剣など時代遅れなのです!
さて、剣の魅了から解き放たれたカイは、私達から事の顛末を聞いて肩を落とした。
「俺、そんなに魔力耐性が低いんだ」
「えーと、それでも強い方だと思うから、大丈夫!」
落ち込んでいたのでカイをそう言って励ますと、何故かカイは恨めしそうに私を見る。
それがあまりにもこう、情念がこもっているようだったので、
「どうしたのよカイ」
「フィーネは……フィーネにとってはキスは、大した事がないものなのか?」
「どうしたのよ、急に」
「答えてくれ。それとも……今まで誰かとキスした経験があるのか? というか、実は現在進行形で……」
何だかカイの様子がおかしい。
変におどおどしているというか、不安そうというか。
カイにしては珍しい反応だ。
幼馴染としてずっと来ているが、いつもは黙っているだけで落ち着いているというか冷静なカイが珍しいと思いながら裂くほどの発言について考える。
確かカイは誰かと私がキスをしたのかと聞いてきたのだ。
キスね。
全くカイは分かっていないのだ。
というか幼馴染な私に実は彼氏が! というのを心配しているのだろうか?
普段から一緒に行動しているのがほとんどなので、そんなカイが知らない内にデートなんて出来るのか? という疑問がある。
とはいえ恋人がいるのかどうかが幼馴染な彼には重要なのだろう。
幼馴染のお兄さんとして心配なのかもしれない。
デートする時間があるのかといったその辺の話をしても良いのだが、それよりもキスについて私が話したほうが早いかもしれない。
見るとカイは真剣な表情で私を見ていて、私は、カイは本当に分っていないわね、と思いながら、
「何言っているのよ、キスした経験なんてあるに決まっているでしょうが」
「あ、うん……そうか」
「子供の時、カイがお菓子をくれた時によくはっぺにキスしてあげたじゃない」
「……あー、うん、そうか」
「しかも大きくなってきたら、カイの方から逃げ出したくせに、今更何を言っているのよ」
「……あー、うん、そうだな、うん。そうか好感度か」
「? 好感度? 何の話?」
「いや、こちらの話だ。なんか今のを話で、友達のように俺は思われているなと」
「? カイは友達じゃないの?」
変なことを言い出したカイに私がそう聞くと、
「いや、上手く言えないんだけれどそうじゃなくて……もうちょっと親しい幼馴染というのをどう表現しようかと」
「“家族”?」
特に他意はなかったのだが、カイはくるりと私から顔を背けて震えていた。
今の言葉はそんなにおかしかっただろうか?
渾身のギャグのつもりだったのだが……とりあえずは上手くいったようなので、私は次の件に手を出すことにする。
先ほどからカイの方に乗っている自称、剣の妖精に向かって私は、
「まったく……それで妖精の、ミルちゃんだったかしら」
「はい、そうです」
「とりあえず幾つか聞きたいことがあるのだけれど、まずは、ここにあの剣があった経緯から」
「あ、はーい。その剣は"××△□□○"って言う剣なんです」
ミルは聞いたこともない言語を剣については話す。
おそらくは異世界の言語なのだろうけれど、音声での異世界言語の接触はあまり記録がない。
むしろ私は、とても珍しい体験をしていると心の底から喜びつつも、
「剣の名前が音にしか聞こえない、どうしようかな」
音が聞こえても意味がわからなければ翻訳も出来ない。
異世界のものだから命名された剣も異世界の呼び名があり、それがこの妖精さん達の方の言語なのは当然だろう。
けれどここで思うのは、一部は私達と同じ言語を話しているのを見ると……今まで見た事はないが、何らかの魔法で言語を変換しているのだろうとアタリをつけて、そこで私は思う。
言語の翻訳がもしも魔法で可能なら、もしかして……。
そしてその推測を裏付けるように、シオリが、
「"惑う星を断ち切る剣"だと、言っています」
「シオリ? 今の言っている事が分るの?」
「うん、というよりも、言語としか私には聞こえない……」
困ったように呟くシオリ。
そこでふわりとミルがシオリの元に飛んできて、
「うーん、もしや貴方は異世界からこちらに来ましたか?」
その妖精のミルがシオリに問いかける。
それにシオリは初めて見るような笑顔になり、
「! は、はい、そうです。もしかして異世界に関して何かご存知なんですか?」
「どちらか分れば、もしかしたならお手伝いできるかもー」
「チキュウです! そこの、ニホンという国で、私は生まれました!」
「チキュウ……ああ、"カガク"が発達した、魔法とはもっとも遠い異世界ですね。でも変ですね、一応、年々あの世界は遠ざかっているはずで……もしや、新しい説である、もっとも遠くなると、限りなく魔法に近くなるという反転の……」
「あの、新しい説うんぬんはいいので、私は元の世界に戻れるんでしょうか?」
シオリは、新しい説だか何だかを語り始めた妖精のミルに切実そうに問いかける。
それに妖精のミルはにぱっと笑い、
「無理だと思う」
「え?」
「無理」
「……」
「……はうっ」
手を左右に振って、無理ときっぱりという妖精ミル。
それを聞いたシオリは、そのままくらりと倒れこむ。
やはりこの妖精はド畜生だと思った。
そしてよほどショックが大きかったらしいシオリをミトが支えて、嘆息した。
「もう少し言い方を考えた方が良いんじゃないか」
「いえ、だってそもそも偶然に異世界に飛び越える事自体が、確かに可能性はあるといえばありますけれど限りなくゼロに近いんです。それを元の世界に戻ろうなんて、座標測定やら異世界の時間の流れとかも含むと……」
「……だそうだが、フィーネはどう思う?」
そこでミトが私に話を振る。
その時の私はいつもの明るい雰囲気とは違い、妙に真剣な表情をしていた。
そしてその問いかけは、ミトが分っていて私に問いかけているのだと私も分っている。と、
「シオリが異世界人である事が確実なら、やろうと思えばできるかも。ただ異世界に関する話、それもその、チキュウという場所の、ある時間の、ある場所となると……誤差を精度よくしないと、縮めないといけないから……ちょっと時間がかかっちゃうかも。異世界から何かが降ってくるのはそこまで興味がなかったからさわりしか知らないけれど、多分出来る」
「どれくらいですか! フィーネ」
シオリがそこでばたりと起き上がり私に問いかける。
それに私がうーんと考えて、
「資料集めに一年として……途中の幾つかの道具を作って……プラス一年かな。遅くて」
「……遅くて?」
「……まずいかな」
本当はもう少し話していない私自身の“秘密”もあり、それをつかば一発だと私は知っているのだが……これは特別な力なので秘密だ。
なのでもっとこの世界の正攻法で行こうと思ったので、私はこう告げたのだけれど、それにシオリは、
「いえ、意外に早いような気もして」
「ま、どの道誤差が出るからそちらの世界で、シオリが過去のシオリとばったり会う、という事もあるかも知れないけれど、多分大丈夫」
「やめてくださいよ、フィーネ。怖いですよ」
そう、ちょっと涙目なシオリだった。
そこで剣の妖精のミルが、私達に、
「異世界にいく事はそんなに簡単じゃないはずなんですが、むー。まあいいです、それはおいおいで、えっと、この剣が"マ、惑う星を断ち切る剣"。簡単に説明をしますと、我々の世界の大人の事情でこちらにこの剣を持ってくることになったのですが、それはもうとっても強い剣なので、持つものを選ばせよう、という事で昔は爆弾が仕掛けられていました」
その説明に私が問いかける。
「それは日記で読んだわ」
「最後の管理人さんの日記ですね。一応恐ろしい敵がいたのですが、この世界の人にも協力してもらおうか、という話になっていたんです。初めは」
どうやらその敵と戦わないといけなくなったらしい。
どんな敵なのかと私は思いながら、
「そうなんだ。恐ろしい敵?」
「それはとても恐ろしい敵です。でですね、その敵がある時突然消滅してしまいまして、我々の世界も平和になったんです」
「うんうん、それで?」
「そうなってくると、争いのない平和な世界、人道的に、とかそういったものが出てきて……それで、爆弾が取り除かれる事になったんです。そしていつまでもここに人を置いていくと人件費がかさむので、この場所は遺棄して、管理人は他の部署に回ってもらおうという事になって……時々どうなっているか定期点検があるだけとなっておりまして。お陰で私は一人寂しくずっとここにいたので、暇で暇で」
「そうなんだ。でもそんな強い武器、ここに置いておいて良いの?」
強い武器であれば、管理をしておいたほうが良いのだが……そこでふっとミルの顔に影がさす。
「実はこれ、あちらの世界では旧式中の旧式でして。もう今は使われていないというか、剣なんて時代遅れじゃね、という事に」
「剣が時代遅れ?」
「今の時代は、ミサイルですから」
「みさいる? よく分らないけれどそうなんだ。つまり、これをもって反抗しようとしても役に立たないと」
「そういうことですね。遠くからバーン、ですからね」
「ふーん、今一実感がわかないわね。……所でシオリ。何で顔が引きつっているの?」
何故か、唇の端が引きつっているシオリに私が問いかけると、
「いえ、夢がないなと。魔法のある世界なのに……」
「? そうなの?」
けれどシオリはどこかがっかりとしたように笑うだけでそれ以上答えなかった。
そのミサイルとやらはよほど強い武器なのかもしれない。
そのうち聞き出して作ってみようと私は思った。
さて、そこまで話してから、ミルが、
「じゃあその力を今一気に見せ付けましょう! というわけで、ご主人様、その剣の力を軽く振るって見てください」
「あ、ああ、ご主人様か……うん、それもなかなか……」
「カイ、早く使ってよ」
「わ、分っているよ、少しくらい余韻に浸ってもいいだろう!」
「ご主人様」
とりあえず私は、カイに言ってみた。
どうもカイはこう言われるのが好きなようなのでしてみたのだが、カイは瞬時に赤くなり、ぎこちない仕草で、
「よし、こ、こうやって力をこめて、ふ、振るえばいいんだな?」
「そうでーす」
あせっているのが丸分りな、揺れる軌道でカイは剣を振るう。
明らかにいつもの剣筋と違い迷うようにウニョウニョしている。
と、剣圧のような何かが空へと放出していく。
そして耳を塞ぎたくなるような轟音と砂煙に皆が目を瞑る。
そしてその全てが収まり見えたその天井は……。
「空?」
青く白い雲が浮かぶ、鮮やかな蒼天だった。




