元ランツェ伯爵邸へ
―――朝食を取り終えた私たちは、早速王城の中にあるシーザーさんの執務室に赴いた。そこはシーザーさんが討伐団の副団長となる前に与えられていたザカリィ付きの近衛騎士団用の執務室である。今はそこを討伐団の臨時の執務室として使用しているそうだ。
執務室のソファーに案内された私とザカリィは、お父さまと一緒にシーザーさんの正面に腰掛けた。
因みに私が真ん中、左右にザカリィとお父さま。アレンとアリシアは側に控えている。
「何故貴様まで一緒なんだ、戦神!」
「ふんっ、娘の話に父親が付き添って何が悪いっ!」
「夫がいれば十分だっ!」
「その夫の監視も兼ねているんでな!」
と、二人は私を間に挟んで相変わらずなのだが、シーザーさんの咳払いでいったんは落ち着いたようだ。
―――そして。
「証拠品の押収ですか」
「あぁ。昨日のうちに屋敷に蔓延っていた連中は牢屋にぶち込んで、屋敷内には誰も入れないように魔法で封じているから、これから奴らの働いた罪の裏付けのために証拠品を押収に行くのだが。あそこは君がお母君と暮らした思い出のある屋敷だろう?だから念のため君に確認を取りたい」
そう、シーザーさんが説明してくれた。彼らの処遇は証拠品を押収して裁判にかけられて決定されるのだが、さすがに昨日の今日で全てが終わるわけではない。
彼らの罪の裏付けは陛下の影が担ってくれたと言うけれど、それに加えて物的証拠も押収する必要があるのだ。
「えぇ、もちろん大丈夫です」
彼らにかける情けなど無いし、動いてくれたシーザーさんやザカリィたちのためにも早く彼らの罪を裁いて欲しいと思う。
「思い出の品も同時に押収することになる。ものによっては戻ってこないことも十二分に考えられるがそれでもいいか」
それも心苦しいが、こうなった以上は覚悟の上だ。
「そうですね。元々屋敷にあったものはとっとと売り払われていると思いますし。あっ」
だけど、確か。
「何かあるのか?」
「あの、恐らく彼らが手も足も触れられない場所に、色々と隠してあるはずなのですが」
「隠してある?」
シーザーさんが意外な様子で私を見据える。
「えぇ。母が亡くなってすぐ、我が家に仕えてくれていた家令が亡くなる前に彼が大切なものを全て母が生前残していたマジックセーフティボックスに入れておいた方がいいと指示をくれまして。手あたり次第大切なものや貴重なものは家令と共にそこにぶち込んでおいたんです。セーフティボックスのある部屋には家令以外の使用人は入れないようにしていたので、存在を知るものもいなかったはずです。何より見つかったとしても元伯爵家の血を受け継ぐ母と私にしか開けられないようになっていたので無事だと思うんです」
「それは、今となればよい判断だったな」
本当に、彼は長年元伯爵家に尽くしてくれた。こんな私にも大切な母の娘だと忠義を尽くしてくれたのだ。だからこそ、彼を喪ったことはつらい。でも、彼のおかげで守れたものがある。元家令には感謝してもしきれない。
「それも押収されてしまいますか?」
「いや。一応どのようなものがあるかは改めさせてもらうが、確実に奴らの手の届かないところにあり、関連性がないのであれば君に返せると思う」
「それは、嬉しいです!」
あそこには、母からもらったものも多く隠してある。もちろん全てではない。全て隠せば、もし“何か”があった時に怪しまれるからと、本当に大切なものだけをあそこにしまった。そして、その“何か”は実際に訪れたのだ。
つまりダミーを残しておいたのだ。
「早速で悪いのだが、その場所に案内してくれないか?」
「もちろんです!」
シーザーさんたちは信頼できるから。私は早速ザカリィたちと屋敷に向かうことになった。屋敷の前には騎士が立っており、彼らはシーザーさんが選出した信頼のおける騎士だという。そしてシーザーさんの魔法で中のロックを解除すると、久々の屋敷の中へと足を踏み入れた。
「内装はどうだ?」
「廊下や壁はさすがにそのままですけど」
リビングルームやダイニングルームは。
「もはや見る面影もないですね」
母も私も、派手なものは好まなかった。一魔法使いとして国のために役立つ研究をしていた母は、自身を飾り立てるためのものや、権威を示すようなものよりも、資産を研究に必要なものや私のために割いてくれたから。
「なるほど、どおりで趣味が悪いと思った」
お、お父さま正直。
「お父さまはこの家に来たことがあるのですか?」
「数回だけ。帝国とこちらの魔法の研究の成果を共有するために、な」
それは知らなかった。
「戦神はずっと戦場にいたのかと思っていた」
と、ザカリィ。
「ほぼ戦場暮らしだ。たまに休みはあった」
た、たまにって。帝国って割とブラックなのか?
「下手に休暇などとれば途端に勘繰るやつもいて面倒だったから、大体はどこかの戦場にいた」
それって、ひょっとして皇位継承権に関わることなのだろうか?
「だから休暇も研究と嘯いて、フェリのところに足を運ぶこともあった。怪しまれないように、他の魔法使いのところにも足は運んでいたがな。だが、実際にフェリは戦に役立つ魔法を開発してくれた」
“フェリ”とは私のお母さまの名前だ。
「お母さまがですか?」
それも初耳だ。
「あぁ、野営用に魔物を寄せ付けないようにする魔道具だとか、堅固な結界魔法などだな」
「戦以外にも役立つものを、あの方はたくさん開発してくださった。屋敷を覆っていた結界もその応用だな。きっと例のマジックセーフティボックスもだ」
そう、シーザーさんも付け加えてくれる。
「マジックボックスやマジックバッグなら、高位な魔法を使える魔法使いなら作成できますが、金庫は初めてですよ」
「うん、初耳」
アレンとアリシアが続ける。
「どの家にもあるものだと思っていたので」
『いや、ないから』
と、みんなに一斉に言われてしまった。そうだったのか。お母さまって何気にすごかったんだな。
「済まないな。会いに行けなくて」
そう、お父さまは悲し気な表情をしながら私の頭にぽふっと手を乗せてくれた。
「見た目も見た目だ。俺にそっくりなのだから、そう何度も会いに行けば怪しまれる。まぁ、偽装工作は色々していたが万が一と言うこともあるから」
「でも、それは私とお母さまを守るためだったのですよね」
「あぁ、だが。フェリが死んだと聞いた時も、俺は駆けつけることができず、お前を迎えに行くこともできなかった」
「お父さまが私のために戦場を離脱したら、その代わりに犠牲になるひとたちが増えます。あの時は、ちょうど戦が激しくなっていた時期のはずです」
「だが、お前を犠牲にしたのと変わらない」
「いいえ。私にはザカリィがいましたし、ザカリィが助けに来てくれました。それにお父さまも皇帝陛下から色々権利をぶんどってこちらに来てくださいましたから。これからはずっと一緒です。これから一緒にいられるのでしたら、私は満足ですよ」
「リューリ」
「リューリ嬢はいい子すぎるなっ。ぐすっ」
「俺、あんないい子でいられる自信ないですよ」
「ん、私ならオヤジを1回殴るわ。そしたら許してやってもいい」
最後のアリシアの言葉はちょっと恐いけど、シーザーさんったら涙ぐむほどのこと?
ちょっと恥ずかしいんだけど。
「ちょっと待て!」
その時、ザカリィが不意に待ったをかけた。
「つまり、これからも貴様は俺とリューリの愛の巣にのさばるということか!」
いや、愛の巣って何!?
「当然だ。リューリもそう望んでいる。今までリューリを甘やかせなかった分俺はたーんと甘やかす」
それはそれで恵まれすぎていてありがたいのだけど。
「リューリを甘やかすのは俺の役目で権利だっ!」
「父親の方が優先に決まっている!」
「いや、夫だ!!」
「父親っ!」
「夫っ!!」
まーた始まった。
「あの、3人仲良く暮らしましょう!」
「あ、俺も侍従なのでついていきます」
「私も、神官長さまから許可は得ている」
「わぁっ!リッターさまとアリシアもついてきてくれるなんて、嬉しい!」
「アレンでいいですよ、リューリさま」
「では、アレンさま」
「呼び捨てでいいですよ。アリシアと同じく」
「じゃぁ、アレン?」
「えぇ」
アレンが満足そうに頷く。
そして。
「アリシアは神官のお仕事はいいの?」
「ん。神官に必要なことは常に日々しているし、訓練ならお屋敷でもできるから平気」
そ、そうなんだ。アリシアは神殿で働くことに特にこだわりは持っていないようで。
「それに団長を野放しにすると絶対暴走するから」
「あぁ、それはわかるわー」
「と言うか、お前ら!とっとと行くぞっ!仕事で来てるんだからなっ!」
『は、はぁい』
シーザーさんの声にそう言えばそうだったとハッとなる。
シーザーさんが言い争うザカリィの首根っこを掴んで引っ張っていくことで、どうにかお父さまとの諍いもおさまったらしい。
―――お互いに睨み合っているけれど。




