第十二話 文明の一歩
「さて、丁度腹も減ったし、ここらで一旦休憩にするか」
武は小さく伸びをしながら、作業用デスク代わりのコンクリートブロックから立ち上がった。時計の針は正午を少し回ったところを指している。午前中の集中した思考作業のせいで、思った以上にエネルギーを消費していた。
『異世界トレーダー』のインベントリを開き、保存性の高いミリタリー用のレトルトレーション(戦闘糧食)を取り出す。原始地球の冷気の中で温かい食事を取るため、発熱剤を使ってパウチを温めた。
しばらくして、パウチから立ち上る湯気と共に、馴染み深い肉料理の香りが洞窟の狭い空間に広がっていく。プラスチックのスプーンで温かい煮込み料理を口に運ぶと、濃厚な塩気と旨味が染み渡った。
「やっぱり、美味いものを食べると落ち着くな……」
サバイバルにおいて、精神の安定は肉体の健康と同じくらい重要だ。武は一口ずつ噛み締めながら、静かに昼食を平らげた。携帯用ボトルの水で喉を潤し、ふう、と満足のいく息を吐く。
エネルギーの補給を終えた武は、ジャケットのジッパーを上まで引き上げ、防寒用の手袋をはめた。
「よし、工事の進捗を聞きに行こう」
洞窟の入り口を遮断しているコンクリートブロックの隙間から、武は外の原始の森へと足を踏み出した。
一歩外へ出ると、ひんやりとした清涼な空気が頬を撫でる。それと同時に、昨日までとは明らかに異なる空間の「広がり」が肌に伝わってきた。
頭上を覆い尽くしていた鬱蒼とした巨木のキャノピー(林冠)が一部綺麗に切り取られ、そこから暖かな太陽の光が地面へと降り注いでいる。下級作業兵10体による、無声の、しかし驚異的な効率の開墾作業。その成果は一目で分かった。何本もの大木がすでに適切な長さに切り分けられ、拠点の資材として整然と積み上げられている。
その開墾地の中央、新しく作られた平地の境界線あたりに、二つの人影が立っていた。管理担当のハインと、指揮官のジルだ。
二人は人間と同じ声帯を使わず、毎秒数テラバイトの超高速データ通信で周囲の作業兵たちを完璧に統制しながら、周囲の警戒と指揮を行っていた。武が歩み寄る気配を察知すると、二人は滑らかな動きで同時にこちらを振り返った。
「マスター、お食事を終えられたのですね」
ジルが静かに一礼し、武を迎え入れる。
「ああ、しっかり腹ごしらえしてきたよ。二人とも、外の様子を見に来たんだが、工事の進捗はどんな感じだ?」
武が尋ねると、ハインが一歩前に出て、穏やかで正確な口調で報告を始めた。
ハインは表情一つ変えず、しかしどこか満足げな響きを帯びた声で、武に向かって滑らかに報告を続けた。
「マスター、下級作業兵たちの24時間ノンストップによる開墾は、当初の予測を18%上回る速度で進行しております。すでに拠点の中心部は完全に平坦化され、地盤の踏み固めも完了いたしました。これにより、当初の予定にはなかった『大型の建造物』の設置が、今すぐ可能となっております」
「そうか、そこまで進んでいるなら好都合だ」
武は小さく頷き、腕のシステム画面を呼び出した。当初、予算の関係で動力系ツールや大型装備は削ったが、 CheyTac M200 のテスト錬成によって残高は1億517万6,000エンまで回復している。現在のアンドロイドたちの駆動猶予は、バッテリー寿命の残り7日間。この平地ができたタイミングで、一気に彼らの充電環境と、自らの生活拠点を構築するべきだと判断した。
「ハイン、ジル。人間並みの生活環境と、お前たちの給電システムを同時に立ち上げる。まずは大型のプレハブ小屋をここに具現化する」
武が選んだのは、居住性と防衛拠点を兼ね備えた大型プレハブ小屋(約15畳サイズ)だった。過酷な古代地球の気候に耐えるための高断熱仕様、さらにアンドロイドたちの充電器を複数接続するための屋内電気配線工事オプションを追加。さらに、原始の吸血虫や病原菌の侵入を防ぐ「高気密陽圧クリーン化システム」と、屋根に設置する「強化防弾ルーフパネル」をハインの提案によりオプションとして組み込んだ。
さらに、以前の見積もりで一時保留にしていたホンダの大型インバーター発電機『EU55is』も同時に取り寄せを決断。これらを雨風から完全に守り、騒音を外部に漏らさないための「専用防音・防雨型小型発電機小屋」もセットで錬成する。
ここでの購入・売却はすべてスキル『異世界トレーダー』を介して行われる。システムルールに従い、材料費(4分の1)でのクラフトによる購入額と残高の計算式が、武の網膜へ簡素に表示された。
* 『異世界トレーダー』クラフト決済
* 大型高断熱プレハブ小屋(約15畳一式):600,000エン(定価240万エン)
* ホンダ 大型インバーター発電機『EU55is』:275,000エン(定価110万エン)
* 防音・防雨型 発電機専用小型小屋:100,000エン(定価40万エン)
* 工業用ガソリン(1,000L):45,000エン(定価18万エン)
* 総支出(合計材料費):1,020,000エン
* 最終残高:104,156,000エン(購入前:105,176,000エン)
「――生成を開始する。配置を頼むぞ」
武が念じた瞬間、彼の手の届く至近距離の虚空から、プレハブ小屋の強固なフレームや断熱パネル、発電機のパーツが次々と具現化し、地面へと吐き出されていく。
普通の人間にこれだけの資材を渡しても、組み立てには数日を要するだろう。しかし、ここには人間を遥かに凌駕する膂力と精密性、そして一切の無駄な声を排除した超高速データ通信で動くアンドロイド部隊がいる。
「下級作業兵、第一から第五、プレハブの組み立てを開始。第六から第十は発電機小屋の構築および配線ラインの結合へ」
ジルの指揮を受け、10体の作業兵たちが文字通り疾風のごとき速度で動き出した。金属同士が噛み合う小気味よい音が連続して響き渡る。重い鋼鉄の柱を軽々と持ち上げ、ミリ単位の狂いもなくボルトを締め上げていくその様は、まるで早送りの映像を見ているかのようだった。
あっという間だった。ものの数十分のうちに、鬱蒼とした原始の森の中に、現代文明の象徴たる白亜の大型プレハブ小屋と、頑丈な発電機小屋が完璧な姿で完成した。
「マスター、発電機室への給電ケーブルの敷設、およびプレハブ内の配電盤への接続、すべて正常に完了いたしました」
ハインが報告すると同時に、作業兵たちがドラゴンの如き怪力で、重いガソリンドラム缶を軽々と傾け、専用ノズルから発電機の燃料タンクへとガソリンを滑らかに注ぎ込んでいく。
「よし、アンドロイドたちの充電ポッドを中に運び込め!」
武の指示の元、プレハブ小屋の強固なドアが開け放たれ、彼らの命を繋ぐための専用給電ポッドが次々と室内の壁際に整然と並べられていった。
カチリ、と武が発電機の始動スイッチを入れる。防音小屋に遮音された低いエンジン音が「ヴーーー」と心地よく響き始め、プレハブの壁に据え付けられたインジケーターが、次々と鮮やかな緑色に点灯していった。
「マスター、ポッドへの通電を確認。給電状態へと移行しました。これで我々の稼働限界時間は事実上、無限へと拡張されました。心より感謝いたします」
ジルがいつになく深い一礼を捧げ、ハインもまた、そのガラスの瞳に確かな安堵の光を宿らせて武を見つめていた。原始の過酷な島国に、人類の歴史を先取りした小さな「不落の文明拠点」が、いま確実に産声を上げた。




