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001 不穏な占いは突然に





 三冊の魔導書にまつわる事件から、三ヶ月程が過ぎた。


 時には先日のような依頼詐欺のようなものに遭ったりはするが、いまのところ、世は並べて事もなし。世界を揺るがすような大事は起こっていない。まあ、あんなこと何度も起こっては堪らないけど。


 俺たちは冒険者協会で依頼を受けながら、旅を続けた。

 この世界に放り込まれて以降、俺も東大陸にはまだ足を踏み入れてない地域があったし、ジェイスも東大陸は久しぶりだと言っていたし、レフとライは初めての場所だったから。


 そろそろ大陸中央部にある街、ウェイフェアパレスへ情報交換も兼ねて戻ってみようかという話をジェイス達として、俺たちは向かうことにした。そこには俺たちの友人達がいる。







「……うわあ」

 久しぶりに本部の一階にある大衆酒場に足を踏み入れてみると、昼間っから呑んだくれてる親父共があちこちのテーブルに陣取っている相変わらずな光景が広がっていた。相変わらずといえば相変わらずな、ある意味懐かしいともいえなくもない、いつもの光景だ。


 レフとライが鼻を上に向けてひくつかせた。

「おさけの臭い!」

「おさけ! すごい臭い!」


「ああ……ごめんな、レフ、ライ……昼間からこんなダメなもの見せちゃって……」


 俺の所為ではないが、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「この酒場、いつ来ても、いい酒そろえてるな。北方でしか飲めないドラゴンキラーまで揃えてある。あれは強烈に強いが、ものすごく美味い」


「そうですか! おい、ジェイス。分かってるとは思うが昼間から飲むなよ。飲んだら教育的指導するからな」


 隣の青年が、少し間をおいてから頷いた。


 まったく。これ以上ダメな大人が増えては堪らない。レフとライにも見せたくはない。ていうか、ドラゴンキラーって。竜殺し。お前、半分は竜なのに、何でそんなもの飲んだことあるんだよ。ていうか飲んでいいのか。大丈夫か。

 来たばっかりなのに既にもうちょっとした疲労感に襲われて、俺は溜め息をついた。



 かつてこの場所、この建物を拠点としていた【魔導書探索本部】と呼ばれていた組織は、その役割を終え、解散された。

 けれども残った冒険者達のたっての希望もあり、かつての組織は【新世界探索本部】という名の新たな組織として始動することになった。


 その名が示す通り現組織は、今は、違う世界から来た俺たちのような異邦人──この世界、グラナシエールに残った、または残らざるをえなかった、そういった訳ありな冒険者達を手助けする、相互扶助を目的とした組織となっている。

 リーダーは引き続き、満場一致でかつての前組織のリーダーでもあった、面倒見の良い酒好き親父、ロッソだ。俺も、あいつ以上の適任者はいないと思う。



 俺は酒の匂いが充満する酒場内を見回した。


 そうして入り口でしばらく立ってきょろきょろしていると、やたらと固い靴音が小走りに近づいてくるのが聞こえてきた。


「いらっにゃいませー! ……うにゃああ!」

「うわっ!?」

 突然の奇声にびっくりして振り返ると、そこには。



 猫耳なメイドさんが立っていた。



 黄色の髪をツインテールにして大きな水色リボンで結び、首には銀色の鈴型の飾りが揺れる水色のリボンのチョーカー、膝丈で大きく膨らんだ水色メイド服と白いふりふりレースで縁取ったエプロン、踵に水色のリボンが付いた厚底の白いソックスとブーツ姿。胸元には銀色の盆を抱きしめている。

 あざといといえばあざといような、可愛いような、てんこ盛りすぎなような、なんともいえない出立ちだ。


 その頭の上にはオレンジ色の耳。腰の辺りには毛の短めな長い尻尾がついている。


 誰が見てもすぐに分かる猫人族の少女は、大きな目をさらに大きく見開いた。


「うにゃーい!? 宵月様にゃあー! ひさしぶりにゃー!」


 少女は尻尾を真っ直ぐにピンと立て、大きく飛び跳ねた。


 この子も、この世界に居残った冒険者の一人だ。今ではすっかりここのウエイトレス兼案内役になっている。


「ど、どうも。こんにちは……」


「はい、こんにちは。いらっしゃいませ」

 その後ろ、ちょっと離れたテーブルの側では、白髪のストレートヘアにフリフリの白いリボン、白ゴスロリっぽいメイド服を着た子が、スカートの両端を摘んで少し上げて優雅に身体を上下させ、挨拶してくれた。この子も、残った冒険者の一人だけれど──


 ……なんなのだろうか。

 なんでこう、ここの酒場のウエイトレス兼案内役は、どの子もコスプレイヤーみた……いや、なんというか、なんでこういうちょっと濃いめな子ばかりなのだろうか。


 はっ! まさか、そういう採用条件なのか!? それとも単なる偶然なのか。それともあの飲んだくれエロ親父の趣味なのだろうか。だったら問題だ。今度じっくり問いつめてみねばならない。そして時と場合によっては成敗しなければならない。


「あの、ロッソに会いに来たんだけど、いるかな?」

「はあい! いらっしゃいますにゃ〜! ささ、どうぞこちらへ〜!」


「あ、お待ちになって。すみません、宵月様。今は、先にお客様がおいでになられておりますわ」


「お客さん?」


 白いロングヘアな方のメイドさんが、こくりと頷いた。


「はい。ロッソ様のお知り合いの方のようです。とりあえず、宵月様方が御来訪なされたことを、お伝えしてきますね。申し訳ございませんが、ここで暫くお待ち下さいませ」

「あっ、そうにゃった! 占い師さんみたいな人! あとであたしも占ってもらおうって思ってたんだよね〜!」


「占い師……」


 ジェイスとレフとライが知ってるのかと問うように俺の方を向いたけど、俺は首を横に振った。

 確かに俺はロッソとのつき合いはそこそこ長い方だとは思うが、だからといって、ロッソの知人達の全てと顔を合わせている訳ではないし、全てを知っている訳でもない。


 占い師。

 冒険者が選べる職業の中には確か、そんな職業もあった。確か、魔導学者と同じくらいに珍しい、なるには特殊なアイテムが必須な職業だったように記憶している。

 水晶、カードなどの相性の良い媒体を使い、過去から未来へ流れるアイテールの動き、色、果ては天空に浮かぶ数多の星々の動きを読み、あらゆるものの過去や未来を想定したり、幻視する。

 時には運命力を操り、力を与えたりもできるらしい。


 ただ、俺の知っている冒険者の中には、そういった職業の者はいなかったはずだ。だとしたら、その人は、この世界でできたロッソの友人なのだろうか。

 それに冒険者としての【占い師】ではなくて、本来の、占いのみを生業としている占い師かもしれない。まあ、会ってみない事にはわからないけれど。




 ひとまず酒場の端の開いてるテーブルに座って待っていると、メイド二人はすぐに戻ってきた。


「お待たせしたにゃー!」

「お待たせ致しました。ロッソ様がお呼びです」

「うわ早っ!? あれ? お客さんは帰ったの?」

「いいえ、帰られてはおりませんが……ロッソ様が皆様に、丁度良かった今すぐ上がってきてほしい、とのことです」


 俺とジェイスと双子は、顔を見合わせた。


 ……よく分からないが、同席しても構わない、ということらしい。


 いや、これはむしろ、同席してくれ、という感じな気がする。そしてなんだか嫌な予感も薄々する。丁度よかった、ってなんだ。どうにも引っ掛かる。こういう時の悪い方の予感は、俺はよく当たるのだ。嬉しくないけど。


「……分かった」

 俺は小さく息を吐いてから、席を立った。






 二階に上がり、両開きの扉の前で、メイド二人がノックをする。


「ロッソ様。お客様をお連れしました」


 中から、椅子を倒しそうな音と、慌ただしい足音がした。

 それから勢いよく、目の前で扉が開いた。


「おうおうおう! 宵月! と、でけえ兄さんとチビ共! よく来てくれたな! 元気にしてたか? って聞くまでもねえか!」


 いつでもゲリラ戦に出撃できそうな格好をした無精髭の男が出てきて、熊みたいな身体で俺に寄ってきて、俺の背中を無遠慮に力一杯ばしばしと叩きやがった。身体が前につんのめり、危うくこけそうになる。


「この、いきなり何するんだよ、クソオヤジ!」


「あー悪い悪い! まあ入れ入れ! おーい、すまんが茶と茶菓子を四人分追加頼むわ」


「はあーい!」

「かしこまりました」

 メイドさん二人がお辞儀をして去っていった。


「まったく……」

 部屋の中に足を踏み入れると、そこには一階の雑多で酒臭い酒場とは全く雰囲気の違う、西洋の洋館でよく見るような、広くて小奇麗な空間が広がっていた。


 天井から床近くまである大きな窓には、重厚なカーテン。中央に鎮座する大テーブルや椅子には優雅な彫刻が施されている。まるでどこかの城の応接間のような内装だ。

 そしてそこにはまったく似合わない、山男みたいな男が一人と──



 窓を背にして、大テーブルの中央辺りには、女性が一人、静かに座っていた。



 女性は、黒みがかった紫色の薄い生地に、銀糸で文様が描かれたヴェールを被っている。


 銀と宝石を基調としたサークレットや腕輪、耳飾りなどのアクセサリをいくつも身に付けている。それらはヴェールと同色の服の上で、大小様々、まるで夜空の星のように煌めいている。

 

 女性は、吸い込まれそうなほどに黒い色をした水晶玉の上にかざしていた両手を下ろし、閉じていた目をゆっくりと開けた。



 不思議な瞳の色をしていた。


 水晶のように、色があるようで無いような、時折全ての色を内包しているように様々な色が浮かんでは消えていく。

 なんとも表現のしようがない、不可思議な色をした瞳で俺を見て、次にジェイス、そしてレフとライ、最後にもう一度俺と目を合わせて、にこりと微笑んだ。



「あー、紹介するわ。ファタリテートだ。俺がこの世界に来たばっかりで、右も左も分からねえで困ってた頃、しばらく世話になってた」


「こんにちは。お初にお目にかかります。ファタリテートと申します。しがない旅の占い師でございます」


「こいつが、さっき俺が話してた、宵月だ」

 ロッソが俺を親指で、雑に指し示した。おい。まあいいけど。

「どうも。こんにちは。さっき話になっていたらしい宵月です」

「貴方が……。宜しくお願い致します。そちらは……」


 ファタリテートが横に視線をずらす。目があったらしいレフとライが元気よく手を挙げた。


「レフだよ!」

「ライだよ!」


「ふふ。元気一杯なお返事、ありがとうございます」


 目が合ったらしいジェイスが、軽く肩をすくめた。

「……ジェイスだ」


 相変わらずの愛想の無さだ。もうちょっと、どうにかならないものだろうか。

 占い師の女性は、じっとジェイスを見ている。その表情はとても穏やかで、静かだ。特に気分を害した訳でもなさそうなので、少しほっとした。



「ああ……貴方は……半竜、なのですね」



「っ!?」



 隣に立つジェイスから、肌を突き刺すような──ざわりとした殺気が伝わってくるのを感じた。

 見上げると、案の定、不穏な感じに目を細めている。


 まさか。そんな。


 見ただけでは、誰にも判別なんてつかないはずなのに。

 


「……お前は……」


 その手が背中の剣に向かいそうになっているのを見て、俺は慌てて上がりかけている腕に手を置いて押さえた。こんなところで訳も分からず身内で戦闘なんてしたくはない。絶対に。


「ジェイス、待て。落ち着け」


 確かにジェイスは半分竜で、半分人だ。

 それは実際には有り得ない存在で、人でもなく、竜でもない、何者でもない、異形──モンスターという枠にカテゴライズされている。


 けど、今は違う。

 

 竜族が必ず一つは持つという『色』を得て、彼は『色無し』ではなくなったのだから。


 だから、半分は人だけれども、もう半分は、ちゃんとした竜なのだ。

 だから、もう倒される対象ではなくなった。はずだ。


 俺が問うようにファタリテートをみると、水晶の瞳を揺らめかせ、困ったような表情で眉根を下げた。


「ああ、すみません。ご気分を害されてしまったのなら、謝ります……。ただ、驚いてしまっただけなのです。まさか本当に、こんなことが有り得るとは、思わなくて……。どうか、気を鎮めてくださいませ。私は、どうこうするつもりも、口外するつもりもありません。申し訳ございませんでした。ジェイス様」


「ジェイス」

 ジェイスが一瞬だけ俺を横目で見下ろし、すぐに目の前の占い師に視線を戻し、小さく息を吐いた。殺気も消えつつある。どうやらここは、堪えてくれるらしい。俺はほっと安堵しながら手を下ろした。


 ジェイスが腕を組み、占い師を睨んだ。


「……おい。女。何故、分かった」


「占術にて。この黒天球に浮かびし標べが、そう、指し示しましたが故に……」


 ファタリテートが、黒い水晶玉をするりと撫でた。

 俺からは、何が映っているのかは全く分からない。というか、ただ、真っ黒な玉にしか見えない。

 おそらくあれが、ファタリテートの占術の媒体なのだろう。


「すごいな。そんなことも、分かるのか……?」

 だとしたら、ある意味、空恐ろしい力だ。

 彼女の前では、全てが暴かれてしまう。


「おう。ファタリテートは、すげえぞ。マジもんだ。俺も、何度も助けられた。ただ、教えてくれねえ時もあるけどな」

 ロッソが少しだけ不服そうに言うと、ファタリテートが微かに笑んだ。


「いいえ、私はただの、しがない占い師です。時には何も見えない時もあります。そう……欲にまみれた願いの時は、特に」

「欲にまみれた……って」


 おれはそれが何かにすぐさま思い当たり、半眼でロッソを見上げた。おい。もしかしなくても賭事か。このダメオヤジめ。

 ロッソがばつが悪そうに俺から目をそらし、横を向いた。


「ま、まあまあ! とにかく、立ってないで座れや! いやあ、しかし、本当に久しぶりだよなあ、ファタリテート! 一年ぶりだっけか?」


 ロッソが上座に座り、俺たちはとりあえず、占い師の女性の向かい側が空いていたので、そこに並んで座った。ジェイスは少し離れた場所に座った。どうやらまだ警戒しているようだ。探るような鋭い視線を彼女にむけている。


「そうですね。貴方と一緒に旅をして、始まりの場所であるウェイフェアパレスへ戻ってきたあと、貴方は此処に根を下ろし、私は再び旅にでて──1年と少し」


 初耳だ。

「ロッソと旅を?」


「はい。ロッソは世界を見て回りたい、と言いました。そして私は、移ろいゆく世界を眺め歩くのをよしとする、旅から旅への占い師。しばらく案内をしてほしい、と頼まれ、断る理由はありません」


「あーまあ、なんだ。俺も来たばっかの頃は、何が何だかさっぱりだったからよ。すぐにファタリテートに会えたのはラッキーだった。とにかく、まずは自分のいるところの状況把握はしとかねえといけねえからな。あちこち見て回ってたんだ」


「そうだったのか……ロッソって、時々、緊急時でも落ち着いてるっていうか……冷静な判断をすることあるよな」

 緊急時の情報収集は必須で鉄則だ。慌ててオロオロしていてもどうにもならないからな。的確な判断だといえる。


「あのなあ。俺はいつでもどこでも冷静な判断してるだろ!」

 

「はいはい。それで──貴方はそれから、ずっと、今まで旅を続けておられたんですか?」


「はい。私は、放浪の星を抱く者……。それすなわち、一つの場所に留まる事ができぬ身でもあるということ。そして私も、それを望んではおりません故。私は、天空を渡る星々の如く、数多の空、数多の者たちの行き先を見守り、時に伝え、星々の運行が遥かな先へと途切れる事なく続いていくように……微力ながらも御手伝いをしていく事こそが、己の役目だと思っております」

 

 ファタリテートが、水晶のような瞳を細めて、俺を見つめた。

 じっと見つめられて、俺はなんだか落ち着かない気分になってきて、首を傾げた。

 

「な、なんですか?」


「貴方は……貴方も、とても、不思議な方ですね」


「え? 俺?」


 どういう意味だ。俺は至って極々普通だと思っている。だよな? うん。別に、今はもう、あの神造書は手元にはない。今の俺は至ってありふれた、どこにでもいる冒険者の一人でしかない。


 ファタリテートが黒い玉に視線を落とし、白い手をかざしながら、また俺を見た。



「……貴方は……人でありながら、人には到底得られぬものを、得ておられる……」



 人には到底得られぬもの──もしかして、【暝闇の書】のことを言っているだろうか?

 だったら。


「それはもう、俺の手には無──」



「──おい。俺たちは占いをしてもらう為に、此処に来た訳じゃないぞ」

 レフとライの隣、から更に一つ分離れた席に座っていたジェイスが、興味無さそうに頬杖を突いた。



 俺はハッと我にかえた。


 確かに。そうだった。

 思わずなんだか相手の不思議な言葉と雰囲気に呑まれそうになってしまっていた。危ない。気になる言葉を次々言ってくるから。占い師、恐るべし。女の子がのめり込む気持ちも分からなくはない。


「俺たちは、ロッソたちの様子を見に寄ったんだ。情報交換も兼ねて」


「おお、そうかそうか! 俺もお前らがどうしてっかなあと思ってたところだ! 寄ってくれて嬉しいぜ。それに、めちゃくちゃタイミングもよかった。これぞ以心伝心ってやつか!?」


「ええー」


「おいてめえ宵月! なんでそんな嫌そうな顔するんだよ! 喜べよ!」


「だってあんまりうれしくない」

 ダメオヤジと以心伝心なんて。


「ああ!?」


「それよりも、タイミングがよかったって、なんだよ」

「ったく。ああ、それはな。ファタリテートが──」


「黒天球を通して見えたものを、ロッソに伝えておかなければと思い、ここを訪れた次第です」

「だとよ。そうこうしていると、お前らがめちゃくちゃタイミング良くやってきたってところだ!」


「……いえ。これも、何かの縁と因でしょう。偶然のようにみえて、物事は必然でもあるのです。そして関わり深い者たちが集うのは、世の理……」


「必然……」


 ファタリテートが、再び黒い玉に両手をかざした。

 何色でもない水晶の瞳に、様々な色が浮かんでは消えていく。


 全てを黒に塗りつぶされた玉の中、微かな、今にも消え入りそうに煌めく砂塵のような光が浮かび上がるのが僅かに見えた。


 占者は光の動きをじっと見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「──無数なる星々よ。星々の海に揺蕩うもの。大いなる流れを、今、深淵なる門を開き、ここに現さん」


 まるで謡うように紡がれる言葉。


 水晶の瞳が、悲しげに陰った。



「──ああ……ああ、やはり、何度見ようとも同じです。──世界崩壊の兆しあり」



「へ!?」



「せかい?」

「ほうかい?」


レフとライが、こてんと左右対称に首を傾げた。

流石のジェイスも目を開いている。



「ちょっ、え、なに? いま何か、いきなり不穏なこと言わなかった? うん、そうだな。聞き間違いかな!」


 そうであってくれ。


 祈るようにロッソをみると、沈痛な面持ちで腕を組んだまま、大きく長い溜め息をついた。やめてくれ。いやー悪い悪い冗談だ!とか、いつもの調子で笑いながら言って欲しい。頼むから。


「俺もそうだったらいいなとは、思ったんだがなあ……」


「待ってくれ。え、何で? 別に今、なにもないよな? ヤバい事って何一つ起こってないよな?」


「ああ。今はな。まあ、とりあえず、聞け」


 そうだ。

 日々、色々あるけれども俺の回りは至って平和と称してもいい。空だって不穏に曇っている訳でもなく、本日も快晴だ。

 何の問題もない。

 なのに。なんで。



「──西大陸に白き羽根持つ者あり、そは断罪者……」



「白き羽根持つ者……? 断罪者……?」



なんだそれ。

それが何に該当するのか、俺の記憶の中を探ってみたけど何も引っ掛からない。



「──灰色の者が……滅びを招く標とならん」



 俺は思わず息を飲んだ。


 視界の端で、ジェイスの肩も、一瞬だけ揺れるのが見えた。



 灰色の者。

 灰色。

 それは──



 「なんで、それが……」


 俺はその後に続く言葉を飲み込んだ。



 滅びを招く標、って……?

 なんで。


 いや、彼は──ジェイスは、今はもう、色を持っている。

 青みのかかった白銀色。そして、瞳の若草色。


 だから、彼ではない。ということは、この場合、他の……灰色をした、色を持たぬ竜……ってことになる。のだろうか……?

 わからない。



「──そして……深淵を見据え、闇を纏う者あり。そは世界の道行きの鍵とならん」



「闇を纏う者……」



 まさか。



 俺はロッソを振り返った。



 闇を纏う者──

 そのキーワードからすぐに思い浮かんだのは──黒衣の暗殺者の姿。


 まさか。

 また、あいつか。

 あいつのことなのだろうか?



 でもあいつは──あの時、あの白い祭壇場でジェイスにやられて、消えてしまったはずだ。


 あの銀髪のいけすかない男も、何処へ消えたのかは分からない、と言っていた。


 それが……戻ってきた、ということなのだろうか。


 分からない。

 もしかしたら、そうではなく、全く違う、別人を指しているのかもしれない。そうだと断定するには、まだ早い。表現があまりにも曖昧に過ぎる。

 闇を纏う、という言葉が、その人物の人間性を表現しているのか、それとも容姿を指しているのかさえ、はっきりとはしない。

 けれど……



 俺と目を合わしたロッソは、やれやれとでも言いたげに、難しい顔をしながら首を横に振って肩をすくめてみせた。俺にも分からん、というかのように。



「──ああ……数多の世界、我らが在りし世界、グラナシエール。グラナ・エトワ・シエール。無数なる星々の宙。消えゆきかけし星々を拾い上げ、創りあげられた世界……。その始まりは────終わりなる追憶の果てに」



 占い師が目を閉じ、両手を静かに下ろした。


 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 1作目2作目が面白くて、こちら3作目に来ました。 うん、残った人たち大集合しそうな始まりで、すごく楽しみなんですげど… [気になる点] 休止されているのが残念。 いつか続きを読みたいです。…
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