第18話 チューリップ
朝早く夫は出勤して行った。わたしは笑顔で見送る。これからがまた長い1日だ。起きてテレビを見ている息子の朝ごはんを用意する。小さく切ったバナナと、トーストを皿に並べる。
エプロンをつけ、椅子に座らせると両手を使って勢いよく息子は食べた。テレビでは録画した教育番組が何度も流れている。見ながら食べるから、ぼろぼろとこぼしている。それをいちいち拭かないと怒るから、ずっとそばにいないといけない。やらないといけないことだらけだ。恵吾の世話みたいで嫌になる。
息子が食べた食器を洗い、残っていたバナナをわたしは立ちながら食べた。
大学生でもう少しで卒業だと言っていた。不倫を知られても卒業できるんかな? そりゃできるか。
わたしは念入りに化粧をして、息子を玄関に置いてあるベビーカーに乗せる。乗りたくないと言ってぐずったので、乗せずに一緒に歩く。最悪だ。
そして、女の家の方に向かう。アパートの場所を決めたのはふたりでだったけど、そういえばやたらと夫がこの場所を気に入っていた。そりゃそうか、女の家から5分ぐらいだもんな。
息子と歩いて、家の周りをぐるぐるする。ひとりで歩いていたら怪しいけど、息子がいるのは好都合だ。ただの散歩にしか見えないだろう。
「ここがパパの大好きな女の家だよ」
心の中でわたしは息子につぶやく。転んで泣く。その時、玄関のドアが開く。
「いってきまーす」
こんな偶然ある? 女が出てくる。薄っすらと化粧を施した女は、女子アナやアイドルみたいだった。
「大丈夫ですか?」
女が近づいてくる。転んで泣いているのに、なにもしていなかったからだろうか。
「あ、はい」
息子を抱っこして近づくと、花みたいにいいにおいがした。
「かわいい。1歳ぐらいですか?」
「この間、1歳になったばっかりで」
「近所なんですか」
女が聞く。なにその質問。愛想もよすぎる。
「5分ぐらいですかね」
「そうなんですね……1歳か……」
抱き抱えていたのに、息子が走って行き女の家の花をむしり取る。チューリップの葉っぱだろうか。
「わー!! あかん!! やめなさい!!」
わたしは慌てて息子に駆け寄る。
「大丈夫ですよ、気にしないでください」
優しく、息子に話しかける女。完璧やん。
「わたし、前はF県に住んでたからあんまりこの辺わからなくて」
「え、あ。そうなんですね。いいなあF県。わたし行ったことないから」
「めちゃくちゃ田舎ですけどね、あ、お出かけなんじゃなかったんですか?」
「あ、そうです。大学。もう、行っても行かなくてもって感じなんですけど……では」
「いってらっしゃい。あ、息子、明斗は花が好きなので、また見に来ていいですか」
「もちろんです、では行ってきます。明斗くん、バイバイ」
「あいあーい」
いつもは人見知りして無視するのに、息子は嬉しそうに手を振る。チューリップの葉っぱ片手に。




