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第45話 魔力と新たな基礎

 古びた哲学書『事象と認識の境界線』。


 すべてを読み解くにはまだ時間がかかりそうだが、ページをめくっていくと、「属性」に関する項目に辿り着いた。


 そこには、魔法の基礎たる属性について、たった一文、こう書かれていた。


『術者が扱える属性とは、己の想像の可能性の数だけ無限に存在する』


(術者が扱える属性は、想像の数だけ……無限、か)


 僕は本を閉じ、ベッドの上で仰向けのまま自分の指先を見つめた。


 これまでの僕の魔法は、科学現象の延長線上でしか物理現象を引き起こすことができなかった。


 火を生むには摩擦などの物理的な熱源と酸素が、風を起こすには気圧の差が、土を操るには既存の岩や土壌の結合を操作する起点が必要だった。


 水に至っては、空気中の水分を凝結させるというプロセスが絶対条件であり、乾燥した場所では威力がガタ落ちするという致命的な弱点があった。


 つまり、これまでは「物質的・物理的な原因」がないと、魔法を現象化できなかったのだ。


(でも、今の僕なら。地球の科学という「絶対の縛り」から解放された、新しいことわりを構築できるはずだ)


 本に書かれた言葉の通り、まずはファンタジーの定番である「無からの水」の生成で試してみることにした。


 僕は目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。


 『無から有は生み出せない』という、僕の中に深く根付いた地球の常識を意図的に切り離す。


 物事の抽象度を、僕が認識し理解しうる極限まで引き上げる。


 そこに、魔素マナという万能の概念を当てはめる。


 空気中の水分を一切使わず、マナそのものを「水」という物質の概念に直接変換して、指先に存在させる。


 自分の中で、そのプロセスの内的整合性を緻密に組み上げる。


 一切の論理の飛躍も科学的矛盾もない、完璧な空想の理屈。それを、現実という強固な織物に対して真っ直ぐにねじ込む——!


 ぽちゃん、と。


 微かな水音がして、僕の人差し指のすぐ上に、ビー玉ほどの小さな「水滴」がふわりと浮かんだ。


「……うっ、げぇ……っ!?」


 直後、僕は思わず胸を押さえ、ベッドの上で激しくむせ返った。


 水滴を生み出した瞬間、体内の血液がごっそり抜け落ちたような、強烈な虚脱感と重たい疲労感に襲われたのだ。


(な、なんだ今の感覚!? 急に息が……貧血? いや、違う。僕の中から、何かが直接削り取られた……!?)


 これまで森で魔法を使ってきて、こんな未知の疲労感を味わったことは一度もなかった。心臓が嫌な音を立てて早鐘を打っている。


 僕は荒い息を吐きながら、指先に浮かぶ水滴と、自分の身体の異変を必死に照らし合わせた。


 そして、一つの明確な事実に思い至る。


(……まさか、これが『魔力を消費した』っていう感覚なのか?)


 ゼロからマナだけで物質を生み出すという行為は、「そんなことはあり得ない」という世界の相対的正しさ(反発)をモロに受ける。


 それをねじ伏せるためには、ぶつけるマナの密度を上げ、力ずくで理を上書きするための膨大な『魔力』が必要になるのだ。


(なるほど、そういうことか。魔力っていうのは、世界に自分の理を強引に押し通すための『エネルギー(筋力)』なんだ)


 そしてこの瞬間、これまでの僕の魔法に関する「すべての謎」が氷解した。


 これまでノクスが、僕の魔法から『魔力が練り上がる気配を感じない』と戦慄していた理由。


 そして、この世界の一般の魔導師たちが、魔法を使う際に独自の詠唱や長いタメを必要とする理由だ。


 普通の人間は、目に見えないマナや世界の理を、頭の中で描いた独自の「知覚イメージ」と照らし合わせて強引に干渉している。


 だが、人間の曖昧な感覚では、どうしても実際の理との間に『ズレ』が生じてしまう。そのズレを無理やり修正し、現象を成立させるために、彼らは莫大な魔力を無駄に消費(漏洩)しているのだ。


 ノクスのような戦士が感知する「マナが練り上がる気配」の正体は、そのズレの修正のために無駄に漏れ出たエネルギーの残滓ノイズや、世界の反発から理を押し通そうとする際に使われるエネルギーだったのだ。


 対して、僕は『識の原典(アーキタイプ)』という、極めて抽象度高く情報を知覚できる観測レンズを使っていたため、知覚イメージと実際の理の『ズレ』が最初からゼロに近かった。


 おまけに科学の物理法則という極めて整合性の高い理屈を使っていたため、世界の反発もほとんどなく、修正のための魔力が一切必要なかった。結果として、魔力消費による疲労感すら覚えないほど微小なエネルギーだけで、「無気配の魔法」を使えていたのだ。


 今回のようにマナから直接「現象の核」を生み出す新しい理では、根本的に世界の反発を押し通すための魔力はこれまでより多くなる。それでも、『識の原典(アーキタイプ)』を開放して知覚している状態であれば、ズレの修正に魔力を持っていかれないため、圧倒的に低燃費で済む。


(……だけど)


 僕は指先の水滴を見つめながら、一つの決意を固めていた。


(これからは、この『識の原典(アーキタイプ)』という補助輪に頼り切りになるのはやめよう)


 高精度のレンズに依存したままでは、僕自身の根本的な「知覚イメージの解像度」はいつまで経っても鍛えられない。いざという時にレンズが使えなくなれば、魔法が一切使えないポンコツに逆戻りだ。


 だから、これからは『識の原典(アーキタイプ)』は、新しい理を構築する時や、知覚イメージの感覚を脳に焼き付ける時の『一時的な答え合わせ』としてのみオンにする。


 普段はレンズをオフにし、自分自身の感覚とマナを擦り合わせ、ズレを自力で修正する鍛錬を積むんだ。


(まずは、科学法則を『補強』として組み込んだハイブリッド方式のテストだ)


 僕は浮かんだ水滴を一度霧散させ、思考を組み上げる。


 マナから直接「水の核」を生成する理屈をベースにしつつ、そこに「大気中に存在する水分子を巻き込む」という科学現象を組み込む。


 ゼロからすべてを作るのではなく、空間の水分を巻き込んでマナを水に変換するハイブリッド。科学知識がファンタジーを裏打ちする強固な骨組みとなり、内的整合性が爆発的に上がる。


 僕は『識の原典(アーキタイプ)』をオンにし、その完璧なマナの流れと知覚イメージを脳の髄まで焼き付けた。


 そして――レンズを、オフにする。


 視界から情報の波が消え、ただの宿屋の景色に戻る。


 僕は先ほど焼き付けた感覚だけを頼りに、自力でマナを束ね、ハイブリッドの方程式を起動させた。


 感覚と現実の間に、ほんのわずかな『ズレ』を感じる。僕はそれを、先ほど覚えたばかりの自分の『魔力』を意識的に流し込むことで力強くねじ伏せ、修正した。


 ——成功だ。


 僕の指先には、先ほどの十倍以上——ソフトボール大の完璧な「水球」が、滑らかに浮かび上がっていた。


「ん……? おい、ユウ。お前、今魔法を使ったか?」


 不意に、向かいのベッドから声が降ってきた。


 見れば、革靴の手入れを終えたらしいノクスが、僕の指先に浮かぶ水球を見て呆れ果てた顔をしている。


「お前の魔法はいつも全く気配がないくせに、今初めて、微かにお前の『魔力』が動くのを感じたぞ。……まさかとは思うが、シーツを濡らしたら弁償だからな」


「大丈夫ですよ。もしコントロールに失敗してこぼしそうになったら、素早くノクスのベッドの上にぶん投げて、ノクスがおねしょしたことにしますから」


「ふざけんな、窓から叩き出すぞ」


 眉間を揉むノクスに対し、僕はクスクスと笑いながら水球を弾ませた。


「冗談ですよ。ほら、見てくださいこれ。ぷにぷにしてて面白いですよ。ノクスも触ってみますか? えいっ」


「ばっ、こっちに飛ばすな!」


 僕は飛んでいく水球を、ノクスの顔にぶつかる寸前でパチンと指を鳴らして霧散させた。細かなミストだけがパラパラと降り注ぎ、ノクスが顔をしかめて手で払う。


「あははっ! 今のいいリアクションでしたよ!」


 僕がケラケラと笑うと、ノクスは心底呆れたように深いため息をつき、手入れを終えた革靴を床に置いた。


 まだこの異端の書は序章を読んだばかりだ。


 だが、科学法則による補強ハイブリッドという新しい理と、補助輪なしでマナを束ねる確かな感覚。僕だけの魔法の完成形に手をかけた充実感で、僕の胸は子供のように弾んでいた。



【読者の皆様へ】

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