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5・私に言わせるつもりですか


 あったかい。

 気持ち良くてふわふわする。何だろなぁこの安心感。

 抱き枕より肌に吸い付く心地よさ。ずっとこのままでいたいなぁ、なんて思いながらも目はぱちりと開いた。


「ああ、起きましたか?」


「お……芙蓉……」


 目覚めた瞬間、間近に視界に入る芙蓉の顔を見て数時間前の出来事を思い出す。


「お、おぉ、そうかあたし」


 芙蓉と、うん、アレだ。


「御馳走様でした」


「そこはもう少し恥じらいのある言葉にならないんですか」


 呆れる芙蓉にあたしはだってぇと肩を竦める。そして気付く。あたしがちゃんと服を着ているのに。


「――裸のまま寝ては風邪を引きます」


 頬を赤らめて芙蓉が咳払いをした。するってぇとつまり芙蓉が着せてくれたのか。でもそれって裸で起きるより恥ずかしいのは何でだ。意識がない時に着せて貰ったから!?

 でも、そういう真面目さが芙蓉らしいよなぁ。そんな一面を知れた事に関しては自分が特別な位置にいるみたいで嬉しい。枕元には昨夜で贈った手作りのスヌードも大事に畳まれているし、色々くすぐったい。


「……ニヤニヤされてる所申し訳ないのですが、大事な話をしましょうか」


 不意に強張って真面目に(いつも真面目だけど更に緊張感を増した)顔付きの芙蓉にあたしは首を傾げた。

 大事な話。考えられるのはあたしと芙蓉の関係しか思い浮かばなかった。好きだと想いを告げて同意の上での行為とはいえ、女子高生と、その女子高生を一時的に預かる保護者との間で起こった事は、当然、あまり許されたもんじゃ、ないよね?

 あたしに後悔はないけど、芙蓉はなかった事にしたいのかなぁ。

 思うと既に涙が滲んでいるあたしを見て芙蓉は顔をしかめた。ほら困ってる困ってる。聞き分けよく聞けるだろうか。それ以前にこれ以上一緒に暮らしていけるの? それともみっともなく食らいつく? 好きなら力ずくでも振り向かせたい。でも困らせたくない。

 どうしようどうしよう。ほら芙蓉が話を切り出す前に覚悟を決めろあたし!

 キュッと目を瞑って歯を食いしばりまるでビンタでも堪える態勢で構えると芙蓉の溜息が聞こえた。


「もしかして、よくない想像してます?」


 待ち構えたものとは違う言葉にあたしは目を開けた。相も変わらず芙蓉は渋い顔。だけどその表情には暗にあたしをアホだと言いたそうな、憐憫の色合いが見える。


「……よくない想像って、あたしの場合、昨夜の事がなかった事になる話だけど……それ?」


 恐る恐る尋ねると芙蓉はそれだと肯定の意で頷いた。


「……じゃあ芙蓉はあたしとの関係は嫌じゃなかったと思っていい?」


 聞けばまたも芙蓉が頷いて(しかも今度は照れて)くれたので、あたしは安堵と喜びに任せて彼に抱き付いた。嬉しさのままキスを浴びせれば最初は戸惑いながらも徐々に受け入れる芙蓉と深く息を重ねる。この唾液を混ぜた水音と耳の中で反響するような荒い息遣いの恥ずかしさがくすぐったくて癖になるんだよね。

 そう感じながら芙蓉の胸元に手を差し込もうとすると、急に体を引き剥がされた。


「あの、話を進めてもよろしいでしょうか……?」


 無理に息を整えた芙蓉が必死に体裁を繕おうとするからあたしは笑った。残念だけど別れ話じゃない内容なら我慢して耳を貸そう。

 発情を控え、聞く態勢に入ったあたしに対し芙蓉は軽く咳払いをして話す態勢。

 ふたり向かいあって改まって正座して膝を突き合わせるのもくすぐったいよなぁ。などと、締まりが悪くなりそうな口元を両頬に指を当てる事で引き締めていたらその一回目の大事な言葉するりと放たれた。


「……なんつった?」


「可哀想に。耳が遠くなりましたか?」


「イヤミ変わんないんだね! いやいや、だってちょっと芙蓉、さすがに……」


 聞き逃した訳じゃない。ただ、芙蓉の発言が一足飛びというか、将棋の桂馬みたいにポンポーンと斜めに着地した気がして聞き返さずにはいられなかったんだ。

 だって、同居して大分経つとは言え、やっちゃったとは言え、まだ付き合ってすらいないのに、


「婿に貰う気はないですか? って、そりゃツッコミたくもなるわ!」


「まあ、正論ですよねぇ」


 芙蓉は苦笑を交えつつ、でも本気ですよと念を押す。


「これでも私、かなり執念深い方でして、付き合うなら墓場まで覚悟して欲しいのですよ。今ならまあ、まだ、ね?」


 つまり芙蓉と付き合うって事は結婚が前提になるって事が言いたいのか。

 確かに真面目な芙蓉らしい考えっぽい。そんでもって結婚はまだあたしには実感のない二文字。芙蓉が念を押すのはその為だろう。あたしが芙蓉と付き合う事が、そのまま結婚に直結するなら、この後のあたしの他の人との恋愛はきっとあっちゃいけないんだ。

 でも、まあ、芙蓉が相手なら問題はなくはない気はするんだよね。後にも先にも芙蓉以上の男なんている可能性は一京分の一だってない気がする。

 これはあたしの人生最上級の純愛だ。

 純文学の一文らしく言うのなら、人生で最後の恋である。

 だけど、やっぱりそれでも腑に落ちない点が一つ。


「それで芙蓉が婿に入る意味が分かんない」


「それはそうですね。私だって本当ならキチンと嫁に来て下さいと言いたい所なんですが……」


 溜息一つ。零して芙蓉は肩を竦めた。


「智さんのご両親は、正直結構変わってますよね」


「実の娘だけど、実の娘だから否定出来ないね」


 なにせ、新婚旅行先のインドでニルヴァーナした時の子があたしだから「さとり」と名付けた親だ。それを自分の名前の由来を宿題に出された六歳の小学生に教えてまんま発表させた親だ。今でも思い出せる。参観日の発表会で意味が分からない同級生と、何とも言えない微妙な顔した父母と担任。

 おまけにうら若き女子高生を若い男と同棲させて海外赴任よ。普通の親よりはちょっと感覚がズレてるのは否定してもアホらしい。

 しかもその話題が今持ち上がるって事は、多分十中八九うちの親が絡んでんだろう。


「芙蓉、あんたなんて言われたの。婿に来いって言われたか」


 あたしの親なら芙蓉は断然お気に入りの筈だ。そんな話、あってもおかしくない。察して先を促せば芙蓉は切り出しやすそうに頷いた。


「最初、智さんを預かってくれと言われた時、既に下宿は開いてないし祖母もいないし、私が男だからお嬢さんは預かれないと断ったんです」


「しつこく口説かれた?」


「今にして思えば、初めからその気で顔を合わせたかったんでしょうね。うちの娘に魅力がないかとか、一緒になれば分かるとか承諾するまで毎日というか毎時というか……」


「よく通報しなかったね」


「祖母が世話になった方々ですしね。一応の所、あなたが卒業するまでに何もなければ立ち消えになる期限も設定されましたし」


 ふとここで芙蓉の頬が赤く染まる。

 そっか。結局はあたしとこうなったって事は、つまりは両親らの思惑通りにハマったって意味だもんね。芙蓉の事だから毅然と断った手前、ちょっとばつが悪いかろう。

 だけど、そこでなかった事にはしない芙蓉の態度には誠実さがあってあたしは嬉しい。


「うちの親の思い通りは悔しい?」


「女子高生に絆されない自信があった自分が恥ずかしいです」


「可愛いなぁ」


 素直な芙蓉が愛しくてついにあたしは彼を抱き締める。

 自分の腕の中に収まる、モデル顔負けの小さな頭にふわりとした触り心地の髪を撫でてあたしの胸はいっぱいだ。


「あたし、芙蓉ならこれが最後の恋でも全然平気だ」


 力いっぱい抱き締めて囁くと芙蓉もあたしの腰に腕を回してきた。互いに顔を合わせてキスをする。ちょっとだけ照れ臭かったけど、なんか色々と満たされた。


「芙蓉、あたし、あんたとずっといていいと思うよ? あんたは?」


 あたしとずっと一緒でかまわない?

 聞いたら芙蓉はあたしの耳を甘噛みして囁いた。


「私に言わせるつもりですか?」


 そんなの今更だと言わんばかりの態度で芙蓉はなんとも意地悪に微笑う。


「今日くらい甘い言葉をあなたから下さいよ。だって今日は」


 バレンタインでしょう?

 甘く低い声がまた耳元をくすぐる。こいつ、あたしが耳は弱いって知って狙っているな。

 悔しいけれど、そんな風に素直に芙蓉が甘えるのも珍しいので悪い気分じゃないので上乗せしてまた悔しい。

 こうなったらホワイトデーは三倍に搾り取るんだから。

  そう意気込んであたしは芙蓉にキスをしながら彼のシャツに手をかけ、静かに布団に押し倒す。


「ちょ、智さ……」


 男女逆転状態に慌てふためく芙蓉の口を人差し指で制し、あたしは彼の腹の上に跨り、見下ろして微笑んだ。


「今日だけしか言わないから覚悟して聞きなさいよ」


 あたしは着ているシャツを取っ払い、芙蓉の顔を持ち上げて再度深く深ーくキスをしてこう言った。


「婿に来い」


 芙蓉は苦笑して頷いた。






【END】


 読了ありがとうございます。

 全五話と短いものでしたが楽しんでいただけたら幸いです。

 この話は本屋のお兄さんのスピンオフとなってはおりますが、お兄さんキャラは出ておりません。期待された方は御免なさい。

 もともと、バレンタインの企画の短編として別のお兄さんを出したのが始まりです。企画中に本屋の連載とかぶっていたので、本屋本編の方に管理人さんがちらりと出ていますが探してもなんら得にはなりません。

 最後に、タイトルはフリーのお題提供サイト、「確かに恋だった」さんからお借りしました。ありがとうございました。




 2012/8/8 藤和葵

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