閑話:アレン
※暴力的な描写を含みます
※アレン視点のお話です
―――アレン。それは母さんがくれた名前だった。母さんはシュリュッセル王国の端っこの村で、俺を決して外に出さずに細々と養っていた。母さんはそんな暮らしで段々と弱って行った。それを決して俺のせいにはしなかったし、俺にありったけの愛情をくれたと思う。けれど、ある日、母さんは話しかけてもしゃべらなくなって、動かなくなった。そして何日も経った時、いきなり家の中に知らない男が入ってきた。
俺は抵抗した。母さんに手を出すなと叫んだ。
その瞬間、知らない男は脅えた顔をしていた。そして気が付けば血まみれの男が家の中に転がっており、俺は恐くてその場を逃げ出した。
外には大勢の知らない人間が集まっていた。
そして叫んだのだ。
―――魔物の子、と。
知らない人間たちは俺に石を投げて“来るな”と言った。家の壁の側にうずくまっても変わらない。彼らは石を投げ続けた。やがて夕暮れ時になると人間たちは去っていったが、俺を見張るように武器を持った男たちが離れた場所に立ち続けていた。
いつになったらこの状況が終わるのだろう。その日はとても長く感じた。夜が明ければ何かが変わるのかもしれない。そう感じたのは、ただの気のせいだったのだろう。
***
夜が明けると、鎧を身につけた集団が村にやって来て、俺に剣を突き付けた。
数人の鎧を付けた男たちが俺に迫ってきたからすかさず逃げ出せば、腕や脚を弓で射られ、男たちが放った炎に呑まれた。やがて動くこともできなくなった俺の腕を、鎧を着た男たちが乱暴に掴んだ。手首や足首に何かをはめた上に何かの液体を飲まされると、いつの間にか意識を失っていた。
***
―――あぁ、痛い、苦しい。
『魔物の子ってぇのは本当だったようだな』
『見ろ、あんだけやられてもまだ生きている』
男たちの声がした。
―――誰か助けて。母さん、助けて。
もう動かなくなった、母さんの名前を呼んだところで、答えてくれる声などない。
『あのガキはどうする?牢にぶち込めば』
『いや、王都に連れて行こう。生け捕りにしたうえで差し出せば、それだけ俺たちの報酬も上がるだろう。国王陛下も喜ぶに違いない』
国王、陛下?母さんから聞いたことがある。この国を治める偉い王さまのこと。俺はそこに連れて行かれるのか?そして、俺はどうなるんだろう。
今度こそ、殺されるのかな。
―――母さんは、生きて欲しいと言った。生き抜いて欲しいと。
けれど、俺に何ができる?こんな状況で、体もまともに動かせない。俺は再び、意識を失った。
***
『それで、お前たちが魔物の子を保護したというのは本当なのか』
落ち着いた、男のひとの声がした。
―――保護?これのどこが?
しかし、しゃべる気力もない。
俺は乱暴に腕を掴まれると、まるで捨てられるようにして投げられた。
『どうです、陛下!この状態でも生きております!この魔物の子を生きて捕らえたのです!これからの魔物討伐にも是非是非お役立てください!』
―――陛下?目の前に、陛下がいるの?
母さんが言っていた、国を、みんなを守ってくれる偉い人。けれど俺は、その中にはきっと入っていないんだ。
飲まず食わずのはずなのに、上手く開かない目からは涙が滲んだ。
あぁ、どうしてこんな目に遭わないといけないんだろう。
俺は、ただ母さんとふたりで暮らせればよかったのに。
『お前たち、こやつらを捕らえ、牢にぶち込め。他に共犯者がいるのなら即刻騎士団を派遣し捕らえて俺の前に連れてこい』
冷静な男性の声が響いた。
『御意』
それに応える複数の声。複数の慌ただしい足音。
『へ、陛下!?それはどういうことでっ』
『黙れ!』
同じ声のはずなのに、鋭く尖った声に俺を差し出した男たちが息を呑むのが分かった。
『ルークを、神官長を呼べ。この子に早く治療を』
『治療ですと!?この魔物の子が暴れ出せば大惨事になりますっ!どうか陛下!』
『黙れ!貴様らは、魔物の血を引いているからと言う理由だけで、俺の弟にも同じことをするのか!?』
―――陛下の、弟?
しかしその言葉に、俺を差し出した男たちが完全に沈黙した。
『もう、大丈夫だ』
そう、陛下の優しい声と頬に添えられた手の温もりを感じながら、俺は再び意識を手放したのだ。
***
「―――で、知ってます?聖者や聖女の魔法で、魔物が消失するという伝説があるんですって」
「へぇ、そんな讒言をまだ信じているものがいたのか」
「そうそう。それで済むなら戦場で苦労していませんよ。魔物を撃退しつつ一方では負傷者の治療。私がどれだけ慌ただしく動いたと思ってるんでしょうかね。あぁ、これ。南部の国境地帯から派遣されてきた神官見習いが言ってきた伝説です」
「南部の国境地帯か。あそこは今度重点的に洗わないとな」
「この子のこともありますしね」
「そうだな」
聴こえる二人分の男の声。ひとりは“陛下”の声だ。体には痛みがない。しかもどこかふかふかな場所に寝かせられている。
「おや、目が覚めましたか?」
俺の顔を覗いて来たのは黄色みたいな変わった茶色の髪に深い夜空のような瞳を持つ男だった。
その背後には、銀色の髪に同じ色の瞳の男が立っている。
「もう大丈夫ですよ。治療しましたから。まだ痛いところはありますか?」
「・・・」
「言葉はわかります?」
俺はコクリと頷いた。
「随分と衰弱していたんだ。まずは回復させることを最優先にしよう」
この声は“陛下”の声だった。あの銀髪のひとが陛下なのだ。
「ゆっくりと休んでくださいね」
そう言うと、優し気な変わった茶色の髪の男のひとは、俺の頭を優しく撫でてくれた。




