不格好な金槌
コン。
コン。
工房には乾いた音が響いているが、私は今、金床の前にはいない。今は少年用の細工ナイフの握りを調整している。音の正体は、少年が錫を叩く音だ。錫は熱しなくても叩いて形を変えられるし、失敗しても簡単に溶かして再利用できる。練習にちょうどいいと思い、仕上げ仕事のない時は、こうやって錫で槌を振る練習をさせている。
コン。
コン。
「まだ力入ってるね。金槌の重さを利用して叩きつける感じでね」
「はい」
ここ数日練習しているので最初の頃よりは慣れてきたが、長く振っているとどうしても体に力が入りがちになる。私や少年のように非力な職人は道具の使い方でこの部分を補う必要があるのだが、これがなかなか難しい。
「丁寧にするのも大切だけれど、できるだけ早く叩けるようにね」
「はい」
しばらく少年の槌の音を聞きながらナイフの柄を削り、程よい太さになったところで少年の手元を確認しに立ち上がる。今は、手に持った金槌の頭をイメージして、丸みを帯びた四角い塊になるよう叩かせているのだが、なかなか綺麗に仕上がっているようだ。
「少し出てくるから留守番よろしくね」
そう少年に伝え、工房を出て街を目指す。あの様子なら、この後実際に鉄を叩かせてみるのもいいかもしれないが、それだとお昼を買いに行く時間がなくなってしまう。本来はこういうのも弟子に頼むのだろうか。しかし、せっかく集中しているところで手を止めさせるのはなんだか申し訳ないし、私の手も空いているのだから、私が行っても問題ないだろう。
行きつけのパン屋に到着すると、馴染みのおばさんがにこやかに出迎えてくれる。街に数軒あるパン屋の中で、ここのおばさんだけは最初からこの笑顔で対応してくれた。もちろんパン自体も美味しいし、チーズや野菜を挟んだ軽食パンも扱っているので、お昼を買うついでに保存用のパンも買えて重宝している。
「おや、エルフちゃん。お昼かい?食べていくだろ?」
「ごめん、おばさん。工房に弟子を待たせてるから今日は買って帰るよ。白パンのサンド二つと黒パンひとつもらえる?」
「おや、弟子なんて取ったのかい。今度うちにも連れておいで。サービスしてあげるから」
カウンターに持ち帰り用の布を広げると、パン屋のおばさんが丁寧に商品を包んでくれる。ここは食堂ではないので食事をしていく人はほとんど居ないが、常連の中にはカウンター横の木箱に腰掛け、おばさんとお喋りしながら食事をする人も少なくない。私もそんな常連に混ぜてもらえているのは素直に嬉しく感じる。
「これおまけね。皿はまた買いに来るときにでも持ってきておくれ」
パンの包みと一緒に木皿に乗せた野イチゴを一盛り渡してもらう。礼を伝え、互いに笑顔で手を振って店を後にした。ここのおばさんはこうやって時折おまけをくれる。これはスプレッドにした野イチゴのあまりだろうか。ひとつ口に放り込むと春の森の爽やかな酸味が口に広がった。
工房の扉を開けると、私が出る時と同じ場所で少年は錫を叩き続けている。作業台の脇には形の整った錫がいくつか並んでいるので、あの後もサボらず練習していたようだ。このくらいの歳の子は目を離すとすぐサボる、みたいな話を以前どこかで聞いた気がしたが、これも人それぞれということなのだろう。
パンを戸棚にしまい、少年の叩いた錫の塊を手に取る。細かく叩いたようでかなり綺麗に形が整っているが、少し丁寧すぎるかもしれない。丁寧さは後から身につけるのはなかなか難しいので、鍛冶職人の土台としては理想的だ。早さに関しては、実際に鉄を叩いて実感させた方がいいかもしれない。
倉庫に入り鋼を漁る。去年の冬に私が塊鉄から育てた鋼だ。ちょうど金槌の頭に良さそうな小ぶりな塊があった気がするのだが、どこにあっただろうか。鋼は同じ箱に適当に放り込んであるので探すのがちょっと面倒だ。大きな工房だとサイズごとに分けたりするのだろうか。そんなことを考えながら目当ての塊を掴み取る。
「錫は一旦終わりにしてこっちにおいで」
そう少年に伝えると炉の前に移動し、炭に魔法で風を送り温度を上げる。炭を眺めていると少年がこちらへやってきて横に並ぶ。
「槌はだいぶ慣れた?」
「まだ難しいですけど、形は綺麗に作れるようになったと思います」
「じゃあ今から実際に熱した鉄を叩いてみようか」
「何を作るんですか?」
「君専用の金槌だよ」
そう言うと少年の顔がパッと明るくなる。今まで私の道具を使わせていたが、いつまでもそうしているわけにもいかないし、何より自分の道具を作るのは鍛冶職人にとって大切なことだ。特に毎日使う金槌は定期的な調整も必要になる。自分で作れないものを調整するのはなかなか難しい。
「この鉄を使うんですか?お鍋に使う鉄とは形がちょっと違いますね」
「それは私が育てた鋼だからね。でこぼこしてるのは金槌の跡だよ」
鋼を金床で叩くと、軟鉄とは違う少し高い音が響く。少年も音の違いに気づいたようで、何度か頷きながら鋼を見つめている。
「さっきまで金槌の頭の形になるように錫を叩いてたでしょ?今からこれを同じように、金槌の頭になるよう叩いて形を整えてもらうからね。温度管理は私がやるけれど、叩くのは君に任せるから自由にやってみて」
「僕にできますかね?」
「最初から上手になんてできないよ。これは売り物じゃないし、君の道具になるものだからね。叩く面と柄を通す穴は私が仕上げるから、どんな形でも仕事はできるし、好きにやってみるといいよ」
そう伝えると鋼を炭に突っ込んで温度を上げる。少年は金槌を握りしめて真剣に炉の中を見つめている。程よいところで引き抜くと、それを金床の上に乗せる。
「さあ頑張って」
ベシッ。
ベシッ。
少年が金槌を振るうと、粘土を叩くような鈍い音と激しい火花が飛ぶ。鋼は軟鉄より激しく火花が飛び散るので怖がるかなと思っていたのだが、その心配は杞憂だったようで、少年は額にびっしり汗を浮かばせながら真剣な目つきで鉄を叩いていく。
「回してください」
「ほい」
少年の指示に合わせて鋼の向きを変え、また少年が叩く。数度繰り返すうち槌の音が高くなり始め、火花は弱まり赤黒い鉄の屑がポロポロと落ち始める。槌を振るのを止めさせ、鋼を炉に刺して温度を上げ、再度金床で叩かせる。
何度か繰り返しているうちに、だんだんと金槌らしい形状に近づいてくるが、少年の表情は納得いかないようだ。気の済むまで叩かせてやりたいところだが、そうも言っていられない。
「ちょっと金槌貸してくれる?」
少年から金槌を受け取ると鋼を炭へ差し込み、温度を上げる。熱した鋼を金床に横向きに置き、中心へタガネを両側から打ち込んで柄を刺す穴を開ける。続けて分厚い平らな当て金を置き、その上に鋼の頭の叩き面をあてがい、上から金槌を叩きつける。しばらく鋼の色を真剣に見つめ、鮮やかな夕日の色から桃色に変わる頃合いを見て、床に置かれた水の入った壺に突っ込み焼入れをする。
ゴボゴボ。
ジュワワ。
激しい沸騰音とともに、目の前が真っ白になるほどの水蒸気が爆発的に立ち上る。水底へと沈んだ鋼は、水を沸騰させながら水中で一瞬だけボワッと怪しく赤く光り、それから急速に黒い鉄の塊へと変わっていく。
「もう終わりですか?」
私がさっさと仕上げをしてしまったことに少しだけ不満そうに少年がつぶやく。先に説明しておくべきだったかもしれない。色々考えた末に説明を省いていたが、誰かにものを教えるというのは本当に難しい。
「鋼って何度も熱して叩いてると柔らかくなりすぎちゃってダメになるんだよ。でも最初からそれを言っちゃうと焦って手元が狂うかもしれないでしょ? 黙っててごめんね」
焼入れを終えた金槌の頭を水から引き上げ、一度ヤスリで表面の黒皮を少し削り、銀色の地肌を露出させてレンガの上に置く。水から出したばかりの時はひんやりとしていた鉄肌が、中心に残っていた芯の熱によってじわじわと温かい熱気を放ち始めていた。少々不格好だが使う分には問題ないだろう。
「なんだかヘンテコな形じゃないですか?」
「そんなことないよ。これでも十分仕事はできる。むしろ初めてにしては上出来じゃないかな。錫と違って、何度も叩けないから難しかったでしょ」
「錫は丁寧にちょっとずつ叩いて形を整えられたので、鉄でもできると思ってました。でも、早くするのにも理由があったんですね。早くしようと思ったら、それはそれで変な形になりそうですし、鍛冶って本当に難しいんですね」
私は少年の頭を優しく撫でる。言葉足らずな私の指導から、この子はちゃんとひとつずつ学んでいる。それこそ、教えた以上のことを吸収しながら。
「見てごらん。これは正真正銘、君が作った最初の道具だよ」
先程までは少し不満そうな表情だったが、そう言われて少年は少し誇らしそうにレンガの上の金槌を見つめている。形は歪で少し不格好だが、小さな鍛冶屋の少年の初めての相棒が、そこには確かに存在していた。




