第16話 尾行
どこを走っているのか、寝転んでいるからさっぱりわからなかったけれど、すぐに車が止まった。そして女の声がする。
「ゆり、会いたかった」
「嬉しい」
わたしはそっと体を起こして、運転席と助手席を見る。夫が女に抱きついてキスしていた。いつまでするの? ってぐらい長く抱き合いキスしている。鼓動が早くなる。
「大学どうやった?」
「やっと今日で全部終わったよ。あんなに大変やったのに、なんか寂しいねんなあ」
「ほんまあ」
話しているだけで嬉しそうな夫。手をつなぎながら、エンジンをかける。信号でとまるたびにキスする音が聞こえる。
しばらく車が進む。見上げた窓から、パーキングの文字が見える。駐車券が発券される音声と機械音。そしてバックして車がとまる。
「はあ〜やっと会えた」
「昨日も会ったやん」
「ずっとおりたいもん」
「わたしも」
なにこの会話、いつまで聞いてたらいいの? わたしは慌ててケータイを手にする。ボイスメモしないと。バレないように慎重に、ボタンを押す。
それからいやらしくキスする音。
「大丈夫なん? こんなに会ってて」
「うん、関係ない。とめられへん」
「ん……あ、類斗……恥ずかしいよ」
「わあ、綺麗。もっと俺だけ見て?」
「うん……」
ちらっとふたりを見る。軽く助手席のシートが倒されていて、夫が女の胸に顔を押し付けている。
「あかん、とまらん……」
「類斗、あかんって駐車場やで」
「どこでも、ゆりとはやりたい」
「もーなに言ってんのよ」
「愛してる」
「わたしも」
そしてシートを起き上がられて、また抱き合う。
「ジェットコースターの最後のくだりで好きなやつ叫んだら叶うって、文香が言っててさ、俺叫んでん。だから叶ったんやな」
「ほんまやな」
しばらくキスしてから、車が動く。わたしはまた寝転ぶ。あほみたいや。知らんぷりして生きてた方がよかったんちゃうって思いながら、わたしは女の家の近くに止まったであろう場所で後ろから出てそっと降りる。そして車から離れて場所を確認する。
ふたりが乗った車はなかなか動かない。まだイチャイチャしてんのかいなって思いながら車内を見る。不倫やから余計燃えんのかな? 元カノとか? でもそれならすぐに火が消えるんちゃう?
わたしだけに夢中にさせたいのに。なんでO県に戻って来てもうたんやろ。F県でいたままやったら、こんなことならんかったのに……。どうしたらいいんやろ。夫を悲しませずに関係を終わらせる方法。わたしたちが家族を続けられる方法。
答えが出えへん。
車が発信する。カーブを曲がるタイミングでハザードランプが深い夜の中点灯する。女が静かにそれを見て手を振る。車が見えなくなっても、しばらく女は夫が去ったあとを見てる。それから微笑んで、歩き始める。
【OKAWA】と書かれた、おしゃれな可愛らしい花がたくさん咲く家だった。こんな家の子に、勝てるわけないか。そうか、わたしと夫が出会う前から負けていたんか。敗者復活会場はどこですか?
夫にお似合いなのは、やっぱりあの女なの? 認めたくない。でもわたしたちには明斗がいる。なんといっても、わたしたちは法的な夫婦。それ以上の関係はない。最上級なんやから。
だけど、それにしても綺麗な女やった。可愛い。生まれたときから勝ちがきまってる女みたいやん。それで夫と3歳ぐらいで出会ったんやろ? もう負けやん。
わたしは体が震わせながら、おおきなため息をついた。しばらく女が入って行った家を見上げていた。




