほどハインから報告のあった「共有インベントリ」のスロットと、自身の「全自動連続クラフト機能」を完全に同期させる。武が意識してパーツを流し込まなくとも、空いたスロットへ銃器パーツが自動で供給され、下級アンドロイドたちが組み立てて落成した完成品が自動売却されるよう、完璧な自動循環ラインのシステムを強固に築き上げた。これで、武が深く眠りについていても、夜通しバックグラウンドで製造プロセスがノンストップで回り続けることになる。眠っていても問題なく金が稼げる環境が、ここに完成した。


 完全に自動化されたプレハブ工場を見届けた武は、パイプ椅子から腰を上げ、ハインを呼び寄せた。


「ハイン、ジル。このまま自動運用を続ければ、明日の朝にはさらに莫大な軍資金が貯まっているはずだ。今のうちに、明日以降の資金の使い道について、優先順位を決めておきたい」

 防衛の指揮を執るジルは、今も外の見張り塔で他の軍事アンドロイドたちとともにM249軽機関銃を構え、漆黒の原生林へ鋭い視線を走らせている。そのため、今回の軍議は無線通信を介し、プレハブ内にいるハインがジルの意見を代弁する形で進められた。


「ジルからの通信を中継します、マスター」

 ハインは衣服の乱れを整え、明瞭な声で防衛と生産基盤の要求を並べ始めた。


「軍事面におけるジルの要望は、戦術の柔軟性を高めるための各種個人兵装の拡充です。具体的には、多様な局面に対応できる『アサルトライフル』、接近戦での制圧力を高める『手榴弾』、そして最低限の自衛用としての『ハンドガン』などの様々な武器の大量一括購入を求めています」


 武は深く頷いた。メガカンのような素早い群れに対して、軽機関銃や狙撃銃だけでは取り回しが効かない局面も出てくる。アサルトライフルや手榴弾による面制圧、バックアップ用のハンドガンは必須と言えた。


「生産・生活面における私からの具申としては、まず『さらなるアンドロイドの増員』。解体、土木、建築といった作業効率を劇的に跳ね上げるための『動力ツールの導入』を最優先とすべきです。これらにより、拠点の要塞化と生産・生活基盤の構築を一気に加速させることが可能となります」


 軍事アンドロイドの増強と、生活基盤を支える内政用アンドロイドの増員。そして文明的な作業を可能にする重機や電動工具などの動力ツール。どれも「生存確率を上げること」という現在の第一目標に完全に合致している。


「よし、すべて採用する。明日になればすべて購入可能だ。必要な装備や増員分の予算は、明日の朝、口座に貯まった資金から一括で決済しよう。明日になれば、すべてを具現化して一気にこの拠点を拡張する」


 方針が決まると、武の張り詰めていた精神に心地よい疲労感が押し寄せてきた。


『異世界トレーダー』を介して取り寄せた温かい缶詰のスープとミリタリーレーションで簡素な食事を済ませる。プラスチックの容器を片付け、プレハブの隅に用意された厚手の寝袋へと潜り込んだ。


 外からは、冷徹に闇を監視する軍事アンドロイドたちの気配と、プレハブ内でカチカチと規則正しく銃を組み立て続ける下級アンドロイドたちの駆動音だけが聞こえてくる。武はそれらを最高に心強い子守唄代わりに聞きながら、深い眠りへと落ちていった。古代地球の凍てつく夜は更けていくが、武の資産と防衛線は、眠りの中で静かに、そして確実に膨れ上がり続けていた。


 プレハブ小屋の頑丈なプラスチック床の上に敷かれた、洞窟から持ってきたばかりの使い古された寝袋。その中で微かに身じろぎをした瞬間、全身の筋肉が軋むような鋭い痛みが山門武を襲った。


「っ……、痛てて……」


 思わず口から漏れたのは、情けない呻き声だった。昨日から始まった、軍事アンドロイドの指揮官個体であるジルによる過酷な肉体適応訓練、および「動的体幹」や基礎格闘術の叩き込み。その代償が、一晩明けた今、凄まじい筋肉痛となって容赦なく武の肉体を支配していた。温厚な現代日本の一般人として生きてきた肉体にとって、原始の過酷な環境に耐えうる肉体への急激な造り替えは、想像以上の負担となっていた。


 重い体をなんとか引きずり出すようにして寝袋から這い出ると、しっかりとした樹脂製の床に素足を下ろす。それだけで、未開の冷たい土の上とは違う、近代文明の確かな安心感が伝わってきた。


「おはようございます、マスター。健やかな目覚めであられたでしょうか」


 枕元に音もなく控えていたハインが、いつも通りの完璧な一礼と共に武を迎えた。衣服の乱れ一つなく、完璧なインフラ維持を続けていた彼女の姿に、武は小さく苦笑を返す。


「おはよう、ハイン。いや、体中が筋肉痛でバキバキだ。健やかとは言い難いな……。洞窟から持ってきた寝袋を床に直引きじゃ、さすがに厳しかった。体が痛くてたまらない。生産・生活基盤の構築を急ぐと言ったばかりだけど、早急にちゃんとしたベッドをクラフトして部屋に配置する必要がありそうだ」


「承知いたしました。生活環境の最適化は、マスターの健康維持、ひいては生存確率の向上に直結する最重要事項です。本日の調達リストの最上位に組み込んでおきます」


 ハインは淀みなく答え、手元の記録を更新していく。武は、凝り固まった肩を回しながら、プレハブの窓の外へと目を向けた。外はすでに氷河期の冷徹な太陽が昇り始めており、白い光が防弾鋼板で補強された窓の隙間から差し込んでいる。


「ハイン、俺は一体、何時間ほど眠っていたんだ?」


「正確に8時間でございます、マスター。その間、睡眠の妨げになるような脅威の接近はなく、拠点の防衛ラインは完全に維持されておりました」


「8時間か……。しっかり寝たはずなのに、この体の重さは応じるな」


 武は自分の身支度を急いだ。ウェットティッシュで顔を拭い、異世界トレーダーから取り寄せた清潔な衣類へと着替える。温かいミネラルウォーターで喉を潤すと、ようやく思考がクリアになっていくのを感じた。


 何よりも気になるのは、昨夜1時間のテスト稼働を終え、最後に残高を確かめてから今に至るまでの合計10時間の間に、構築した全自動クラフト循環システムがどれだけの富を叩き出したか、ということだ。


「よし、外に行こう。ジルたちとも合流して、現在の状況と残高を確認する」


 プレハブ小屋の重い防弾ドアをハインが開け、武は外の空気を吸い込んだ。朝の原始の空気は、刺すように冷たい。氷河期特有の凍てつく風が、防寒服の隙間をすり抜けて筋肉痛の体を刺激する。


 拠点の四隅に建てられた見張り塔の上には、昨夜から一歩も動かずに警戒を続けていたジルと、その配下の軍事アンドロイドたちの姿があった。彼女たちの手元には、いつでも火力を吐き出せるよう整備されたM249軽機関銃が握られている。


 武の姿を認めるや否や、ジルは見張り塔から驚くほど軽やかな身のこなしで飛び降り、一切の着地音を立てずに武の前へと着地した。その一連の動作の美しさと、アンドロイドとしての圧倒的な身体能力の高さに、武は改めて感嘆せざるを得なかった。


「マスター、おはようございます。夜間警戒シフトにおいて、特筆すべき異常はありませんでした。メガカンの残党と思しき遠吠えが数キロ先で確認されましたが、本拠点への接近兆候は皆無です。防衛体制は万全です」


 ジルの冷徹でいて、武への絶対の忠誠を誓う声が響く。


「苦労をかけたな、ジル。君たちが目を光らせていてくれたおかげで、安心して眠れたよ。……さて、俺たちが寝ている間に、下級アンドロイドたちとシステムがどれだけ働いてくれたか、答え合わせをしよう」


 武は意識を集中させ、脳内に『異世界トレーダー』のシステムインターフェースを呼び出した。視界の隅に、無機質なブルーのデジタルウィンドウが展開される。そこに表示された文字列と、天文学的な数字を目にした瞬間、武は思わず息を呑んだ。


 昨夜、共有インベントリと全自動連続クラフト機能を同期させた自動循環システム。1挺の錬成と組み立てに約8分を要するCheyTac M200が、下級アンドロイドたちの24時間ノンストップの分業体制によって、1時間あたり90挺という狂気じみたペースで量産され続けていた。最後に残高を確かめてから正確に10時間、寸分の狂いもなく回り続けた結果が、明確な計算式となって明記されていた。


【CheyTac M200 夜間全自動連続クラフト・売却計算明細(10時間運用分)】


 ・M200完成品価格:2,000,000エン


 ・素材クラフト材料費(4分の1):500,000エン


 ・1挺あたりの純利益(4分の3):1,500,000エン


 ・1時間あたりの製造・売却数量:90挺


 ・10時間での総製造・売却数量:90挺 × 10時間 = 900挺


 ・必要材料費総額:500,000エン × 900 = 450,000,000エン


 ・売却総額:2,000,000エン × 900 = 1,800,000,000エン


 ・差引総純利益:1,500,000エン × 900 = 1,350,000,000エン


【最後に確かめた残高:283,156,000エン】


【現在最終残高:1,633,156,000エン】


「……16億、3,315万、6,000エン……」


 武は、その数字を声に出して読み上げた。最後に画面を閉じてから、8時間の睡眠を含むわずか10時間の間に、口座残高は再び10億エンの大台を遥かに突破し、16億エンという、国家予算の一部にすら匹敵するような巨額の資金へと膨れ上がっていた。


 1挺あたり150万エンの純利益を出すスナイパーライフルが、夜の静寂の中で900挺も生産され、システムを通じて一瞬で換金されていったのだ。プレハブ小屋の中でカチカチと規則正しく響いていた金属音は、文字通り、富を無限に生み出す工場の心音だった。


 一歩も歩くことなく、ただシステムを構築して眠るだけで、現代日本の一生分を遥かに超える大金が手に入る。このチート権能『異世界トレーダー』の恐ろしさと、それを一糸乱れぬ効率で稼働させるアンドロイド部隊の価値を、武は骨の髄まで理解した。温慢な一般人としての金銭感覚は麻痺を通り越し、今やこの数字は、この未開の古代地球を安全な要塞へと作り替えるための「絶対的なエネルギーの総量」として認識されていた。


「マスター、残高の更新を確認いたしました。これほどの資金があれば、昨日ジルと協議したすべての軍事拡充、および私が提案した生産・生活基盤の強化を、何一つ妥協することなく一括で執行可能です」


 ハインが、その冷徹な計算能力に裏打ちされた確信に満ちた声で言った。


「ああ、その通りだ。これだけの軍資金があれば、もう予算の心配をする必要はまったくない。ハイン、ジル。約束通り、朝一番の本格的な投資を開始する。さらなるアンドロイドの増員、動力ツールの導入、およびアサルトライフルや手榴弾、ハンドガンといった各種個人兵装の一括決済を行うぞ」


 武は、筋肉痛の痛みをアドレナリンでねじ伏せるようにして、力強く宣言した。未開の原生林から吹き付ける極寒の風が拠点を揺らすが、武たちの目の前には、それを完全に凌駕する近代文明の暴力と、圧倒的な資本の力が具現化されようとしていた。


 生存確率を上げるための泥臭いサバイバルは、この16億エンという絶対的な暴力を背景に、さらなる要塞化と基盤拡充のフェーズへと突入する。武はインターフェースに指をかけ、次なる大量調達のコマンドへと意識を向けた。



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