そう言えば、忘れていた主人公のこと
―――医務室
医務室といっても、お医者さまが常駐する本格的なものではなく、こちらは仮眠室のような場所だ。あぁ、言えない。この顔のほてりがただちょっと照れてしまっただけだなんて。いや、ザカリィなら気が付いていそうな気もしなくもない。
「ふぅ、やっと厄介な連中から解放された」
横にならされた私の枕元にそっと腰を下ろし、ザカリィが嘆息する。
「団長は本当に苦手だもんね、周囲に気を遣うの」
と、アリシア。
「常に威嚇で追いやっていましたからね。なお、今回のパーティーでは陛下から過度な威嚇は禁じられているんですよ」
アレンが補足してくれる。
あぁ、だからちょっと機嫌が悪そうだったけどバチバチ魔力を放出していなかったのか。
「俺はリューリと二人きりで過ごしたいのに」
「団長が出席しないと、陛下の沽券にかかわるでしょう」
「う‶」
相変わらずザカリィってお兄ちゃんっ子なのかもしれない。陛下からの言葉には本当に素直に応じるんだもん。
そう思うと、つい苦笑が漏れる。
「リューリ?」
「あ、いや。ザカリィって本当に陛下と仲良しだなって」
「・・・兄上は、特別だから」
「特別?」
「俺を、俺を冷たい牢やから出して、抱きしめてくれた」
あぁ、ザカリィはやっぱり、原作と同じように幽閉されていたのか。
「俺を弟として、いつも守ってくれた。自分が守るから、俺に力を使うなと言った。でも俺は、度々力を暴走させた。その度に兄上は守ってくれた。俺は破壊しかできないから」
「ザカリィ・・・。そんな、そんなことない」
思わずがばっと起き上がり、ザカリィの手を両手で包む。
「ザカリィは私を守って、助けてくれた。陛下と同じ。だって、ザカリィは陛下の大切な弟なんだから」
ザカリィは陛下の背中を見て育ってきたから。
「俺が、兄上に?」
「うん」
「そうか」
それを聞いたザカリィは何だかほっとしたような微笑みを見せてくれた。
本当に陛下がこの国の王さまで、ザカリィを弟として見てくれた。だからこそ今のザカリィがいて、今の幸せな私がいるんだと思う。
―――コンコン
不意に扉がノックされた音に、ザカリィがムッとした表情になる。でも、誰だろう?
「あ、団長ったら。いくら新婚だからってのんびりここでサボろうとしないでくださいよ」
「副団長が待ってますよー」
騎士服を見るに、ザカリィの討伐団の騎士さんたちのようだ。
「戦神さまの配慮とはいえ、団長は各国の重鎮や、戦で関わった他国の将の方々とも挨拶しなきゃならないんですから。いくら何でも団長がいないとダメですよ。あと、キドゥーシュの使節団もいますから。団長が出てガッと言ってやってください。グワッと」
キドゥーシュの・・・。会場内ではまだ会っていないけど、やっぱり来ていることは来ているんだ。そして団員さんたちの顔がマジで歪んでいる。相当拒否反応が大きいらしい。
「む」
そう言いつつも、ザカリィはため息をつきながら立ち上がる。
「リューリ、なるべく早く戻る」
「うん、お仕事頑張ってね」
「う、仕事か」
そう言われればザカリィは渋々自分の中で納得させたようで。
「本当に団長に奥さんができるなんて。ぐすっ」
「奇跡としか言いようがないっす。えぐっ」
え、泣くほど!?
「貴様らなっ!!」
ツンツンしながらも、何だか団員のみなさんとは仲が良さそうで。
「あー、あとアリシアも一緒に来てください」
「え?何故私が」
うん、何故アリシアも?
「戦場の女神と誉高いアリシアに会いたがる各国の神殿関係者が多いので。ぶっちゃけ団長と一緒の方がパパッと捌けます」
せ、戦場の女神って。まぁ、似合いそうだけども。
「私は大丈夫。慣れない場所だったからお父さまも気を遣ってくれたんだと思う」
陛下への挨拶にお母さまとお城のパーティーに行ったことはあれど、それも数回なので全く慣れていないのである。これで貴族令嬢、公爵夫人だなんて不安でいっぱいだけれど。これからザカリィと一緒に堂々と立てるようにならないと。
少なくともイケメンスマイルにくらくらしない程度にはっ!!
「それじゃ、ゆっくり。アレン、頼んだぞー」
「あぁ、俺もすぐ戻る」
団員の方々と共にザカリィもそう言って微笑んでくれる。
「うん、いってらっしゃい」
「ここはお任せください」
アレンも一礼し。
―――そして。
医務室と言うか仮眠室でアレンとふたりっきりになってしまった。
「あ、あの。アレン」
「はい、リューリさま」
「え~と、その。アレンはエルンと言うひとに心当たりはある?」
ぶっちゃけすっごい突然の質問。
そう言えば思い出したのだけど、すっかり忘れ去られているであろう、前世でハマっていた【花と光の乙女】に出てくる主人公と未だ出会ったことがないことに気が付いた。
「・・・」
アレンがじっと私を見つめてくる。
不味い質問だったかな。
「それは、ザックさまもご存じの名前で?」
アレンが“団長”ではなく、ザカリィのもう一つの愛称を呼ぶ。
そしていつも以上に真剣なまなざし。
「そ、そう言うんじゃないの。と言うかザカリィも知っているかなって言う程度の問題で。私は全く知り合いじゃないの」
「そうですか?言い寄られたりしていたら遠慮なく申し付けてください。自分たちが徹底的にボコりますから!安心してくださいね!」
できるかぁいっ!!もしその名前の人物に出会ったとしても、徹底的に避けよう!!
「あ、でも。“エルンスト”なら知っていますよ。まぁ、よくある名前なので」
まぁ、確かにね。しかしエルンスト?
「ウチの団員にもいるんですよ。エルンスト」
そうなんだ。偶然ね。討伐団としては30名程度のなのだが。これって偶然?まぁ、偶然な可能性も高いか。
―――でも、さっきはとっさに通称の“エルン”って言っちゃったけれど、主人公のエルンの本名って“エルンスト” なんだけどー。
アレンがザカリィ側にいるからって、エルンストまでいるわけないよね。聖女・ユーフェミアは恐らく今頃とっくに帝国に連れて行かれて裁きを待っているはずだし。
エルンストが関わっていないのなら、彼は彼で平和に生きて欲しいなって思うよ。
「紹介しましょうか?」
「え、いいの?」
「後日エルンストが団長に呼び出されてリューリさまとの関連性について尋問されると思いますけどね。俺としても知っておきたいので歓迎します」
いや、それ全っ然よろしくないじゃんっ!!その罪もないエルンストさんのために滅多なことができようはずもないのだ。
「ううん、大丈夫。間に合ってるから」
「そうですか?でしたら安心ですね!」
わぁー。アレンったらキラッキラした笑顔で。これもザカリィへの忠誠心の表れだろうか。それはそれでいいことなのだけど。逆にその忠誠心が暴走しそうで恐いわ。
原作ではもう少し陰キャっぽかったんだけどなぁ。ついでに主人公は陽キャである。
「でも、リューリさまが団長と結ばれて本当に良かったです」
「わ、私も、かな?まさかザカリィと結ばれることができるだなんて」
「そう、ですね。うっ」
「ちょっと、アレンまでそんな」
感激して。
―――えっ!?
アレンが、胸を抑えて苦しそうにしてる!?
「ちょっとアレン、大丈夫!?」
急いでベッドを飛び降り、苦しそうに崩れ落ちるアレンを支えれば。
「うがあぁぁっ!」
え、ちょっと、アレン!?一体どうしてっ。
―――アレンの顔を覗いた私の脳裏に最悪な展開がよぎったのだ。




