シュリュッセル王国とキドゥーシュ公国の確執
―――キドゥーシュ公国。またの名を旧キドゥーシュ皇国と言う。
シュリュッセル王国は南部にそのキドゥーシュ公国との国境を抱えている。両国は通常の隣国とは少し違う。それはシュリュッセル王国の成り立ちに関係しているのだ。
王妃殿下であるお義姉さまとのお茶会の後、実家のセーフティボックスから取り出してもらった歴史書のひとつを引っ張り出す。
「ふぅ、確かこれだ」
「結構古そうだね」
と、アリシアがその表紙を見て呟く。現在はまだザカリィが仕事中とのことで、アリシアと一緒に時間を潰すことになったのだ。
「うん。昔、お母さまに古本屋で見つけたものを買っていただいたの。結構お宝が眠っていたりするから古本屋は好きでよく行っていたから。貴族令嬢らしく、ないかな?」
「そんなことはない。ウチもそんなにお金持ちじゃなかったから、本は弟妹たちと貸しあって読んでたし」
「そうなんだ。アリシアはたくさん弟妹がいるんだね」
「うん、故郷にね」
「アリシアの故郷って」
「南部だよ」
「それって、国境のある?」
「ウチは少し国境から離れている。でも、テンペルディアン領に属する小領だよ」
「あぁ、テンペルディアン領って、確か帝国とも接している領だよね」
「うん。ウチは内側だからあまり関係ないけどね。だから、幸い魔物被害も少なかった」
「そっか。でも、国境は」
「うん、あちらは結構な被害が出ていた。西部とは違って、ひともたくさん住んでいるから。けど、私が討伐団に参加したことで守れたひともたくさんある。参加して良かったと思ってる」
「うん、ありがとう。アリシア」
「ううん、本当にすごいのは団長とオーヴェさま。それに私がお礼を言われたと知られたら団長がまた嫉妬する」
「そうかも」
何だかザカリィの行動パターンを予測できてきたかも。
「じゃぁ、内緒ね」
「うん、団長には内緒」
そう言ってアリシアと苦笑し合い、早速本のページをめくっていく。
―――シュリュッセル王国があった土地は、元々多数の部族が集まって形成されていた。特にひとつにまとまった国と言う認識もなく、ロッホと呼ばれる部落が各地に点在し、その中にはテンペラントと言う聖地も含まれていた。今でも南部と西部の地名にはその名残があり、シュリュッセル王国の王都の名前もテンペラントである。つまりシュリュッセル王国の王都とは、国の中枢であり聖地でもあるのだ。
しかしそのロッホは時代の流れと共に当時最盛期を迎えていたキドゥーシュ皇国の侵略を受け、植民地となった。その影響をテンペラントもモロに受け、後のシュリュッセル王国の国土は長くキドゥーシュ皇国の支配下に置かれた。しかし、時代とともにキドゥーシュ皇国はラントカルテ帝国の台頭で弱体化し、聖地テンペラントを治めていた部落の長を中心として、シュリュッセル王国として独立した。そして聖地テンペラントを守る一族の長が王祖である。
そんなシュリュッセル王国とキドゥーシュ皇国は、もと支配していた国と支配されていた国と言う立場もある。更に独立後も何かと因縁をつけて攻めてきたキドゥーシュ皇国を良く思うはずもない。
そこでシュリュッセル王国はラントカルテ帝国と取り引きをした。進んでラントカルテ帝国の属国となったシュリュッセル王国は、わざとキドゥーシュ皇国に攻めいる隙を与えた。それに対しまんまとその策に乗ってしまったキドゥーシュ皇国は、ラントカルテ帝国の属国に侵攻したとしてラントカルテ帝国に占領され、名前だけはキドゥーシュ“公国”として残ったものの、完全にその自治権を失ってしまったのだ。
キドゥーシュにとっては完全なる騙し討ちであるが、一方的に攻めてきたのはキドゥーシュの方だし、ましてや友好国でもないキドゥーシュにラントカルテ帝国とシュリュッセル王国の関係をわざわざ親切に教えてあげる義理もない。
勝手に攻めてきたのはそちらだろうとしらを切り通した。
そしてラントカルテ帝国に自ら忠誠を誓い、信頼を長きにわたり勝ち取ってきたシュリュッセル王国は王国としての名前はもちろん、王族自らの統治を認められてきたわけだ。
それに加えてキドゥーシュ公国はと言えば。基本的に国を治める公王は帝国から派遣される。確か今の公王陛下は現皇帝陛下の皇弟殿下。恐らくお父さまの異母兄弟だろう。
代々の公王は、キドゥーシュの旧皇族であり“教皇”を務める一族の娘を嫁にとる。男児が産まれれば教皇の後継に。娘が直系にいなければ傍系から選び帝国の皇族、それも皇弟や皇子と結婚する。あちらには帝国の軍部も常駐しているし、実質的に帝国の支配下に置かれ未だ旧皇族の自治が認められていないのだ。
原因をしっかり考えればわかるだろうに。“教皇”としてのプライドが邪魔するのかなんなのか。キドゥーシュ教皇は代々ウチの国を目の敵にしているわけだ。
だって、かつて支配していたシュリュッセル王国の方が今や自分たちよりもラントカルテ帝国に信頼を置かれているのである。
「戦勝パーティーには使節団もくるんだよね」
「うん、あいつらは戦場でもいけ好かなかった。ぶっちゃけ会いたくない」
アリシアがめちゃくちゃ渋い顔をしている。わぁ、一体何があったんだか。
「戦場ではウチの団と南部からの後方支援部隊がそろって、さぁ、早速討伐だと思ったその時、公国から使者が来た」
「え、公国から?」
討伐に関する支援の依頼だろうか。シュリュッセル王国は帝国からの要請があれば応じるのだろうけど。どうにも公国からの依頼があるとは信じられない。いや、公王陛下やその側近たちは帝国から来ているので、両国の不仲とは一線を画しているはずだけど。
「公王陛下からってこと?」
「いや、教皇だ」
きょ、教皇!?みんなで真面目に討伐しようとしている時に何が?
「ひょっとして、あちらの神官からの支援のお知らせ?」
何だかそう言うのに応じそうにないのだけど。何せあちらの方々は信者のお布施に応じた施しをしているらしいし。
「いや、戦場で活躍する王弟殿下、つまり団長に教皇自らお言葉を授けるから来いって言うお誘い」
いや、意味わかんないんだけど。これから戦おうとしている時に、何故ザカリィを教皇がわざわざ招くわけ?そんなところでザカリィを戦場から離したら、討伐ができなくなって被害が広がる。
「運よく、戦神さまの部隊が間に合ってくれたから、その場を治めてくれた」
「お父さまの部隊が」
「うん、さすがにその教皇の誘いは、公王の許可を得ていなかった勝手なものだったらしくて。戦神さまが使者を拘束して、呼びつけた公王に引き渡した」
お、お父さま!?公王陛下呼びつけたの!?確かに異母兄弟だとは思うけども。皇帝陛下とは懇意なようだし、仲良しなのかな。いや、皇族なのだし全員とはいかないのだろうけど。
「公王陛下はお怒りマックスだったらしい。まぁ、戦神さまが来てくれたから無事に討伐を完了できた」
「よかったぁ」
「ん。本当に戦神さまはすごい」
そう、アリシアと微笑み合っていれば。
「俺の話か?」
お父さまは調べ物があると少し留守にしていたのだが、無事に終えてきたようだった。
「あの、お父さまと公王陛下のお話をしていて」
「あぁ、あいつか」
“あいつ”!?ウチの国王陛下とは従兄弟なのだから、何だか親密そうな関係も納得いかないではないのだけど。
「えぇと、公国を治めていらっしゃるのも皇弟殿下、なのですよね」
「あぁ」
「どのような方なのですか?」
「そうだな。兄上の実の弟で2番目の皇弟だ」
1番目の皇弟はお父さまなので、その次の皇弟殿下と言うわけか。皇帝陛下とも仲がいいようなお父さまだから、皇帝陛下の実の弟君とも仲がいいのかな。
「使節団がパーティーの時に来るというし、来るかもしれんな」
「そうなのですか。楽しみですね」
教皇一派は勘弁だけど、帝国の皇弟殿下なら問題ないと自分では思っている。
「いや」
ん?違うのか?
「あいつは性格が悪いから、もしもの時は俺の名前を出せ。仕返しは任せろ」
何言ってるのー。お父さまー。
「ん、リューリさまは団長の側にいるべき」
「私で、いいの?」
「俺でもいいぞ」
え、お父さまのパートナーとして出席するの?
「却下だっ!!」
と、その時業務を終えたらしきザカリィとアレン、シーザーさんがやってきた。
「ちっ、クソガキが」
「抜け駆けは許さんっ!リューリは俺と出席するっ!!いや、むしろパーティーと言う場所に連れて行き周りにリューリのかわいさを見せたくない」
「っ!それもそうだな」
「いや、ダメだろ」
珍しく意気投合したお父さまとザカリィに、シーザーさんの冷静なツッコミがさく裂したのは言うまでもない。




