1ー3 「アルステリア」
どこかを漂っているようなふわふわとした感覚。そんな中、幼女の細々とした声を聞いた。
だれか......だれか助けて。お願い......
徐々に幼女の姿が鮮明になってくる。だが、
「どういうこと?」
そこでぱたりと映像が途絶え、目が覚めた。
とっさに起き上がり、かかっていた毛布を取る。その時、自分の手がやけに大きいことに気づいた。
私は、赤子に転生するとばかり思っていたのだが、どうやら5歳ほどの女の子に転生してしまったらしい。
周りを見渡すと、木でできた質素な家具が多数。でも、部屋は子供部屋にしては大きい。おそらく、私は平民だ。
「うん?」
ちょっとストップ。本がぎゅうぎゅうに詰まった、今の私の背丈の二倍くらいの本棚があった。本は貴重で財産がある人しか手に入れることができない。つまり、私は貴族?どっちなんだろう。
その時、ドアがゆっくりと音を立てながら開いた。出てきたのは、アッシュブロンドの髪の女の人。質素な服を着ているが髪は綺麗に結われており、手にはお湯の入った桶と手拭いが。
女の人は、出てきて私を見るなり、慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。
「リーナ!大丈夫?もうどこも痛くない?」
女の人は優しく頭を撫でてくる。このリーナという身体の持ち主の母親なのだろうか。とりあえず大丈夫だと答えておこう。
「もう大丈夫だよ!」
私はにっこりと天真爛漫な笑顔を浮かべる。我ながら、いい笑顔だ。
そう思っている時、またあの声が聞こえた。
「どうしたの、リーナ?」
その途端だった。
「うっ......」
頭が割れるように痛い。
「リーナ?」
私は両手で頭を挟み込むように強く抱え込んだ。指先が、頭皮に白く食い込む。
「あ、うっ......うう、うあっ、っあぁ!」
言葉にならないほどの痛みが小さな体を襲う。何かが体に流れ込んでくる。
最後の記憶は、母親らしき女が取り乱した様子で手を差し伸べてきたことだった。
私、リーナ・アルステリアはアルステリア名誉男爵家の長女として生まれた。
アッシュブロンドの髪は母親譲りで、宝石のように煌めく空色の瞳は父親譲りだった。
私は小さな頃から恵まれた環境にいた。
欲しいものは基本的に全て手に入ったし、特に不便なこともなかった。
一つ気がかりなのは、この家がある場所なのだけれどね。
そして、両親から惜しみなく愛情を注がれ、幸せな日々を過ごした。
でも......
ある日、その幸せな日々は崩壊してしまった。
ことの始まりはいつもの夜だった。けれど、一つ違ったのは、不思議な夢を見たということ。
夢の内容は、父が剣の鍛錬の途中で倒れてしまうというものだった。
最初は、ただの悪夢だと思っていた。
次の日、父が本当に倒れるまでは。
それからは毎晩のように、予知夢を見て、夢に怯える日々が続いた。
夢は多種多様で、一日先の夢や何月も先の夢もあった。
そして、夢にはあることが共通していた。
それは.......
2年以上先の夢が見れないこと。
これは、私に2年以上先の未来がないこと、つまり、死を意味する。
ただ、一つだけ、よからぬ例外があった。
4年後の夢だった。
魔獣の群れがこの村にやってきた。父は名誉騎士として防衛戦に加わったけれど、帰ってこなかった。そして、母も......。
この夢を見て、私は思った。私が死んだ後に二人を死なせるなんてことにはさせたくない。いや、させない!
そのためには、まず、私の死を回避しなければならなかった。
だから、私はどうやって死ぬのか確認する必要がある。
そう決心してから、私は毎晩夢をコントロールする練習をし、予知夢についての文献を村の教会で集めるようになった。
数ヶ月後。
切迫した日々の末にやっと光が差し込んだ。
予知夢についての文献を見つけたのだ。
そのおかげで、予知夢の正体は異能という血統が関係した力だということと、そのコントロール方法を知ることができた。
そして、私の死の直前までを夢で見ることに成功したんだ!
でも、その次の日、とてつもない高熱に襲われた。
生命の鼓動が、だんだんと少しずつ薄れていくのを感じた。
あぁ、私はここで父と母を救えずに終わってしまうの?
誰でも良いから、私の代わりに父と母を助けて。お願い.......
ここで、目が覚めた。ゆっくりと起き上がる。
「いったぁ......」
まだ痛みが引いていなかったようだ。
「リーナ!心配したのよ......」
ベットの隣に椅子を置いて座っていたのはリーナの母、ミリア・アルステリアだ。
そして、その隣で
「お前が起きなかったら、パパはどうかなりそうだったよぉ」
初対面のリーナの父、ソレンス・アルステリアが涙目になっていた。なんて涙脆い父なのだろう。いや、私に人の親をつべこべ言う資格はないか。
「リーナ、全快です!」
誇るような顔でガッツポーズをして見せる。
一旦状況を整理しよう。
私、上級天使ルシアの魂は、リーナの強い願いに引き寄せられて、リーナの魂が消滅した後に残った、リーナの抜け殻に入った。
「今日はリーナが食べたいもの、なんでも作ってあげるわよ」
でも、なぜかリーナの今までの記憶が残っていて、さっきその記憶が一斉に流れ込んできた。
「ちょっと今日は大丈夫......」
だから、今辛うじてリーナの人格を再現できているのだ。......素がだだ漏れだけど。
リーナの家にいる時は、リーナを演じる必要がある。もし、このことが知られてしまったら、捨てられるか、殺されるか。考えただけでも、頭が痛い。
「リーナ、遠慮しなくて良いんだぞ」
私はリーナの身体のお陰で今、この世界に生きられているわけだから、リーナの願いを叶える義務がある。
「病み上がりだから......」
すなわち、この世界での最初のミッションはリーナの家族を守ること!
天界全書にも、女神の命令に違反しないようなら、基本的に何をやっても良いとあった。
それなら......
「ばっちこいよ!!!」
数秒の沈黙が流れる。
どうしよう、思ったことがつい口に出てしまった。
「リーナ、急にベットの上で立ち上がったと思ったら、大声を出して......大丈夫?まさか、幻覚が見えているんじゃ!」
ミリアとソレンスの慌てようが、事の重大さを悟る。冷や汗がだらだらと流れてゆく。
やっちゃったぁぁぁ〜
心の中でエコーする。
「今日はもう休ませてやろう。ほら、こんなに汗をかいているじゃないか」
違います。この汗は違うんですぅぅ。
「そうね......」
納得しないで〜。
ミリアとソレンスは、お互いの顔を見合わせると、息を合わせたようにそそくさと部屋の出口まで歩いて行った。
「ゆっくり休むのよ。何かあったらすぐ呼んでね」
「元気になったら、今まで運動できていなかった分たく...ぶっ!」
後ろでミリアが少し陰のある笑みを浮かべながら、ソレンスを思い切り叩いた。
ベシッという音がこちらにも聞こえてくる。かなり強烈だな、とは思いつつ私はそれを無視した。
「晩御飯ができたら呼ぶからね」
二人は部屋を出て、ゆっくりとドアを閉めた。
結果的には一人になれてよかったけど、次どんな顔をして会おうか?
とりあえず、これからのことを考えよう。
......これからのことを。
「待って......っめちゃくちゃ嬉しいんですけど!?」
さっき、リーナの記憶の中に魔術が存在していたことが確認できたのだ。
つ・ま・り、これからの人生、魔術を堪能できるってこと!
私は枕にボフッと顔を埋めると、枕を両手で掴んで両脚をジタバタとさせた。
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜!」
やっと、魔術に!やっと、魔術が!
枕に埋めていた顔をあげる。
「神さまぁ、なんで最初にこの世界に転生させてくれなかったの?」
まだ思うことはあるが、この世界に転生した今、そんなことは関係ない!
嬉しさに、私の顔が思わずにやける。
「へへっ......」
今度は枕を抱えて、ベットの上を転げ回る。
「ん〜〜〜っ!」
次の瞬間だった。
「いった〜!」
そのまま転がって、ベットから落ちてしまったのだ。私は頭を押さえながら、ゆっくりと起きあがろうとした。
「うん?」
ベットの下に、何か分厚い本があるのが見えた。思い切り手を伸ばして、本を取ろうとする。
「あともっちょっと......う〜ん、よしっ!」
茶色の少し古い時代の本のようだった。表紙が埃で見えないので、手で表面の埃をはらってみる。
「これは......」
私は目をキラキラと輝かせる。
「魔術入門書!」
天使はどの世界の言葉も読むことができるようになっている。なぜか、書くことはできないことは今でも不思議だけど。
というか、基本的に魔術について書かれた本は他の本よりも高価で、リーナが買えるとは思えない。
少し、リーナの記憶をたどってみよう。
目を瞑ると、村の近くの教会が見えた。確か、リーナが予知夢の文献を探していたところだ。
そこに、親切そうな神父さんがいて......?なんと、リーナが興味本意で借りたいと持ってきたこの魔術入門書を、もう古いからという理由であげていた!そして、魔術入門書を家に持ち帰ったリーナだったが、本棚には入らなかったため、邪魔にならないベットの下に魔術入門書を置いた。これが、二週間前のこと。
読む時間がなくて、そのまま放置してしまったのか......すご〜くもったいない!
「私がこれから使ってあげるからね!」
私は魔術入門書にキスをすると、魔術入門書を枕の下に隠した。
ミリアやソレンスが見たら、驚いて卒倒してしまうだろう。
なんせ、私の見立てでこの魔術入門書は、王都に家が建てられる程の価値があるのだから。
その時、ドアのノックの音が聞こえて、ドアが開いた。
「あら、まだ休んでてもよかったのに」
「へへっ」
笑顔で振り返る。
「晩御飯ができたわよ」
「は〜い」
私は立ち上がり、小走りで食卓に向かう。
これから、魔術の溢れた輝かしい日々が待っている。
──そんな希望を持って。
次回、「辺境?の村を散策」




