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第46話 華麗なる丸投げ

 翌朝。僕とノクスは、デュグラスの街の南側、スラムにほど近い平民街の入り口に立っていた。


「……本当の本当に、オレが教えるのか? お前が勝手に拾ってきた厄介事だろうが」


 隣を歩くノクスが、この世の終わりのような深く重いため息をついた。


「厄介事だなんて人聞きが悪いですよ、ノクス。僕はあの日、路地裏でチンピラに絡まれていた彼を助けて、彼の『強くなりたい』という純粋な願いに応えてあげただけです」


「その願いの矛先(魔法)はお前に向かってただろうが! なんで魔法が一切使えないオレが、魔法目当てのガキの面倒を見なきゃならないんだ!」


 ノクスが眉間を深く揉み込みながら吠える。


 ごもっともな意見だが、僕にだって譲れない理由がある。


「ノクス、僕は彼に『魔法を教える』なんて一言も約束してませんよ。あくまで『僕なんかより遥かに凄い、プロフェッショナルの冒険者を紹介する』と言っただけです。ほら、嘘は一つもついていません」


「お前なぁ……! 詭弁で丸め込もうとするな! 魔法目当ての子供に剣や体術を教えて、納得するわけがないだろうが!」


「大丈夫ですって。魔法を使うにも、まずは強靭な肉体と基礎体力が必要ですし! ほら、この街での現地ガイド(パシリ)が手に入るのはノクスにとってもメリットでしょ?」


 僕がにっこりと最高の営業スマイルを向けると、ノクスは「……お前と一緒にいると、オレの寿命がゴリゴリ削られていく気がするぞ」と呻きながら天を仰いだ。


「おーい! ユウ! こっちだ!」


 裏路地の角から、灰茶髪の少年がぶんぶんと手を振って駆け寄ってきた。


 身なりこそ貧しいが、背筋の伸びた歩き方や、どこか品のある顔立ちは、彼が元貴族であることを物語っている。


「おはよう、リオン君。約束通り、連れてきましたよ」


「……この人が、お前より凄いっていうプロの冒険者か!」


 リオンは僕の隣に立つ大柄なノクスを見上げ、パァァッと目を輝かせた。


 ノクスは気まずそうに視線を泳がせている。


「ええ、彼がノクス先生です。数々の修羅場を潜り抜けてきた本物の実力者ですよ。森の巨大な魔獣の群れを一瞬で斬り伏せるあの神業! リオン君が強くなるための『最強の基礎』は、彼がマンツーマンでじっくり叩き込んでくれますからね!」


「お、おいユウ、お前勝手にハードルを……」


「よろしくお願いします、ノクス先生! 俺、なんでもやりますから! 街の案内でも、荷物持ちでも!」


 リオンが勢いよく深々と頭を下げる。


 元貴族のプライドを捨ててまで強くなろうとする純粋な瞳を真っ直ぐに向けられ……根が極度のお人好しであるノクスが、そんな子供を無下に出られるはずがなかった。


「……はぁぁ。分かった、分かったから顔を上げろ。いいか、オレは魔法は専門外だ。だが、その前に必要な基礎体力と、理不尽に負けないための『生き残る術』なら叩き込んでやる」


「はいっ! ありがとうございます!!」


(よし、完璧な丸投げ(アウトソーシング)だ。これで便利な情報屋の確保と、僕の自由時間が両立したぞ)


 強固な師弟関係が成立したのを見届けた僕は、ススッと気配を消して路地裏の木箱の上に腰掛けた。


「おいユウ、お前も手伝えよ。魔法の実技を見せるとか……って、もう聞いてないな、あいつ」


 ノクスの呆れた声が聞こえたが、僕は適当にひらひらと手を振って生返事をした。


 今の僕には、他人の面倒を見ている暇なんて一秒たりともない。


 昨日の夜、『事象と認識の境界線』を読んで手に入れた、僕だけの魔法の新しいことわり


 マナから直接事象の核を生み出すファンタジーの理屈に、地球の科学法則を「補強」として組み込むハイブリッド方式。そして、自力でマナを束ねてズレを修正する「補助輪なし」の鍛錬だ。


 僕はすっと目を閉じ、一時的に『識の原典(アーキタイプ)』のレンズをオンにする。


 目の前の路地裏の風景から固定観念というノイズが切り離され、大気中の酸素濃度やマナの流れが、極めて高い抽象度の純粋な情報として脳に流れ込んでくる。


(まずは、ストック容量を圧迫している旧式魔法の解体だ)


 地球の厳密な科学法則に縛られすぎていたせいで、僕の脳内で矛盾を起こしかけていた過去の方程式たちを、一つずつ意識から解きほぐして破棄していく。これで、新しい魔法を構築するための脳のメモリに十分な空きができた。


(次は『炎』の再構築だ。これまでは岩の摩擦熱を暴走させるとか、物理的な起点が絶対に必要だった。でも、新しい理は違う)


 マナを直接「熱源(炎の核)」に変換して発火させるというファンタジーの理屈を起用し、そこに大気中の酸素を急速に結びつけて燃焼をブーストさせるという、科学的な補強を組み込む。


 自分の中で一切の論理の飛躍がない、完璧な内的整合性を持つハイブリッドの方程式だ。


 僕は『識の原典(アーキタイプ)』を通して、その完璧なマナの流れと知覚イメージを脳に焼き付けた。


 そして――レンズを、オフにする。


 視界が通常に戻る。僕は先ほど焼き付けた感覚だけを頼りに、自力でマナを束ねて方程式を起動させるイメージを練り上げた。


 当然、僕の曖昧な知覚イメージと現実のマナの動きの間には、微かな『ズレ』が生じる。


 僕はそのズレを埋めるために、自分自身の『魔力』をエネルギーとして注ぎ込み、力ずくで現実を上書きして現象を成立させた。


「……ったく、あいつは一度自分の世界に入るとテコでも動かないからな。ほらリオン、まずはあそこの広場まで走り込みだ。ついてこい」


「はい! ユウ、後で魔法見せてくれよな!」


 ノクスとリオンが広場へ向かって走り出していく足音が聞こえたが、僕の意識はすでに自分の内なる世界へと深く深く潜り込んでいた。


 心地よい春の陽気の下。


 ノクスの熱血指導とリオンの元気な声が遠くで響く中、僕は一人、世界を自分色に塗り替えるための、楽しすぎるオタク作業(魔法の再構築)を満喫していた。



【読者の皆様へ】

誰かがこの物語に目を留めてくださったこと、そして「面白かった」「続きが気になる」と楽しんでいただけることが、今の私にとって何よりの喜びであり、執筆の大きな力になります。

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