アレン・リッター
「はい、署名完了です」
「あぁ、俺もだ」
ザカリィと私の婚姻に必要な書類を揃えれば、それを副団長さんがまとめてチェックしれくれた。
ついでに、ランツェ伯爵位の返還手続きの書類も含まれている。この書類がなければザカリィが爵位をもらえないし、そして私もザカリィのお嫁さんにはなれないから。
そして、これが陛下に受理されれば私たちは本当に夫婦になるのだ。
―――うぅ、まだ実感はわかないけれど。
「よし。この後はザックの叙任式だ。急ごしらえで簡略的には行うが、ザックは来い。本人だからな」
ザカリィは今回の褒章として返還されたランツェ伯爵位を昇爵させたランツェ公爵の爵位を陛下から与えられ、臣籍降下するのだ。
お披露目は後日準備が整ったら、今回の討伐団のみんなをねぎらうためのパーティーが開かれる時に発表されることになっている。
ザカリィたちも討伐団の事務的な事後処理を終えたら本格的な彼らの長期休暇が与えられるそうだ。暫くは色々な準備が整うまで私はザカリィが城で与えられた宮で過ごすことになっている。
もちろんお父さまも一緒だ。ザカリィは不満げだったが、“監視”も含まれているとのことでお父さまはザカリィの宮の一室に滞在することとなった。
原作で魔王と呼ばれたザカリィが、ラントカルテ帝国の大神殿で“魔王の再来”と予言されたための“監視”として、お父さまはシュリュッセル王国での地位と国籍をもぎ取ってきたらしい。まぁ、監視と言うよりもザカリィと仲良く(?)言い合いをしているだけな気がする。
「だが」
そして叙任式に出席しなければならないザカリィだが。ザカリィが私をぎぅっと抱き寄せる。何だろう。甘えているみたいで妙にほっこりくるなぁ。
「お前、また王妃さまに怒られても知らんぞ」
と、副団長さん。
「・・・っ!!」
その瞬間、ザカリィがカッと目を見開く。
やっぱり王妃さまって最強のラスボス・ザカリィを通り越して最恐なのかな?優しそうな方だったけど、どんな方なんだろう。ちょっと気になる。
無論、原作ではまず国王陛下が違う方だったので王妃さまの人柄などが分かる知識は得られなかったし、そもそも登場しないのだ。
英雄王陛下とその妻の王妃さまについてはこちらの世界の歴史の勉強で習った知識のみしかない。ここら辺は本当に未知数かも。
「わかった。少しの間だが席を外す。リューリ」
「うん、わかった。頑張ってね」
いや、頑張るほどのものかはわからないけど。簡略的とはいえある程度儀礼に則って行うわけだし緊張はするのかな?
昔添い寝してもらっていた国王陛下が相手だとは言え。
「あぁ、リューリ。なるべく早く帰ってくる」
そう、ラスボス感など微塵も感じさせない優しい微笑みを私に向ければ、ザカリィの顔が不意に近づいてくる。
ちゅっ
―――へ?
今、唇にっ!
ザカリィの唇が、私の唇に触れた?
「アレン、戦神がリューリに妙なことをしないかどうか見張っていろ」
いや、しないと思うけど。お父さまだし。ザカリィったら一体何をアレンに命じているんだ。あぁ、でも唇に。
「善処します」
そしてアレンの言葉が可でも不可でもないグレーだしっ!いや、それよりも唇に。
「行ってくる」
「あ、う、うん」
私は呆然としながら副団長さんと陛下の元へ向かうザカリィを見送ることしかできなかった。だって唇にっ!!
「あの小僧・・・いい度胸だ」
ひぇっ!?お父さまの方から尋常ならざる覇気が漂ってくるっ!!
ハッとしてお父さまの方を振り向けば。
「どうした、リューリ。あの小僧、調子に乗っているようだからひとつ目にもの見せてやろうか?」
キラッ。
そう言えばお父さまもザカリィに負けず劣らずイケメンなのよね。そして爽やかスマイル。戦神と言われている以上恐そうな顔をしていると思えば、ザカリィと同様に美人だし。
―――それに加えて私って普通だからな。お母さまは私がお父さまにそっくりだって言ってたけれど。
※なお、この回想についてはあくまでもリューリの個人的な所見であり、ザカリィ的には:リューリはかわいいリューリはかわいいリューリはかわいい(以下略)である
あれ、今、何か注釈が出なかったか?ザカリィのおなじみの呪文も聞こえたような気がするけど。まぁ、いいか。
「そ、その。私は大丈夫ですっ!!」
「明らかにテンパってる。ほら、ハーブティー」
アリシアがくれたハーブティーをごくりと飲み干す。
「ハァハァハァ」
「リューリ、大丈夫か」
お父さまのそのイケメン顔を間近に引き寄せられると更に大丈夫じゃなくなります!!
「ほら、少し横になりなさい」
「あ、はい」
私はお父さまの反対側に横になろうとしたのだが。急に体が浮き上がり、一気に私はお父さまによって横になる体勢に整えられた。そして私の頭の下には。
「これで大丈夫だ」
だ、大丈夫じゃない~~~っ!!!私、いまお父さまにお膝枕されてるんですけど!?しかも頭なでなで付きだしっ!うぅ。横向きに寝ていなければお父さまの美しい顔面を直で見なければならなかった。横向きで寝られることがこんなにもありがたいなんて初めて知った。
「アレン、あれはいいの?」
「あぁ、善処している」
アリシアの問いに答えるアレン。そうなのアレン!!それとも横向きだからまぁいいや的な!?仰向けだったら善処して横向きに寝ることを提案してくれたんだろうか!!
アレンがザカリィに向ける忠誠の眼差しを今まで見てきたけど、それでもアレンはザカリィを信頼しているように思えた。やっぱり、同じような境遇だからかな?
まぁ、私が知っているのは原作の知識であり実際のアレンの事情とは異なるかもしれないけど。それに、アレンがザカリィの側に仕えていることがまず原作通りではないのだから。
確かアレンは、とあるシュリュッセル王国の村で魔物との混血の子だと迫害されているところを騎士団によって王城に連れてこられる。そしてそこで偶然にもヒロインと出会い救われる。そんな流れだったはず。そしてその出会いがのちのヒロインとの魔物討伐に出掛けるきっかけとなる。
まぁ、原作のヒロインたる聖女・ユーフェミアは神殿から脱走して、戦地に行くことも当然ながら拒否したのだろうけど。
その時点で原作とは違う。原作にもラントカルテ帝国は出てきたけれど、シュリュッセル王国とは隣国の関係で宗主国と属国の関係だと示唆する表現はなかったはず。そして帝国の守護神“戦神”の存
在もこの世界に転生して、世界史の勉強で始めて知ったのだ。
まさかそれが、小さな頃から魔法文でやり取りをしてきた自分のお父さまだとは思わなかったけれど。
私と魔法文でやり取りをしている間も、お父さまはずっと戦場にいたのだ。守護神として、戦神として私たち多くの民を守るために戦い続けていたのだ。
魔法文は、魔法でつづられた文。読めばそれで消失してしまい文を読んだ証拠も残らない。だからこそ、自分との関係をなるべく隠し通すためにはもってこいのもので、常に各地の戦場を行き来するお父さまとの連絡手段としては魔力さえ封じられなければ確実に文をやり取りできるものだった。そして、特定の魔力を持つ者にしか開けられない魔法文。
何故かこの間槍にくっつけてきた魔法文には実際に紙の手紙が付いていたけれど。あれが最後だから、お父さまはわざわざ形に残るものを私にくれたんだろうか。因みにその槍はザカリィのお部屋に飾ってもらっている。文と一緒に。
ザカリィは渋っていたが、国宝級の価値のある槍だそうで。堅物そうな副団長さんのテンションがおかしなことになるほどのものだったらしく、丁重に飾ってもらっている。
幸い、私はランツェ家出身で、ザカリィが新たにもらった爵位・ランツェ公爵家もその語源は“槍”と言う意味だ。あれはあれでランツェ公爵家の家宝にしたらいいんじゃないかなと思う私。それを提案したらザカリィは妬きそうだけども。
てか、お父さま。何故そんな国宝級の槍を魔法文の技術を応用して寄越したんですかぁっ!!
「あの、戦神さま。不躾と思いますが、発言をお許し願えますか」
その時、不意にアレンの声がした。
「“オーヴェ”でいい。発言を許そう」
と、お父さま。
「では、オーヴェさま。先ほどオーヴェさまはザックさまがその出生の事情ゆえに、ラントカルテ帝国の大神殿から魔王の再来と予言されたと仰りました」
うん。原作ではザカリィは本当に魔王と呼ばれるんだけどね。
そして、アレンは先ほどまでは“団長”と呼んでいたけれど、普段ザカリィを愛称で呼んでいるんだ。きっと私が原作の知識では計り知れない彼らの間の絆があるんだろうな。
「アリシアももちろん知っていますが、恐らく俺のことをご存じだったリューリさまも俺の出生のことはご存じと思います」
うん、まぁ原作の通りならばアレンは魔物の血を受け継いでいる。恐らくそのことだろうが。ユーフェミアが先ほど騒いでいたことに副団長さんや周りの団員のみなさんが怒っていたように、きっと周りの団員さんたちもその事情をご存じなのだろう。
「俺は、ザックさまと同じく魔物の血を受け継いでいます」
「それについては帝国でも聞き及んでいる」
お父さまが冷静な口調でそう告げる。
そっか。やっぱり帝国だもの。ザカリィの側に仕えるアレンのことは聞き及んでいるよね。ただでさえザカリィのことを“魔王の再来”かもしれないと訝しんでいるんだもの。
「それは本当にザックさまのことなのでしょうか。魔物の血を受け継いでいるということが条件ならば、俺もその候補に挙がるはずです。何故、ザックさまがそのようなっ」
アレンの口調は苦し気だった。
―――確かに原作のアレンも、第2のザカリィになり得る存在として、最期はヒロインの手で命を絶たれることを選んだのだ。
私は、アレンに死んでほしくない。
ザカリィに向ける尊敬のまなざしと忠誠心は、口は多少毒舌でも側で見ていればひしひしと感じるのだ。
アレンの本当の幸せを願ってしまうのは、やっぱり原作のあのラストに納得していないからで。アレンは原作ではただの“アレン”。けれど今はアレン・リッターと言う名のザカリィの側近だ。アレンの運命がザカリィの側にいることで変わるのであればアレンの幸せも願ってしまうのだ。




