魔神の哀しみ
白い階段を登り終えると、その先には白いカーペットが伸びており、小さな祭壇のような場所で誰かが俯いて泣いていた。
ミルクブラウンの長い髪を持った女性だ。
「あのっ」
つい、声をかけてしまったのだが、いいのだろうか。
「あなたたちは」
「えっと。リューリと言います」
「あぁ、ザカライアスだ」
「そう。あなたたち、ルビーノーグンとドゥンケルの神子なのね」
女性は誰かに似ている気がした。特にあの優し気な夜空のような群青色の瞳。
「私のために、持ってきてくれたの?」
持ってきた?何を?
しかしその瞬間、ザカリィの体の前に何かが浮かび上がる。青白い魔素の光に照らされた。
「何だ?これは」
ザカリィが手をかざせば、闇色に輝いた球体が落ちてきた。
「集めてくれたのね」
「集めた?そんなことをした覚えはないが」
そうザカリィが首を傾げれば、女性は優雅に立ち上がりこちらに歩いてくる。何故か敵意はなく、ザカリィも抵抗せずただ立っていた。どうしてだろう。
「兄上?」
ザカリィが首を傾げる。
あ、そう言えば。
「神官長さま?」
私も思わず呟いた。
そうだ、彼女は神官長さまにそっくりなのだ。
ただ彼女の方がより女性的で髪が床につくくらい長い。
「そうね。あの子も私の神子の子孫だもの」
「あんたの神子の子孫?何を言っている。兄上は女神リーヒュイテのっ」
そう言いかけた時。
「リーヒュイテさま?」
私が声をあげた。
すると彼女がそうだという風に頷き、微笑んだ。
えっ。神さま!?異世界転生物におなじみの神さま!?
物語の最初に出てくるんじゃないんだっ!!
「普通の人間は、ここには来られないから。あなたたちは魔神の使いだから」
「えっと、私がルビーノーグンなのはわかってますけど」
私はザカリィを見やる。ザカリィはツォルンドンネのような力を持っている。
「魔神の欠片を得て産まれたひとの子だから、あなたは魔神の神子です」
そう、女神さまが告げる。
「本来、魔神の欠片を得て産まれないはずのものだった。魔神から産まれるのはその眷属である魔物です。けれど、母体がルビーノーグンの血を引いていたから突然変異で産まれたのでしょう」
「では、アレンはどうなる?」
確かに、アレンもカリュグロッホの魔晶を植え付けられて産まれたはず。
「わからない。でも、今のあなたたちを見ていたら、運命としか言えないわね」
「不確定だな」
「今はもう、ドゥンケルはいないから」
真相はわからない。
「けど、優しいひとだった」
「矛盾している。俺が神子として存在しているなら、魔神は存在しているはずだし、魔神は分散されて魔晶石に封じられているんだろう?」
「えぇ、けれどあなたがそれを回収してくれた」
「ロッホに発生した魔晶石のことか?俺はただ砕いただけだ」
「そして、吸収されたのよ。あなたが神子だから」
「では、もう魔物は現れないのか」
「それは違う。今までのように特定のロッホと言う場所に大量発生し、それが渦を巻いて広まることがなくなるだけ。あなたが魔神の核を回収してくれたことで、魔神はその力を取り戻し、哀しみから解放される。そうすれば世界の均衡が元に戻る。だから魔物の巣はこれからも発生する。けれどそれは人間が魔物と共に世界と生きていくために必要な分だけ。今までのようなことにはならない」
「では何故、こんなことになった。ラーシュ兄上とルーク兄上が死線を経験し、俺もまた出陣し、戦神が戦場で生きることになった」
「あなたたちが聴いた歌の通り。昔、私を慕ってくれる神子がいた。彼は私と魔神の関りを許さなかった。魔神を屠り、そして魔物を生み出す核を封じればもう魔物すら産まれず私が喜ぶと思い込んでしまったの」
「はぁ?アンタが選んだことだろう?何故たかだか神子がそれを許さないかどうかを決める」
「あなたはあのひとに似ているわ。多分、同じことをいいそう。私は甘いのかしらね。その代わり、ルビーノーグンがドゥンケルの代わりに彼の部落を追い出した」
「それがキドゥーシュだったのですね」
まさか、キドゥーシュも部落のひとつで、追放された部落だったとは。それで教皇を名乗るのもどうかと思うのだが、それも女神さまへの偏愛故なのだろうか。
「でも彼のしたことで、元々均衡を保っていた世界のバランスが崩れ、魔神の核が封じられたロッホを中心に人間が苦難の時代を迎えることになった」
そう語る女神さまの眼差しは哀しそうだ。
「だけど、これできっと。魔神の核が元通りになったからドゥンケルの哀しみも晴れるわ」
女神さまはザカリィから魔神の核を受け取った。
「あのっ、その。ひとに分かることじゃないかもしれませんけど」
「なぁに?」
「魔神さまが哀しかったのは、その、魔神さまが哀しんでいるのは女神さまが哀しんでいるからじゃないでしょうか?女神さまが笑ってくれたら、きっと魔神さまの哀しみも」
「私が・・・。っ!?」
女神さまが頷きかけた時、不意に女神さまが脅えたような表情を浮かべる。
その瞬間、ザカリィが後ろを振り向き、その先を睨みつける。
『ナゼ・・・ナゼダ・・・リヒュィテリヒュィテ!ワタシノリヒュィテ!』
そう、白の階段を這うように登ってきたのは、今にも崩れかけそうなひとの形をしていたもの。あのピンクブロンドの髪に、日焼けしたような肌、くすんだ暗い金色の瞳は。
『教皇!?』
私たちの言葉に、それが一瞬反応した。
『ニクキ、ニクキルビーノーグン、ト、マジンノカケラガァ!!オマエラサエイナケレバ、メガミハ、リヒュィテはワタシノモノダッタノダ!ヤットヤットリヒュィテヲヲヲヲヲォォッッ!!!』
あのひとは、ずっとずっと転生しながら女神さまを追いかけていたってことなの?
でも、それなら。
「何故、魔神の神子となりえるザカリィやアレンたちを生み出そうとしたの?」
『マジンハ、マジンハワガシハイカダ!フウインサレテモナォマモノヲハナチ、ハンコウスル!!』
「その意味もわからんとは、相当なうつ気だな。女神もお前なんぞを愛そうとは思わんだろう」
『ナニヲナニヲナニヲオオォォォッッ!!!マジンノテサキニナニガワカルウウゥゥッッ!!!』
「俺をこんな風にしたのはお前だろう?だが、そのおかげでお前を屠れる」
ザカリィが闇色の魔力を放つ。
『ムダダムダダムダダ!!メガミノカミコデアル、イカイジンタルワレハサイキョウダアァァァッッ!!』
え、てことはコイツ、転生チート!?
「私の不手際です。あなたの魂をこの世界に受け入れてしまったから」
「いや、女神さまのせいでは」
「どう行きるかなんてそいつ次第だ。俺だってラーシュ兄上に拾われてどう生きるかを決めた。バケモノとしてじゃなくて、あのひとの弟として生きると。だから全てあのキチガイのせいだろう?」
「ありがとう。ふたりとも。けど。私では逃げることしかできない。神でも輪廻転生の輪に無理矢理放り込むしかできない。あれはその力で超越してしまったの」
あぁ、よくある神よりも強くなっちゃった系のチート転生者?
『サァメガミヨ、ワガモノニイイィィッッ!!!』
どろっと溶けながらこちらに這ってくる元教皇はホラーであった。
「うわっ、何か液状化したぁっ!!」
「今まではこんなことなかったのですが。少なくともひとの形を保っていたのです」
「じゃぁ何が原因だ?」
「性格の悪い叔父の影響でしょうか」
「詳しいことは後で戦神に聞くか」
そう言うとザカリィが女神さまの手から魔神さまの核を持ち上げた。
「ザカリィ、何するの?」
「あぁ、これな。見ていろ」
そう言うとザカリィは魔神の核を思いっきり・・・
―――投げた―――っっ!!!




