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異世界転生した俺は、剣も魔法も使えないので商談力で成り上がる  作者: しょー
無能職《営業》、最初の案件

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3/10

第3話 売れない理由は“商品”じゃなく“誰に売るか”だった

競合の若旦那――バルト・グレインが去った後、店の中には妙な静けさが残った。


 さっきまで露骨に余裕を見せていた男の気配が消えたせいか、空気が少しだけ軽くなった気もする。だがその軽さは、嵐の前の静けさに近い。


 リゼットが腕を組んだまま、扉の方を睨んでいた。


「腹立つ……」

「ずいぶん嫌ってますね」

「嫌いよ。あいつ、いちいち言い方が鼻につくもの」

「でも、ああいう相手ほど無視できない」

「それも腹立つのよ」


 率直でよろしい。


 ゴドーさんは、すでにだいぶ消耗した顔で椅子に腰を落としていた。


「やっぱり、もう無理なんじゃないか……」

「父さん、出たわね」

「何がです?」

「この人、困るとすぐ“もう無理なんじゃないか”って言うの」

「便利な口癖じゃないですね」

「便利どころか商会の空気が沈むのよ!」


 リゼットの正論に、ゴドーさんはますます小さくなった。


 だが気持ちはわかる。競合が実際に動いていて、こちらは店内の整理すら終わっていない。普通に見れば不利だ。かなり不利だ。


 ただ、だからといって勝ち筋がゼロとは限らない。


「まず前提を揃えましょう」

「また始まった」

「癖みたいなものです」


 俺は店の中央にあった木箱を一つ裏返し、即席の台にした。その上に帳面を置く。会議室もホワイトボードもないが、整理する場所さえあれば十分だ。


「現状、マルシェ商会は困っています」

「それは見ればわかるわね」

「ですが、“何に”困っているかが人によってズレている。ここが一番危ない」

「……売上と在庫の話?」

「はい」


 俺は帳面の空いた端に、指で二本線を引いた。


「売上が下がっている。これは結果です」

「結果?」

「ええ。たとえば、客が減った、単価が落ちた、来ても買わない、そもそも必要なものがない。どれでも売上は落ちます。つまり“売上低下”は問題の名前ではあっても、原因そのものじゃない」

「……」

「在庫が増えている。これも同じです。仕入れすぎたのか、売れていないのか、売れるものと売れないものの配分が悪いのか。ここを分けないと、打ち手が全部ズレます」


 ゴドーさんがぽかんと口を開けた。


 リゼットは少し考えて、ぽつりと呟く。


「つまり……今のうちは、熱があるって騒いでるだけで、風邪なのか食あたりなのか見てない感じ?」

「だいたいそんなものです」

「ちょっとわかりやすいの腹立つわね」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 ベンさんが腕を組みながら唸る。


「で、何が原因なんだ」

「現時点では仮説です。ですが、かなり有力なのはこれです」


 俺は帳面の上に三つ、短く書いた。


 誰に売るかが曖昧

 何を優先して売るかが曖昧

 売った後に回る形になっていない


 ガイルが露骨に顔をしかめた。


「曖昧って言葉ばっかりだな」

「曖昧だから崩れてるんです」

「もっとこう、ズバッと“これが悪い!”って言えねえのか」

「言えますよ。全部です」

「雑だなおい」


 リゼットが吹き出した。


 俺は構わず続ける。


「商品単体は、たぶんそこまで悪くない」

「そこは私も思ってた。品質で負けてる感じはしないのよ」

「はい。むしろ中途半端に色々あるのが問題です」

「色々あるとダメなの?」

「“誰にでも売れそう”は、だいたい“誰にも強く刺さらない”です」

「……あ」

「しかも今の店内だと、何を推したいのかも見えません。来た客は、自分で選ぶ前に疲れます」


 前世でもあった。商品数が多いことを強みだと思っている企業ほど、選ばせ方の設計が弱い。結果、客は迷って買わない。もしくは無難な競合へ流れる。


 ゴドーさんが、おそるおそる口を開く。


「でも……昔は、色々置いているのが強みだったんだ」

「昔は、です」

「うっ……」

「否定したいわけじゃありません。ただ、今の客の買い方や競合状況が変わっているなら、同じやり方では勝ちにくい」

「それは、そうかもしれない……」


 言いながらも、ゴドーさんの声には未練が滲んでいた。


 気持ちはわかる。過去にうまくいったやり方ほど、手放しにくいものだ。


「じゃあ、どうするのよ」

 リゼットが真っ直ぐ聞いてくる。


「選びます」

「何を?」

「売る相手を。まずは」


 店の中が静まり返った。


 たぶん、商人としてはあまり聞きたくない言葉なのだろう。“誰にでも売る”ではなく“相手を選ぶ”と言われたのだから。


 だからこそ、ここは丁寧に言う必要がある。


「誤解しないでください。客を減らす話じゃありません」

「じゃあ何?」

「最初に取りに行く相手を絞る話です」

「……」

「今のマルシェ商会は、体力が落ちています。なら、まず勝てる相手に勝つべきです。全部に手を出すと、全部中途半端になって終わる」


 ベンさんが頷いた。


「それは……わかるな」

「現場で一番しんどいのは、“全部急ぎ”と言われることです。優先順位がないと、人も在庫も回りません」

「それもわかる」

「だから最初の一件だけ、狙いを定めます」


 リゼットがじっと俺を見る。


「白鹿亭?」

「第一候補です」

「なんでそこまで押すの?」

「宿屋だからです」

「宿屋だと何か違うの?」

「かなり違います」


 俺は帳面を閉じ、店内の空いた棚を指差した。


「宿屋が嫌うのは、品質のばらつきと欠品です。毎日客が来る。食事も出す。消耗品も使う。つまり、派手な高級品より“必要な時に必要なものが来る”方が重要になる」

「……」

「そして今のマルシェ商会は、そこを改善すればまだ勝負できます」

「価格じゃなくて?」

「価格だけの勝負はしません」

「バルトのところの方が安いかもしれないわよ」

「かもしれません。ですが、安いだけでずっと選ばれるなら、世の中の商売は全部値下げ合戦で終わってます」

「うわ、営業っぽい」

「営業ですからね」


 言いながら、俺は倉庫の奥に視線を向けた。


 乾物、布巾、簡易食器、安価な保存用の油紙袋。宿屋向けに使えるものは揃っている。問題は揃っていることではなく、それを“宿屋向けの提案”として束ねていないことだ。


「今のままだと、白鹿亭から見たマルシェ商会は“なんでも少しある店”です」

「ダメなの?」

「弱いですね。“宿屋の困りごとを解決してくれる店”には見えない」

「……なるほど」

「つまり、商品を売るんじゃない」

「え?」

「相手の都合がよくなる形を売るんです」


 一瞬、沈黙が落ちた。


 ガイルが腕を組んだまま低く言う。


「お前、いちいち回りくどいな」

「言い換えます」

「頼む」

「宿屋に必要なのは、“これ便利そう”じゃない。“明日から困らなくなる”です」

「……そっちの方がわかる」

「ありがとうございます」


 リゼットが木箱に腰掛けたまま、じっと考え込んでいる。


「でも、それってどう見せるの?」

「まず、白鹿亭が何に困ってるかを聞きます」

「また質問なのね」

「また質問です」

「ほんと質問好きね」

「質問しないで刺さる提案ができるなら、その人はたぶん預言者です」

「預言者はさすがに笑う」


 少しだけ空気が和らいだ。


 この温度感ならいける。全員がまだ疑っているが、頭ごなしには否定していない。商談前の初期段階としては十分だ。


 俺は木箱の上に座り直し、帳面を開いた。


「では、今から三つだけ確認します」

「三つ?」

「はい。多いと疲れるので」


 リゼットが「そこは気を遣うのね」と小さく笑う。


「一つ目。白鹿亭との取引が切れた理由」

「それは……たしか、品切れが続いたのと、細かい注文が通らなかったから」

「誰情報です?」

「私。最後に行ったから」

「いいですね。二つ目。白鹿亭が今、どこから何を買っているか」

「そこまでは知らない」

「では確認します。三つ目。白鹿亭の中で一番困る欠品は何か」

「欠品する物?」

「はい。宿屋には“なくても困らない物”と“切れた瞬間に現場が回らなくなる物”がある。そこが分かれば、全部じゃなく一部からでも入り込める」

「……全部を取り返すんじゃないの?」

「いきなり全部は危険です」

「どうして?」

「失敗した時に全部失うからです」


 そこはきっぱり言った。


 ゴドーさんがびくっと肩を震わせる。


「だから、まずは小さく勝ちます。部分的に信頼を取り戻して、そこから広げる」

「それで本当に意味があるのか?」

 ベンさんが問う。


「あります。一部でも戻れば、“マルシェ商会はもうダメ”という空気が変わる。商売は数字だけでなく、見られ方でも動くので」

「見られ方……」

「はい。現場が回り始めれば、従業員の顔つきも変わる。すると客の反応も変わる。逆もまた同じです」


 リゼットが、ふっと小さく息を漏らした。


「……それ、なんかわかる」

「お嬢?」

「最近うち、店に入った瞬間から“終わってる感じ”がするのよ。自分で言うのも嫌だけど」

「はい」

「でも今の話って、商品だけじゃなく、その空気ごと立て直すってことよね」

「理想を言えば、そうです」

「大きく出たわね」

「営業は、理想を小分けにして現実へ下ろす仕事でもあるので」

「便利な言い回しね」

「よく言われます」


 実際便利だ。


 その時、入口の近くで若い従業員が遠慮がちに手を挙げた。まだ十代後半くらいだろう。第2話で在庫の話を聞いていた子だ。


「あ、あの……」

「どうしました?」

「白鹿亭、昼前が一番忙しいです。前に納品に行った時、女将さんが“朝に足りないと地獄”って言ってました」

「いい情報です」

「えっ」

「大事です。ありがとうございます」


 若い従業員は、まさか礼を言われると思っていなかったのか、目を丸くした。


 リゼットが少しだけ嬉しそうに笑う。


「名前、言いなさいよ」

「サ、サムです」

「サムさん。朝に足りない物、覚えてますか」

「ええと……卵、干し肉、布巾、それから茶葉だったかな……」

「十分です」


 帳面に素早く書き留める。


 見えてきた。


 宿屋向けに必要なものは、派手な一括納入ではない。朝を止めない最低限の補給。つまり、“全部そろってます”ではなく“朝の困りごとを止めません”と提案すべきだ。


 リゼットが身を乗り出す。


「ねえ、今のだけで何かわかったの?」

「かなり」

「本当に?」

「ええ。白鹿亭に売るべきなのは商品一覧じゃない」

「じゃあ何?」

「“朝を止めないための補給提案”です」

「……なにそれ」

「言い換えると、“忙しい時間に困るものだけは絶対切らさない”約束です」

「そんなことできるの?」

 ゴドーさんが不安げに聞く。


「今のままでは難しいです」

「だ、だよな……」

「なので、そのために店内の優先順位も変えます」

「店内も?」

「はい。白鹿亭向け候補の商品は手前へ寄せる。確認担当を決める。補充の流れを固定する。最低限の運用を組みます」

「急に実務になったわね」

「提案は運用に落ちないと意味がないので」


 ガイルが、初めて少しだけ真面目な顔になった。


「つまり、取ってきた後の話まで先に決めるってことか」

「その通りです」

「……それは嫌いじゃねえな」

「ありがとうございます」


 脳筋寄りの人に一つでも刺さると嬉しい。話が前に進む。


 俺は立ち上がり、倉庫の一角を指差した。


「今日は全部やりません」

「全部やらないの?」

「はい。まずは白鹿亭候補の商品だけ、場所を分けます」

「それだけ?」

「それだけです。でも、それが大きい」

「……」

「人は、変えすぎると動けなくなります。最初は“小さく変えて、回る”を作る方がいい」


 前世でもそうだった。改革気分で全部変えると、たいてい現場が混乱して死ぬ。勝ち筋は、まず小さな成功を作ることだ。


 リゼットが立ち上がる。


「わかった。やる」

「お嬢?」

「父さん、今は迷ってる時間がもったいない。全部正しいかはわかんないけど、このまま何もしないよりマシよ」

「だが……」

「それに」


 リゼットは俺を見て、口の端を上げた。


「正直、ちょっと見てみたいのよ。営業ってやつが、本当に金を生むのか」


 真正面から言われると、妙に責任が重い。


「期待に応えられるよう努力します」

「努力で済ませないで」

「手厳しいな」

「最初から言ってるでしょ。うち、暇じゃないの」


 その言い方が、少しだけ最初より明るくなっていた。


 よし。これなら現場も巻き込める。


「では、ベンさんは場所の把握。サムさんは白鹿亭向け候補の洗い出し。ガイルさんは手前の通路確保をお願いします」

「なんで自然に仕切ってんだお前」

「嫌でしたら別の言い方にしますが」

「……いや、まあいい。通路の確保だな」

「助かります」

「父さんは帳面。私も見るわ」

 リゼットが即答する。

「私は?」

 ゴドーさんが、おそるおそる手を挙げた。

「ゴドーさんは一番大事です」

「えっ」

「白鹿亭との過去の取引で、向こうが何を嫌がっていたか、覚えている限り全部教えてください」

「わ、わかった……!」


 人は、自分の役割が明確になると少しだけ動ける。


 店内の空気が、ほんの少し変わった。まだ再建の熱気というほどではない。だが、“沈んでいるだけの場所”ではなくなった。


 その時だった。


 ガイルが奥の棚を動かしながら、低く唸る。


「おい、連司」

「はい?」

「これ、見てみろ」


 近づくと、棚の奥から同じ種類の布巾が何束も出てきた。しかも、微妙に規格が違う。


「……多いな」

「それだけじゃねえ。こっちもだ」


 別の箱には、宿屋向けでもない装飾入りの高価そうな茶器が詰まっていた。数も多い。辺境の弱小商会が持つには、明らかに重すぎる在庫だ。


 リゼットが青ざめる。


「ちょっと待って、なんでこれがここにこんなにあるの?」

「仕入れ記録にありますか」

 俺が聞くと、ゴドーさんが帳面をめくる手を止めた。


「……いや。少なくとも、すぐには見当たらない」

「見当たらない?」

「そんなはずは……」


 嫌な予感がした。


 在庫の偏りだけならまだいい。だが、帳面と現物が噛み合っていないなら話は別だ。ただの売れ残りでは済まない可能性がある。


 俺は茶器の箱を一つ持ち上げ、底に刻まれた印を見た。


 見慣れない紋章だった。


「これ、どこから入ったんですか?」


 誰も答えられなかった。


 店内の空気が、また別の意味で張り詰める。


 倒産寸前の商会。

 売れない在庫。

 曖昧な帳面。

 そして、誰も把握していない商品。


 ――思ったより、根は深いかもしれない。

第3話を読んでいただきありがとうございます。

次回、マルシェ商会の在庫問題をさらに掘り下げつつ、白鹿亭へ向けた最初の打ち手が動き出します。

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