第35話 生活
「まじか……よろしく」
恵吾が息子を抱えながら言う。暗闇でも丸い鼻がそっくりで笑える。
「明日も仕事終わったら、会おうや3人で」
「いいよ。ていうか、恵吾なんの仕事してんの?」
「俺、まあ色々と。ていうか実は社長やからな、こう見えて!」
「まじか!」
良物件すぎ! 巻き返せる、ここから! って思ったけど、あかんあかんひとに、男に頼った人生はあかんねん。また痛い目見るから。
「明日も遊ぼう!」
息子が嬉しそうにしている。またわざと走りだす。追いかける恵吾。
それから毎日、わたしたちは会った。家に来て一緒にご飯を食べたり休日には公園で遊んだり。少し遠くに出かけたり。息子が学校に行っている間に、たっぷりとセックスした。明るい部屋で裸になり、見つめ合う。
丸い鼻も、大きめの顔も、高くない身長も、ちょっとたるんだお腹も愛おしい。
「出そう……咲良ちゃん……」
切なそうに言う恵吾と目が合う。キスにキスを重ねて、恵吾はわたしの中で果てる。ぎゅっと抱きしめ合う。
だけど、わたしは恵吾と結婚しないと思う。もう、形にこだわるのはやめたいからだ。
ちょうど、その頃にテレビでAOIの別居が報じられた。そしてわたしはすぐにテレビを消した。さ、仕事に行かないと。
新しい仕事は、常勤で街の役場の事務だった。覚えないといけないことは山盛りなのに、みんな優しくて暖かく見守ってくれていて安心して働けた。たぶん恵吾はお金を持っているけど、頼って生きていきたくない。
わたしは、わたしと子供が2人でも生活していけるぐらいの収入を手に入れたい。結婚に縛られず、執着せず、それ以外のことも楽しみながら、生きていきたい。
町にある料理教室に親子で通っている。仕事の後に息子と行き、そして作ったものをそのままその場でいただく。採れたての野菜も魚も、O県では味わえないものだった。
「咲良ちゃん」
料理教室から帰っている時に、偶然おっちゃんの車とすれ違った。
「ああ、おっちゃん!」
たまにおっちゃんの居酒屋に息子と2人で行くこともあれば、恵吾も連れ立って行くこともあった。
「今帰りか?」
「うん、ふたりで料理教室行ってた」
「へー楽しかったか」
「うん、たのしかったー」
「類斗くんとは会ってんのか? ってああ、ごめんごめん。余計なこと聞いたわ」
「たまーにやけど。息子の写真送ったり」
「そうか……」
「なんで?」
「いやーさ、この間実はきっれいな女の人さ連れて来たからびっくりしたんだ」
「ああ、そうなんや……」
いやな記憶が蘇る。
「出張かなんかで。それで偶然会ったからとかなんとか言ってたけど。それにしても綺麗な有名人みたいな美女で。そんなひとこんな田舎で見ないからびっくりした」
まだまだあのふたりは繋がってるのか。そして周りを巻き込みながら、ふたりの世界を完成させていくのだろう。完璧な形の。




