第33話 戻る
離婚届をわたしが役所に提出して、支払いを済ませるため待合札を持ちテレビを見ていると、ラーのギターAOIの脱退が報じられていた。
「いやーラーでもっと見たかったですけどね。ただAOIは作曲活動、楽曲提供、プロデュース。映画の音楽などバンド以外でも多忙を極めていました。まあ、ラーっていうバンド形式ではないですけど、今後もAOIの活躍が楽しみですね」
そして、ラーのホームページに記載されたAOIからファンに向けての丁寧な手書きのメッセージも紹介された。
わたしのリークが関係しているのか? 確かめようはないが。ただこれが女の生活にダメージを与えたのかどうなのかもわからない。女がこっちに戻ってきている様子も、ふたりが会っていることもなさそうだった。
結局、結婚が失敗に終わった。わたしに残ったのは、恵吾との子供。明日に、F県に戻る予定だ。両親離婚と引っ越しの説明をしたが、性格の不一致と息子をのんびりした場所で育てたかったからということにした。特になにも言われなかった。
夫は、父親と一緒に暮らすと言っていた。アパートは今週で退去だ。
荷物を片付けながら、わたしは涙を流す。そして、嘘をついて生きていくのをやめよう、だれかになろうとするのもやめようと思う。夫との生活の思い出のものをゴミ袋に入れる。小さかった息子の服も。もう1人できたら、着るだろうと思って置いていた。すっきりする。次々とゴミ袋に押し込む。
翌日、夫は仕事に出かけた。息子は最後の保育園だった。わたしは引越し業者に荷物を委ね、息子とF県に引っ越すための移動中の荷物の整理をする。
部屋を見渡す。引っ越ししてから元気になっていった夫。そして最初に夫に会った日のこと。自分のものにできるなら手段は厭わないと決心したあの日のこと。
息子を早めに迎えに行き、先生たちに感謝を告げて門を出る。夫と用意した保育園用品。初めて送り迎えした日。慣らし保育。
思い出もまとめて捨てられたらいいのに。またわたしは泣いてしまう。自転車はもうトラックに詰んだので今日は徒歩だ。見慣れた永遠に続いた景色が過去になる。
飛行機に乗ることに息子は興奮していた。
「パパは?」
「お仕事やで」
「仕事終わったら来るん?」
「わからへん、また、連絡してみよっか」
飛行機の窓から、翼が見える。1時間ほどで着くだろう、F県に向け準備が進む。息子にはまだ話さないとわたしが決めた。夫からは養育費をもらうことになっている。わたしは夫と女の音声データを削除する。
ほどなくして、F県についた。息子は映画に夢中で大人しくしてくれていたので助かった。これから、新しいふたりだけの生活が始まる。




