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エルフの鍛冶屋 ―辺境の街で紡ぐ小さな物語―  作者: ぱられ


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鍛冶屋とエプロン

 昼食を終えると、工房には向かわず商店街の方へ足を運んでいた。先ほどの話をしていて、最も大事な買い物をまだしていなかったことを思い出したのだ。


「ねぇ親方」


「親方じゃないけど何?」


「まだそれ言うんですか?」


「何度だって言うよ。で、なに?」


「今どこに向かってるんですか?工房は逆方向ですよね」


「着いてからのお楽しみだよ」


 様々な商店が立ち並ぶ一角に目当ての店が見えてくる。革や織物を扱う職人向けの服飾店だ。見た目は質素な割に高価だが、丈夫で長持ちする職人好みの衣類が取り揃えられている。荷車を邪魔にならない場所へ置き、少年を連れて店内へ入る。店内と言っても倉庫のような造りをしていて飾り気があるわけではない。こういうところも職人に好まれる理由なのだろう。


「今から君のエプロンと手袋を買います。本当は弟子入りしてすぐに準備してあげるつもりだったんだけど、お休みも挟んだからすっかり忘れちゃっててね」


 そう言いながら店の奥、カウンター近くの棚を物色する。入口付近とは違い、奥へ行くほど高価な素材のものが多い。普通の動物の革製品でもいいのだが、鍛冶をするとなると熱に強い魔物の革を選ぶのが無難だろう。いくつか広げて確認していると、少年が私の服の裾を引っ張った。


「僕はまだ弟子になったばかりですし、入口にあった古いエプロンでもよくないですか?」


 少年が指さす方向には、下取りに出されたのだろう中古のエプロンや革製品が並んでいる。ところどころ穴が空いていたり、ほつれた部分を切り落としたのか少し小さくなっていたりと、使い込まれた物が多いように見えた。


「エプロンや手袋は怪我をしないために身につけるものだから、変に遠慮しなくていいんだよ。それに新品の方が長く使えるでしょ?」


「でも親方、エプロン使ってませんよね?」


 そう言われて自分の服を見る。薄い空色の煤けた作業服に、私はエプロンをしたことがない。だが、これには一応理由がある。


「実はこれ、南方の国に生息している羊型の魔獣の毛を織って作ったものでね。耐火性能はそこらの魔獣の革なんかより、よほど高性能なんだよ。ちなみにこういうのは店頭には並ばないから、注文して作ってもらうものが多いね」


 実は少年にも同じ素材で作業服を誂えようかとも思ったのだが、まだ成長期の少年に服を作るのは早いと思い、今回はエプロンを選んでいる。私としては作業服案より妥協したつもりだったのだが、それでも少年には気が引けるようだ。


 どうしたものかと悩んでいると、店の入口から黒い塊が入ってきた。


「なんじゃ、エルフ。買い物か」


 ドワーフは私たちの横を通り抜けると、店のカウンターに手袋を乗せて何やら話している。どうやらほつれた手袋の修繕に来たようだ。すぐに直ると伝えられたのか、手持ち無沙汰になった様子でこちらへ近づいてきた。


「この間はありがとね。あのあと正式にこの子を弟子として迎えることにしたんだよ。今日はエプロンと手袋を準備してあげようと思って来たんだけどねぇ」


「僕はまだ弟子になったばかりなので、あっちの古いエプロンでもいいと思ったんです」


 少年の指さす方向へドワーフも目を向けるが、すぐにフンと鼻を鳴らした。


「まぁ、あれも悪くはない」


「そうですよね!じゃあ僕はあれを……」


「荷運びや新人冒険者なら、あれでもいいじゃろ」


 その返答に少年は首を傾げている。どうやらエプロンならどれも同じという認識だったようだ。用途について説明するべきだったのか。さすがは多くの弟子を抱える鍛冶屋だ。説明がうまい。


「荷運びや清掃作業であれば、穴が空いている程度は問題にもならん。じゃが坊主は鍛冶屋になったんじゃろう。炉の前は高温じゃし、火花も飛ぶ。うっかり熱した鉄がぶつかることもあるかもしれん。そんなとき用途の違う道具を使っていて怪我をすれば、治療費のほうが高くつくし、治せる怪我ばかりとも限らん」


 少年は真剣な表情で頷きながら耳を傾けている。


「いい道具を使うのは、自分を守り、工房を守ることに繋がる。ワシのところでも新人の弟子には、まず質の良い道具を準備するところから始まる。何も特別なことではない」


 少し悔しいが、他の工房の職人の言葉だからこそ納得できることもあるだろう。特に私の工房には少年以外の弟子がいない。他の工房でも同じように道具を準備されると聞けば、私が甘やかしているわけではないと理解できるのかもしれない。


「私が君を甘やかしているように見えたのかもしれないけれど、職人にとって道具選びは大切なことなんだよ。どんな職人も失敗しながら色々なことを学んでいく。でも、その失敗で怪我をしちゃったら、せっかく学んだことを活かせなくなるかもしれない」


「それに教える側の師としては、せっかく教え込んだ技術を活かせんまま職を辞するのは困る。ワシらの時間が無駄になってしまうじゃろ」


「言い方」


「事実じゃ」


 このドワーフは言っていること自体は間違っていないが、どうにも言葉選びがきついところがある。無駄になるとまでは言わないが、もっとこう……優しい言い回しはできないものだろうか。


 しばらくドワーフの横顔を睨みつけていると、少年がクスクスと笑い始めた。


「僕はてっきり、親方が優しいから無理に高価なものを選んでいるのかと思ってたんです。でもドワーフさんのところのお弟子さんも同じなんですね。まだ弟子になったばかりですが、僕ももう鍛冶屋なので、ちゃんとした道具を使いたいです。よろしくお願いします」


 少年は私に頭を下げると嬉しそうに微笑んだ。


 それからドワーフの意見も聞きながら少年のエプロンを選ぶ。私としては耐火・耐熱性能の高い北部産ワイバーンの革を使った物を選ぶつもりでいた。着ていて涼しいし、丈夫で軽いので最適な選択だと思っていたのだが、「暑さに慣れるのも鍛冶屋の仕事だ」とドワーフに却下され、結局この辺りで比較的入手しやすい火吹きトカゲの革を選ぶことになった。


 やはり私は少し過保護なのだろうか。


 ドワーフと別れ店を後にする。手袋はサイズの調整が難しいので、エプロンほど高価ではないが、しっかりと手に馴染むものを選んだ。エプロンは肩紐で調節できるので、職人用のしっかりしたものを選べたように思う。


 荷車を引いてきたので積んで帰ろうかとも思ったが、少年が着て帰りたいというので、そのまま肩紐を調整してもらった。少し大きなエプロンを身につけた少年は、歩きながら何度も嬉しそうに胸元を撫でている。


「これで炉の前に立って仕事ができるようになるね。他にも必要な道具は色々あるだろうけれど、また思いつくたびに少しずつ揃えていこうか」


「僕、鍛冶屋に見えますか?」


 少年は駆け出すと私の前に立ち、両手を広げる。


 幅が広くて、エプロンというより革に包まれているようにも見える。裾も長く、足首まで隠れてしまっていた。


 このエプロンが似合う頃には、どんなことができるようになっているのだろう。もしかしたら私より力が強くなって、大きな武器まで作れるようになっているかもしれない。


「いいね。かっこいい」


 そう言うと、少年は照れくさそうに笑いながら荷車の後ろへ回り、荷台を押し始める。


 今はまだ駆け出し鍛冶屋のこの少年は、これからどんな職人へ育っていくのだろう。


 いつもより少しだけ軽い荷車を引きながら、私はそんな未来に思いを馳せるのだった。


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