ヘクセーデルシュタイン
―――シュリュッセル王国北部・ヘクセーデルシュタイン領。そこは貧しく痩せた土地でもある。南部の豊かな恵みが無ければ冬を越せないというほどまでに過酷な地。魔物の被害が西部と南部に及べば、真っ先に影響が出ると言われている。
そんな難しい土地を治めるのが、ヴィーダーシュプルフ公爵家である。つまりはシーザーさんが治める土地。しかしながらヘクセーデルシュタイン領は、その名に“宝石”を持つ通り鉱山がある。ただの宝石の鉱山ではない。魔石が豊富に獲れる鉱山だ。
そのおかげで、20年前も2年前の2年間の戦も隣国である帝国の支援で乗り切ってきた土地。
そんなヘクセーデルシュタイン領に昔暮らしていた部落が、もしかしたらザカリィとアレンを助けられるかもしれない。
希望を抱いた途端に降り注いだのが―ヘクセーデルシュタイン領に伝わる部落がない―と言う事実だった。
「シーザー、それは確かなはずだ」
「確かにそうですね。伝わっていません。子どもの頃に何故ウチの領地のあるヘクセーデルシュタイン領にだけ“ロッホ”がないのだと思っていましたから調べました。けれどどこにもそんな事実はなく、ここのヘクセーデルシュタイン領は独立後、もしくはキドゥーシュの支配下におかれていた時代に開拓されたのだと思っていましたから」
「だが、ヘクセーデルシュタインの名前なら、王家に語り継がれている。その名だけな」
「では」
「部落時代から、ヘクセーデルシュタインはあったんだよ」
「あの、ちょっといいでしょうか」
「どうした?リューリ嬢」
陛下が私に目を向ける。
「あの、ロッホって古代の言葉で“穴”ですよね?つまり何かを封じる穴のようなものがあったのではないでしょうか」
「魔物の巣だな」
お父さまの言葉に陛下が頷く。
「魔物の巣?」
「俺たちが戦の時にまず潰すのが、魔物の巣だ。あそこは巨大な穴のようになっている。そこを潰さぬ限り魔物が溢れるからだ」
「潰す、とはどのようにするのですか?」
「その穴に魔法を投じて中の魔晶石を砕くんだ」
魔晶石!また出てきた!
「そうすれば、穴は塞がり魔物が産まれなくなる。世界各地にこのような巣は出現するが、毎回場所が決まっているのはシュリュッセル王国くらいだ。だが、魔物があぶれだすタイミングなどは、まだわかっていない」
そう、陛下が告げる。シュリュッセル王国だけ、何故?それも“穴”と言う名を関して地名として残っている。しかもそこは古来部落が暮らし守ってきた土地だ。何故そんな危険なものがある土地に彼らは根付いていたのか。
「あ、そう言えば。ずっと疑問に思っていたことがありまして」
「何だ?」
シーザーさんを見やると、不思議をうな表情で私を見る。
「“ヴィーダーシュプルフ”って、盾と言う意味ですよね。盾と聞くと、南部の右側にあるテンペルディアン領が思い浮かぶのですが」
因みに左側がエンゲルガルデン領でテンペルディアン領よりも南に少し張り出しており、東側にキドゥーシュとの国境を抱える。
「あぁ、確かにな。王族が臣籍降下した際に新しく設けられた家だが、元々テンペルディアン領にいた貴族の名を冠している。今のランツェ公爵家と似ているな」
確かにランツェ伯爵家は領地持ちではないものの、その名を残した公爵家は臣籍降下したザカリィに与えられた。
「なら、元々エンゲルガルデン領にいた方々は、どこから来たのですか?」
さすがに全員テンペルディアン領から来たはずはないし。
「あそこは開拓地だ。各地からひとが集まってきているし、労働者も集めたからな。その子孫たちが暮らしている。あそこの先住民と言ってもわからん」
「あの、なんでもいいので地名とかって残ってないですかね。ヘクセーデルシュタインのように」
もしかしたら、部落を特定するカギになるかも。
「あぁ、そうだな。ほとんどがウチや他の貴族が管理するようになって新たに付けられた名前なんだ。その中でも、確か巫女の一族がいたはずだ」
「巫女、ですか?」
「あぁ、北部の言い伝えでな。あそこは陛下の言った通り、魔神の神殿を守る土地だ」
魔神、か。各地の神殿で祀るのは女神さまである。無論、魔神=女神さまというのは聞いたことがない。国として神殿で女神さまを祀りつつ、魔神の神殿を守る土地と言う謎の言い伝えを持つシュリュッセル王国。
「お父さま。不思議でならないのですが、帝国は何故、シュリュッセル王国に魔神の神殿を守る土地があるのに放っておいてくださっているのですか?」
普通なら異教の神の信徒などと疑われてもおかしくはない。
「俺も戦神と呼ばれているからな。軍神や魔神なんかもあったし」
そうだったぁー。そう言えばお父さまを以前、魔神と呼んだひとがいたらしい。まぁ、それは却下されたらしく“戦神”と呼ばれているのだが。
「魔法使いの神がいたとしたら」
「あぁっ!そう言う神さまではなくて、お父さまのような」
“守護神”と言う意味での魔神だとすれば。
すごい魔法使い、偉大な魔法使い、なら魔王?=お義姉さま!?
「リューリちゃんったら、私は違うと思うなぁ~」
ビクッ。
ご、ごめんなさいお義姉さま。
今不埒なことを考えてしまった。
「いや、この場にいるみんながそう思っただろう」
と、お父さま。あの、この場の空気が凍り付いたんですけども。
ザカリィとアレンまで何か凍り付いたような表情で魘されてるんですけど!?
では、魔神の神殿とは一体何なのか?そして北部にいたと言われる巫女の一族。
「そうそう、その巫女の一族の名が、ルービノーグンと言った。もしかしたらロッホ・・・部落の名かも知れないな」
確かに、“魔物の巣”となる穴がないから、“ロッホ”の名が付かなかっただけで、あそこにはルービノーグンと言う部落があったのでは?
しかし“ルービノーグン”?聞いたことがない。
ルビーに似てはいるものの、ルビーはルビーノと言われた。“ノーグン”もしくは“~グン”。
「先代の正妃」
国王陛下が不意に呟く。そう言えば、教皇が言っていた。国王陛下と先代正妃さまは・・・。いやいや、それが本当とは限らないよねっ!多分バレたらお義姉さまに誅殺されると思うし!
「“ルビーアイ”と言うのがある」
ルビーアイ?ルビーの瞳?
「俺の母さんの瞳が、ルビーのように赤かったから。オーヴェとリューリ嬢の瞳は少し濃い色だが、ザックの瞳とも違う、不思議な色合いだった。まるでルビーのような瞳。先代正妃はルビーの宝石を生前そう呼んでいた。母をまるでヴィーダーシュプルフ公爵領に残る伝説を象徴するようなひとだと」
―――それって、まさか。
先代正妃さまは、私やお父さまと似た瞳を持つ陛下のお母君をそう語っていた。それもそのはずだ。私とお父さまの瞳は、陛下のお母君のお姉さまからの遺伝なのだから。遺伝するにあたり多少色の濃淡が変わることもあり得る。私は見たことはないけれど。
「俺の母は俺と同じ瞳だが、妹である叔母は少し色が明るかったな」
さすがにお父さまはご存じらしい。
「あの、ルビーアイと言うのを古代語に訳すと、ルビーノとアウグンです。古代語はこれらを合わせて発音すると音が変わることがあります。例えば、神殿+土地を合わせてテンペラントと」
因みにこの古代語、何となく前世のある言語に似ているなぁと思ったが、文法や変化形が全く違う気がするので細かいところはツッコんではいけない。うん、だってここ、異世界だもの。
「それが合わさってルービノーグンになったのか。それだと・・・」
みんなの視線が私とお父さまに集中する。
「さ、さすがにその先はわからないです~~~っ!!!」
―――少なくとも、私には。
果たしてこれは偶然なのだろうか?




