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エルフの鍛冶屋 ―辺境の街で紡ぐ小さな物語―  作者: ぱられ


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薪割り斧

 体にまとった薄手のシーツの隙間から、忍び込んだ冷気が首筋を撫でる。その冷たさに肌が粟立ち、強制的に意識が引きずり出された。


 寝る前にも寒くなってきたなと思い、毛糸のチュニックを着てベッドへ入ったのだが、さすがにそろそろ冬用の寝具を出した方がいいかもしれない。


 腕をさすりながら起き上がり、足元の大きな木箱を開くと、防虫用に薬屋から分けてもらった薬草の香りが部屋に広がった。


「さすがに、干さないと使えないよねぇ」


 窓の外へ目をやると、陽はまだ昇り始めたばかりだ。ひとまず、ベッドの上に冬用の寝具を広げる。


 厚手の毛布、羽毛で作った上掛け、羊の革、天蓋用の布。


 私は自分を着飾るものには無頓着だが、毎日使うものにはこだわりがある。作業着もそうだが、この寝具もおそらくそれなりの高級品だ。


 旅をしている間は寝具など必要なかったが、たまに手に入る羽毛や綿毛を『いつか使うかも』と集めては、クッションに加工していた。それを、この街で暮らすようになってから仕立て屋に上掛けへ仕立ててもらったのが、これだ。


 染色も刺繍もされていない質素な生地だが、小さな綿毛が漏れないように選んだ目の詰まった生地は、少し値が張った。だが、肌触りがよく暖かいので気に入っている。


 すぐに干したいところだが、まだ朝露も残っていそうなので、ひとまず朝食を済ませることにする。


 階段を降り、暖炉に掛けていた鍋を片手に工房へ入る。いつものように炉の上へ掛け、炭を起こして前日のスープを温め始めると、ゆっくりと室温が上がり、体がほぐれていくのを感じる。


 スープを器によそい、もそもそと口へ運んでいると、工房の扉が叩かれ、少年が入ってきた。今朝はやはり寒かったのだろう。少年はフード付きのケープで、頭から肩まですっぽりと覆っている。


「おはようございます、親方」


「おはよ。今日は冷えるねぇ」


「朝は寒かったですけど、工房はやっぱり暖かいですね」


 そう言いながら、少年はケープを脱いで丁寧に畳むと、木箱の上へ置いた。それから湯沸かし用の小鍋に手をかざし、魔法で水を満たし始める。


 夏に魔法を教えてから毎日少しずつ練習を重ねたことで、水もお茶を沸かす程度の量なら出せるようになってきた。最近は毎朝、私の食後のお茶を楽しそうに淹れてくれている。


「今日は何をするんですか?」


「昨日持ち込まれた、薪割り用の斧の手入れかな。その前に、ちょっと寝具を干すのを手伝ってもらえる?」


 今回は炭屋からの依頼だったが、薪割り斧の研ぎ直しは、これから少しずつ増えてくるだろう。


 収穫期も終盤に差しかかり、朝の寒さだけでなく、仕事を通じても冬が近づいていることを感じ始める時期だ。


「斧の研ぎ直しはこれから増えるだろうから、今日は研ぎ方を覚えて、一緒にやってみようか」


「じゃあ、先に寝具を干してきますよ。寝室にありますか?」


「毛布と上掛けは大きくて持ちにくいだろうから、羊の革と天蓋の布だけ運んできてくれる?」


 少年は快く返事をすると、住居へ繋がる扉を開けて二階へ上がっていった。


 初めの頃は、仕事以外のことまで少年へ頼むのを私の方がためらっていた。だが最近では、少年の方から引き受けてくれることも増えている。


 さすがにすべてを任せるわけにもいかないので、私は残りのスープを一気に口へ流し込んだ。


 階段を降りてきた少年には、運んできた寝具を家の前の柵へ掛けておくよう頼む。私も寝室から毛布と上掛けを抱えて外へ出ると、その隣へ広げて干した。


 木箱から出したばかりの時は平たかった上掛けも、空気を含んでふんわりと膨らんでいる。


「まだ毛布も出してなかったんですね」


「干すのが面倒だったんだよ。でも、さすがに今朝は毛糸のチュニックだけでも寒かったからねぇ」


「ズボンを履けばいいじゃないですか」


 そう言われて自分の足元を見ると、毛糸のチュニックの裾から素足が覗いている。ちなみに、中に着ているのは肌着だけだ。


「シーツに肌が触れる感覚が好きなんだよねぇ。できることなら、冬でも裸でシーツにくるまりたいくらいだよ」


「とりあえず、今から仕事なのでズボンは履いてくださいね」


 少年が朝食の片付けを引き受けてくれたので、いったん部屋へ戻って着替えを済ませる。


 工房へ戻ると、昨日持ち込まれた数本の薪割り斧を作業台へ並べ、少年に声をかけた。


「さて、薪割り斧の研ぎ直しだけど、今まで手入れしてきた包丁や鎌みたいな、切るための道具とは少し違うから説明するね」


「同じ刃物なのに、違いがあるんですか?」


「枝払いや伐採用の斧は切る道具だけれど、薪割り斧は文字通り、薪を割る道具なんだよ。薪へ食い込ませて左右へ押し広げるのが目的だから、あまり鋭くしすぎると、深く刺さって抜けなくなっちゃうんだよね」


 薪割り斧は包丁や鎌と違い、刃の部分に厚みがある。薪の繊維に沿って食い込ませることで、クサビのように繊維を押し広げ、引き裂くことができるのだ。


 切る刃物と同じ感覚で研いでしまうと、かえって使いにくくなってしまうので、注意が必要だ。


「最後の仕上げには砥石も使うけれど、基本はヤスリで欠けた部分を整えていくんだ。まずは欠けた部分へヤスリを平らに当てて、欠けがなくなるまで削り落としてくれる?」


 斧を万力で固定すると、少年と並んで作業台の前に立ち、ヤスリで刃先を削っていく。


 初めは刃を潰すことに抵抗があったようだが、新しく刃を付けるのも鍛冶屋の仕事だと説明すると、納得したらしい。それからは迷わずヤスリを動かし始めた。


 欠けがなくなると、今度は斧の側面の曲線に合わせ、鋭くなりすぎないようヤスリで削っていく。


 ヤスリの扱いには少年もすでに慣れているので、初めての薪割り斧が相手でも、すぐに要領を掴んだようだった。


「ヤスリを使った作業は、もうかなり慣れたみたいだね」


「槌はまだ難しいですけど、ヤスリがけはお掃除に似てるので、けっこう好きなんです」


 言われてみれば、ヤスリで凹凸を消していく作業は、掃除に近いのかもしれない。


 確かに、少年は以前から掃除が丁寧で上手だとは思っていたが、まさか好きだったとは思わなかった。


 もしかして、私もヤスリがけだと思えば掃除を好きに……。いや、たぶん無理だろうな。


「刃先は綺麗にできたね。次は砥石で刃を付けるんだけど、今回はこの砥石を使います」


 私はいつもの四角い砥石ではなく、手のひらほどの大きさをした円盤型の砥石を少年へ渡す。鍛冶屋だけでなく、農家や冒険者も好んで携帯する小型の砥石だ。


「それは君に渡しておくから、普段はカバンにでも入れておいてね。ちょっとした刃物の手入れにも使えるけれど、薪割り斧の刃を付けるのには便利だから、今日はこれを使おう」


 薪割り斧を万力へ固定したまま砥石を水で湿らせると、荒い面を刃先へ当て、円を描くように優しく研ぎ始める。


「普段の砥石は真っ直ぐに動かすけれど、これはくるくる回しながら研いでね。深く握り込むと指を切っちゃうから、指先でつまむように持って」


 少年はしばらく私の手元を注意深く観察すると、同じように砥石を動かし始めた。


 この研ぎ方は、鋭い刃物へ刃を付けるのにはあまり向いていない。だが、ちょっとした手入れなら十分に使えるし、何より初心者にも扱いやすい。鋭い刃を必要としない薪割り斧には、最適な研ぎ方でもある。


「これもお掃除みたいですね」


「簡単だけれど、鋭くしすぎないように気を付けてね」


 研ぎ終えた刃先を指で触り、引っ掛かりを感じる程度まで研げていることを確認する。


 紙は切れないが、木には食い込む程度の鋭さ。口で言うのは簡単だが、これも感覚に頼る部分なので難しい。


「試しに、薪へ食い込ませてみようか」


 縦に置いた薪の上から、研ぎ終えた斧を軽く落とすと、こつんと繊維に沿って刃が食い込んだ。


 少年も同じように、自分の研いだ斧を薪へ落としてみるが、うまく食い込まなかったので、もう一度研ぎ直す。二度ほど刃先を調整すると、同じように薪へ食い込ませることができた。


「うまく研げたね。じゃあ、私は仕上がった斧に油を塗って柄の調整をするから、残りの研ぎはお願いしてもいい?」


「やってみます!」


 少年が万力へ別の斧を固定するのを見ながら、私は手入れ用の油と布を準備する。


 任せてもらえる仕事が増えたことが嬉しいのか、少年の表情は少し誇らしげだ。


 教え始めた頃は、ゆっくり覚えていってくれればいいと思っていたし、できることが増えて嬉しそうにする少年を見るのが、私も楽しかった。


 だが、実際に任せられる仕事が増えてくると、作業の負担が減り、時間にも余裕が生まれることを実感するようになった。


 弟子を育てることで、工房が今までよりも回りやすくなる。


 頭では理解していたつもりだったが、実際に戦力になり始めた少年を見ていると、私まで少し誇らしい気持ちになった。


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