潜入。
「よかったのですか?」
メルティが帰宅したあと、ヘルからの手紙を再度読む。
「何がだ…。」
「ヘルメント様の事です…。」
ヘルメントからの手紙には最後に一言、メーティアを頼むと書いてあった。
ヘルメントがそんな書き方をするのは珍しい。
書き方が「これから死地に赴く」と言っているようなものだ。
「あぁ。きっと今は伝えない方がいい。
それに俺は信じているからな。ヘルが簡単に死ぬような奴じゃないと…。」
手紙に書いてあった訳では無いが…
恐らくはダルデンヌ公爵を探っていたら、まさかの大物と出くわしたという感じだろう。
どうせヘルのことだ…。
ダルデンヌ公爵を探るためにも、結構深くまで潜り込んでいるはずだ。
ヘルの変装はそうそうバレない。
顔が変わっている訳でもないのに、不思議とその場に溶け込むと分からなくなるのだ。
それを逆手にとって、いつも危ない橋を渡る。
ヘルメントとはそういう奴だ。
「アルマン。あいつはもしかしたら、エリス・ジュアンに会ったのかも知れないな。」
「それは…先日ウラヌス国王陛下が話していた…」
俺はその言葉にこくりと頷いた。
エリス・ジュアン。
保守派筆頭。
自分は動かずに周りを動かす…と言っていたか。
特に憎悪や嫉妬などの感情が好きだとも言っていた。
これだけ聞くと悪魔のような人だ。
それに父上が話していた事を、ヘルが調べられないわけが無いだろう。
「アルマン…少しメルティの警護を増やしてくれ。」
「承知いたしました。」
ヘルが何をしているのか、全くわからないが信じて待つことにしよう。
***
「ロキ。あなたは私の近くに居なさい。」
ロキ。普段潜入する時に使う名前だ。
従者、兵士、騎士、商人、貴族、農家、神父、医師など様々な顔をもちあわせている。
初めはオストの無茶ぶりから始まった物だが、今は意外に楽しんでいる自分がいる。
「承知いたしました。奥様。」
ダルデンヌ公爵家の従者として潜伏してから、色々なことが見えてきた。
まず、ダルデンヌ公爵の奥様。
ヘシオネリア・ダルデンヌは、香水なのか体臭なのか臭い…。
正直、鼻が曲がりそうだ。
従者として雇われてからというもの、何故かヘシオネリアに気に入られてしまい、いつも連れて歩かれる。
色々調べられるいい機会ではあれど、良いような…悪いような…である。
因みにこの家に来てからアポロは見かけていない。
恐らく領地ではなく、王都の屋敷にでも居るんだろう。
「ロキ。今日はアーテリアの母エリスとお茶会の予定があるの。
貴方は私の可愛い可愛い従者なのだから、目移りしないでちょうだいね。」
そんなに僕の顔が好きなのだろうか。
いや…恐らく違うな。
僕を通して父上を見ているのだろう。
昔から母上に似てるとは言われてきたが、目元なんかは父上に似ている気がする。
今は髪の色もウィッグを被って金髪にしているし、余計に似ているのかもしれない。
「分かっていますよ。僕は奥様の従者です。
他の人に目移りなんてしませんって。」
それにしてもアーテリアの母親か…。
アーテリアとアポロを見ていても、そんなに昔から知り合いって感じではなかったが、この2人には何かあるのだろうか。
「そうよね。私の可愛いロキだもの。」
俺の腕に抱き着いてくるヘシオネリアに、ゾワゾワと鳥肌が立つ。
こんなの仕事じゃなければやってられない。
「そうですよ。それよりもアーテリア様のお母様とはどんな方なのですか?」
ヘシオネリアを見つめて微笑むと、顔を赤くしながら話してくれる。
「エリスとは昔パーティーで出会ったのよ。
そこからの付き合いでね。
すごく気に入らない女がいたんだけれど、その女のことで色々話を聞いてもらったわ。」
気に入らない女とは…恐らく母上のことだろうな。
そう考えると、もう20年以上の付き合いということか。
よく今まで気付かれなかったものだ。
それともエリスが上手く誤魔化していたのだろうか。
「そうなんですね。もう親友みたいなものじゃないですか。」
「それは無いわ。利害の一致で一緒にいるだけだもの。」
先程まで楽しそうにしていた姿と打って変わって、急に真剣な面持ちになる。
「利害一致…ですか??」
「そうよ。さっ!こんな話はここまでにして、今は私たち二人の時間を満喫しましょう!」
利害の一致か…。
勘だが、あまりいい話ではないのだろうな。
ヘシオネリアの考えていることは、ここに来てから何となくわかるようになってきたが、アーテリアの母親についてはまだ分からないことだらけだ。
このチャンスを逃がしてはならないだろう。
「そうですね。エリス様が来るまで、奥様を独り占めさせてください。」
無心でヘシオネリアに抱きついた。
それにしても、この臭い本っ当に何とかならないのか。
酸っぱい匂いが充満して、目から勝手に涙が出る。
どうにかこの場を乗り切ろうと思っていると、天の声が聞こえた。
「奥様。お取り込み中のところ申し訳ございません。ジュアン侯爵夫人が来られました。」
僕は大きく胸を撫で下ろし、奥様と一緒に応接室に向かった。




