第36話 意外なこと
仕事終わりに役場から出る。今日も充実感いっぱいだ。最近買った車に乗るため駐車場に向かおうとした時だった。
「すみません!」
大きなカメラを持った男性と、ボイスレコーダーを持った女性が話しかけてきた。
「週刊誌Pのものなんですが、今ちょっとお時間よろしいでしょうか」
「なんの話ですか。少しだけなら。息子の迎えがあるので」
「ありがとうございます。前にタレコミを投稿してくださった方でお間違えありませんでしょうか。ラーのギターのAOIの嫁の不倫」
「ああ」
自分でも忘れていた復讐を一気に思い出す。
「詳しくお話しをお伺いしたいんですが」
「何年前の話ですか?」
「いやその、申し訳ないです。色々と遅れてしまって」
「すみませんが、わたしはもうその件には関わらない、忘れるって決めたんです。だれかを陥れたりするのも」
わたしは車のキーを開けて、運転席に乗り込む。駐車場から出ようとすると、
「名刺だけ渡しておきます」
と言われ、仕方なく開けた窓から入れられた。
「どうして報道されなかったんですか」
わたしは窓を閉めたまま聞く。
「いやーそれは……ちょっと内部で色々とありまして」
「口止めされていたんですか」
「色々とあるんですよ。情報提供いただけるなら、話しますが」
わたしは車を発進させる。役場が遠のく。そこで一旦車を停車させる。なんでいまさら? わたしの気持ちを蒸し返すようなこと。なんかの権力が動いてるってこと?
もう絶対に関わりたくない。AOIの別居報道も聞いたし、なによりわたしは今の生活に心から満足している。
恵吾にメールする。
《愛してる》
《俺も》
すぐに返信がある。どうってことないことなのに安心する。もう放っておいてくれ。絶対この週刊誌記者のインタビューも、あのふたりの世界に引きづられるだけの展開しか待ち構えてへんねんから、ふたりの絆を強めるだけの。
わたしは車を再度発進させる。息子は今日、学校のあと友達の家で過ごしてもらっている。友達の家の前で車を降り、チャイムを押す。それからドアを開けて中に入る。
「こんばんわーありがとう」
中に入ると、息子と友達が並んでテレビゲームをしていた。
「ああ、お疲れ。宿題もふたり仲良くがんばってたよ」
「ありがとう」
シングルということもあり、助けてくれるひとが多かった。郁もその中のひとりだった。詳しくは話していないけれど。話すことも嫌だった。
でもそう思うことは、まだ乗り越えられていない気もする。いっそのこと、さっきのひとたちに言った方が綺麗さっぱり忘れられるのかもしれない。
わたしは台所に立つ郁の隣に行き、調理を手伝う。皿をダイニングテーブルに運ぶ。
「実はさ」
「どうした?」
「さっき週刊誌Pのひとが来てさ」
「週刊誌P? なに? 職場に?」
「うん、実はわたしタレコミしたことあって」
「まじ? 誰の情報を?」
「黙っておいて欲しいんやけど、ラーのギターのAOIの家族についてやねん」
「家族について?」
「そうそう」
息子ふたりはゲームに夢中だ。「あー」「もう」なんて声を出しながら、楽しんでいる。
郁が大きなフライパンでパスタをソースと和えていた。わたしはサラダを皿に盛り付ける。
「ラーの嫁の話なんやけど」
「その嫁ってさ……大川ってひと? あ、苗字変わってるんかな」
「知ってるん?」
「同級生やねん。可愛い子やったもんねー。ほんまにAOIの嫁やったんや」
「そうなん?! びっくりやわ。そいつが、わたしの元旦那と不倫しててん。長い間」
「まじ?! やばいやん。悠莉が不倫とかでもイメージできひんわ。純粋でほんま透明な川っていうん? そうそう、幼馴染のやつにずーっと守られてて。まあ、わたしそいつのこと好きでずっと追いかけてたんやけど。修学旅行の夜に告ったけど『ありがとう、でも俺は大川が好きやねん』とか言われて。でも諦められへんから、手だけでも繋がせてって言って。無理やり繋いだけど、すぐに離されたし。はは」
え、告白されてたって郁にってこと……?
「悔しいけど、悠莉は可愛いのに天然で……ずるいんよねー。悪いこと言うひとおらへんし。そうそうそういえば、20歳の同窓会で会った時も更にめちゃくちゃ綺麗になっててびっくりした。AOIやってことはその場では言ってなかったけど、付き合ってて結婚するかもって話してて、いいなあって素直に思ったん思い出したわ」
20歳の同窓会か……もしかして、類ちゃんがO県に戻ったとき? お父さんと会っただけやって言ってたけど、同窓会に参加して女が結婚するってことを知ったんかもしれへん。それで絶望して……。




