第12話 言葉にならない
A市に戻って驚いたのは、まだまだ周りは遊んでいるということ。結婚、子供なんて遠い国の出来事のような状態だ。まるで結婚して子供がいることが足枷のように扱われている。それにデキ婚への差別みたいなものも感じる。
「ただいまー」
夫が20時を過ぎて帰って来て、小さな声を出し入ってくる。わたしは夫の帰宅に合わせて化粧を終えている。
「おかえり」
わたしが台所に向かおうとすると、
「疲れてるやろ? 俺やるからゆっくりしといて」
スーツ姿のまま台所に立つ。なんて愛おしいひとなんだろう。わたしはベビーベッドで眠る明斗の様子をそっと見る。
テーブルに座って、夫はわたしが調理した野菜炒めを冷たいまま食べてる。
「温めて食べてよ」
「起きちゃったらあかんやん、かわいそうやろ?」
わたしは風呂に入りに行く。入ると白い母乳が乳首からすーっと流れていく。明斗はわたしの母乳よりも、哺乳瓶を好む。だから飲まれない、だけどわたしが作った母乳がこうして溢れ出てくる。
ゆっくりとお風呂からあがると、台所を夫は綺麗に片付けてくれていた。そして交代で風呂に入る。その前にケータイでメールを打っていた。地元のサッカーチームの友人と今度会う約束をしているみたいで楽しみにしていた。
あの事故以来、サッカーから夫は距離をおいていた。身体的な問題かと思っていたが、それよりも精神的な問題があったのかもしれない。当事者しかわからないなにかが。でも、あのままサッカーを続けてプロにでもなっていたら絶対にわたしは相手にされなかった。だから、ずるいけどあの怪我にわたしは毎日感謝している。
わたしは髪をさらっと乾かして、そしてベッドに横になった。いつ起きるかわからない、息子にびくびくしながら。
あ、寝てた、と思って体を起こすと隣で明斗を抱えてミルクを飲ませている夫がいた。
「寝といて……」
「ありがとう」
おむつもすでに替えてくれていたのだろう。床に使用済みが置かれていた。
誰がどうみても幸せな家庭であり、完璧という分類に値する夫だ。真っ直ぐで優しくて、頼りになって仕方ないのに。
だけど……夫はこっちに戻ってきて、なおさらここに心がないみたいだ。表情が変わったとか、そんなんじゃない。ただ、もうここにいないのだ。なんでだれも気づかないの? 夫だけ宇宙人みたい。笑っちゃう。
やっぱりサッカー選手になれなかったから? それとも別に理由があるの? 幸せそうな表情の夫なのに。
だけど、わたしはそれらが全然言葉にできない。




