旧キドゥーシュ皇国の教皇
※今回は第3者目線でお送りします。
―――王城の祝勝パーティーホール
「これはこれは、お会いするのを楽しみにしていました。ザカライアス・シュリュッセル殿下。いいえ、もう既にザカライアス・ランツェ公爵でしたね」
天使の微笑と讃えられるその青年に向けるザカライアスことザカリィの目は一層に厳しい。その隣に並んだアリシア、シーザーの視線も同じだ。
先程までは各国の軍関係者や、騎士団長たちに挨拶をし、いけ好かないが戦神・オーヴェの異母弟である公王やその他属国を任される皇族とも話をしていた。オーヴェから後は自分がと言葉を受け、早速リューリの元へ帰ろうとした矢先の来訪に、ザカリィの機嫌は更に悪くなる。
大体、使節団を引っ張ってきた公王に挨拶をしたのに、何故わざわざ後から来るのか。それは公王が謀ったことなのか、わかったから放置しているのか。
そうならば、戦神が“性悪”だと言っていたのを偶然聞いていたザカリィはそれがあながち間違いではないのだと内心嘆息する。
ピンクゴールドの肩よりもすこし長い髪をハーフアップに結い上げ、物憂い気なダークゴールドの瞳はシャンデリアの光に反射して怪しげな魅力を放つ。褐色の肌はシュリュッセル王国南部の一部とキドゥーシュ皇国に多い特徴である。シュリュッセル王国の神殿の神官長によく似た白い神官服だが、その所々に豪華な刺繍や装飾が見られる。
「初めまして、ザカライアスさま。お会いできる日を楽しみにしておりました」
そう、恭しく頭を垂れる男に、顔を顰めない討伐団団員はいない。帝国軍人ですら、彼らが戦の際にザカリィに寄越した不躾な招待状のことを知っていたのだ。何せ、そのことに当たったのが帝国の守護神だったのだから。その事実が知れ渡るのも早かった。
「貴様に名を呼ばれる筋合いはない」
ザカリィは冷たく男を睥睨する。
「私はキドゥーシュ公国の教皇。世界全ての神殿の中心。尤も尊ばれる神官の最高位です」
かつて旧キドゥーシュ皇国には教皇が治める世界の中心たる神の聖地があったという。だからこそ、旧キドゥーシュ皇国がただの“キドゥーシュ”であった時代、教皇は“象徴”としてひとびとから崇められた。それがいつの次代からか全ての神を祀る祭壇をまとめ上げる権利が与えられ、キドゥーシュは皇国となり限られた教皇の一族が欲を出して皇族として治めるようになった。
だが、その栄花はラントカルテ帝国の台頭によってくしくも崩れ去った。ラントカルテ帝国は神を祀る祭壇が得ていた多くの権利を旧キドゥーシュ皇国から没収し、帝国の施設とした。それによって、神官への門戸が広く開かれ、ヒーリング魔法も発達したのだが。
しかしながらそれは旧キドゥーシュ皇国からしてみれば神に対する反逆行為に他ならない。そのてめ反発したのが旧キドゥーシュ皇国であり、帝国が力を付けるのと引き換えにして、彼らは瞬く間に周囲の国々や植民地の反発による離反を受けて弱体化した。
そしてシュリュッセル王国もまた、ラントカルテ帝国に庇護下に入った。
今でも教皇と言うものが存在しているのは、それがかつての旧キドゥーシュ皇国の象徴であり、民の支えであったからだ。彼らが帝国への忠誠を示せば旧皇族による自治を認められるし、自治を帝国に渡し、私的な欲を満たさずに象徴として存在し続けることもできる。現地の皇族を生かし、そして統治させるのは帝国としても楽なやり方でもあるし、元々の旧皇国民の反発も少ないと考えたからだ。
しかしながら、近年の教皇の行動は身に余る。ただ単に旧皇族と言う価値のみを与えられて生活している彼らは、公国となり教皇のための祭祀の場が“神殿”として解放されてもなお、彼らなりの教えを解き、教皇一族に代々仕えてきた信徒たちは神殿やその神官たちを認めなかった。
今や世界で一番力のあるラントカルテ帝国に反発し続ける旧皇族の威信などかき消え、旧皇国民も公王派に転身するものが増えた。
もうそろそろ、教皇と言うお遊びも終わりの時間だ。ザカリィもまた、目の前の教皇に対し微塵も敬意を払う気はなかった。
「だから?」
ザカリィは教皇に対し嘲笑を浮かべる。
戦場で自ら棍棒を振り回しながらヒーリング魔法を掛けて回ったという神官長の兄、そして自身の部下として味方を守りながらヒーリング魔法を掛けて回った兄の愛弟子たちがいる中で、飄々と自分に会いに来いなどと言う手紙を送りつけてきた愚かな男。
公王は何のためにこのような愚かな男を生かしているのか。
本当に、性悪のようだとザカリィは内心舌打ちする。
「私に、そのような態度をとってよろしいので?」
「どう言う意味だ」
周りの視線が痛いほど突き刺さるのを教皇は気にも留めない。
「(あなたの大切な奥方と侍従がどうなってもよろしいので?)」
「はっ!?」
教皇が囁いた言葉に、ザカリィが目を見開く。その様子にシーザーとアリシアが身構える。
「あなたとお話がしたいのです。一対一で」
「何を、このような場で!」
さすがにシーザーが諫めるように声をあげるが、それをザカリィが止める。
「この俺に対し、いい度胸だ。招待に応じてくれる」
「ふふっ、そう言っていただけると思っていました」
にっこりと笑う教皇とその信者たちに、ザカリィは続いていく。
そしてザカリィの後ろ姿を追いつつこっそりつけようとしていたふたりのもとに仲間の騎士が駆けつけた。
「大変です!アレンが!」
その言葉にアリシアが息を呑んだ。
「アレンに何があった!」
「それが急に苦しみだして!えぇと、エルは、エルンストはどこですかね」
「何でここでエルンストが出てくるんだ」
「奥方さまが連れてこいと」
「呼ぶならヒーラーでは?まぁ、私も行く」
と、神官でもあるアリシアが頷く。
「わかった。では俺はザックを」
「了解」
シーザーはアリシアの言葉を聞くと颯爽と気配を消してザックの後を追う。
アリシアは呼びに来た騎士と共に、自分と同じ赤髪の騎士を探す。
「でも何故エルンストなんだ?」
「それは自分にもわかりません~~~っ!」
―――呼びに来た騎士に戦神への伝令を頼み、赤髪に翡翠色の瞳の騎士を連れて医務室に駆けつけたアリシアは、空っぽのその部屋を見て唖然とするのであった。




