人は見かけによりません。
バキッ。
何かが割れたような、折れたような音に、こちらに興味を持っていなかった人たちまでもが集まってきた。
「おい。いい加減にせぇよ。この豚が!
さっきから話聞いておればゴチャゴチャと……。
慰謝料だぁ?お前らに今まで援助してきた金を返さなくていいと肩代わりしている時点で、慰謝料なんか払い終えてるんやわ!」
どうやら先程折れたのは、お母様が持っていた扇子だったようだ。
そして今話しているのは――誰だろうかと疑いたくなるけれど、まさかのお母様だった。
「メルティはまだ見たことがなかったのね。
アフロディーナはね……元々男の子と遊ぶくらいヤンチャだったのよ。
最近はすっかり落ち着いていたけれど、怒るとなぜかタガが外れちゃうのよね……」
ニコニコしながら頬に手を当てているお祖母様。
どこからどう見ても、楽しんでいるようにしか見えない。
「挙句の果てに、わたしの大事な大事な旦那を、アレウスを貰ってあげてもいい?
どの口が言ってんだ。この口か?なぁ、おい」
身を乗り出し、ヘシオネリア様の両頬を指でつまむ。
「は、離して。暴力振るうなんてよくないわ。
ちょっと、そこの衛兵、助けなさい」
「も、も、申し訳ございません。
ヘシオネリア様はもう降嫁された身であられますので、私たちは動くことはできません」
衛兵たちは何も間違ったことは言っていない。
この場で一番立場が上なのはガイア王妃。
次いでディアナお祖母様だ。
お祖母様も王家の人間ではない以上、衛兵を動かすことは出来ない。
「何言っているのよ!早くこの女狐連れてってよ!!」
「さっきから聞いとれば何言うとんの。いっぺん自分の名前言うてみぃや」
「な、なんでよ」
「いいから!それとも言えんのんか?あぁ!?」
お母様に詰められると逃げ場がない。
昔から怖かったけれど――怒ったお母様は、想像以上に恐ろしい。
「ヘシオネリア・ダルデンヌよ」
「そうやんなぁ。
もし、ヘシオネリア・アンベールなんて言うたらどうしようかと思っとったわ。
いいか?もうアンベールという名前がついてないだけで、お前は王族じゃないんよ。
だから衛兵やって、お前の言うこと聞くわけが無いやろ。
それにな、今はお前よりもガイアの方が立場が上や!
バカにすんのも大概にしとけよ。この豚が!」
お母様はそれだけ言うと、すっと立ち上がって出口へ向かう。
その後ろをガイア王妃がついていく。
こちらを見てウインクしてくるところを見ると、このままここに残れということらしい。
そして――会場を出る間際。
「それとな、アレウスは物じゃない。
もし私から奪いたいなら、その見てくれと中身をどうにかしてから来ぃや!
そしたら受けて立つわ。まぁ渡さんけどな!」
それだけ言うと、会場を出ていった。
その言葉に、私たちの世代は呆然としていたが――
「久しぶりに見たわねぇ」
「やっぱりアフロディーナ様はあぁでなくっちゃ」
「最近はすっかり落ち着いていたから少し物足りなかったのよね」
「今回は手が出なかったわね」
お母様世代、お祖母様世代のご婦人たちは、どこか呑気にそう言っている。
今回のお茶会は、色々と初めてづくしで頭が追いつかない。
ヘシオネリア様は周りからもあまり好かれていないようで、お母様の態度に対しても誰も何も言わなかった。
***
「おい、ウラヌスはいるか」
息子のオストと共に執務室で公務の話し合いをしていると、廊下をドスドスと歩く音が聞こえてくる。
恐らくこの音はアレウスだろう。
「アレウスか。珍しいな。用事がないと顔すら出さないお前がどうしたんだ」
一見すると戦いとは無縁そうな、美男。
どちらかといえば事務仕事が得意そうに見えるこの男だが――実際はこの国一番の手練である。
見た目に騙されて挑んで勝てた者はいない。
まともに渡り合えるのは、息子のニケオスくらいだろうか。
「あいつが、今日の茶会に顔を出していると聞いたんだ。
何の因果かアフロディーナも参加している。
年齢も重ねたし落ち着いたとは思うが……心配でな」
あいつ――ヘシオネリアのことだろう。
昔からあの二人は相性が悪い。
それも当然だ。
ヘシオネリアはかつて、アレウスに懸想していたのだから。
アレウスとアフロディーナが結婚し子どもが出来た後、諦めたのか、それとも別の思惑か。
突然ダルデンヌ公爵と結婚した。
親の反対を押し切ってまで。
今思えば――その結婚で振り向いてもらえるとでも思ったのだろう。
だが、そんな都合の良い話があるはずもない。
姫としての矜持を見せたことすらないのだから、同情の余地もない。
「ウラヌス国王陛下!コルベール侯爵、大変です!
アフロディーナ様とヘシオネリア様が……!」
その言葉を聞いた瞬間、私たちは席を立った。
何が起きたのか分からないままの息子は、もともと茶会に顔を出すつもりだったのだろう。
メルティに会えると、どこか嬉しそうに後をついてくる。
これ以上、何も起きなければいいが――。
そう思いながら、私たちは秋の庭園へと急いだ。




