褒めること、認めること
薪割り斧の研ぎ直し依頼はそれほど多くなかったので、気が付けば少年の作業は終わり、私が柄の調整を終えるのを待つ段階になっていた。
まだ作業が多く残っているようなら、いったん手を止めて昼食を食べに行ってもよかった。だが、今削っている柄を仕上げてクサビを打ち込めば終わりなので、ここで止めるのは少し面倒に思えてしまう。
「悪いんだけど、ここまで仕上げちゃいたいから、お昼を買いに行ってもらってもいい?」
「いいですよ。何が食べたいですか?」
「君に任せるよ。好きなものを買っておいで」
お金の入った革袋と木皿を渡し、工房の扉から出ていく少年の背中を見送る。
初めのうちは、買い物やお使いに慣れさせるつもりで昼食の買い出しを頼んでいたのだが、今ではすっかり頼ってしまっている。
私としては、一緒に並んで街を歩くのも楽しい。だが、お使いへ出るようになったおかげで、最近は『エルフの鍛冶屋の弟子』として、少年の顔もかなり知られるようになったらしい。これはこれで喜ぶべきことなのだろう。
削り終えた柄を薪割り斧へ差し込み、突き出した余分な部分を切り落として、クサビを打ち込む。
これで、ひとまず今回の依頼分は終わりだ。だが、これから薪の消費も増える時期なので、近いうちにまた研ぎ直しの依頼が増えてくるだろう。
製品としても、雑貨屋辺りから卸してほしいと言われそうだ。午後からは、新しい薪割り斧を作る準備でもした方がいいだろうか。
作業台を片付け、お茶の準備をしていると、外から荷車の音と少年の話し声が聞こえてきた。
出ていく時には荷車を使っていなかったので、途中で誰かと会ったのだろうか。
工房の扉が開き、木皿を抱えた少年の後から入ってきたのは、木箱を抱えた老騎士だった。
「こんにちは、エルフ殿。少々よろしいですかな?」
「あら、おじさま。どうしたの?何か依頼?」
「薪割り用の斧の研ぎ直しをお願いしたいのです」
どうやら、抱えている木箱には薪割り斧が入っているようだ。
そろそろ依頼が増える時期だろうとは思っていたが、その日の午後に早速持ち込まれるとは思わなかった。木箱を覗くと、刃こぼれした斧が数本入っている。
「兵士長様も、お使いみたいなことをするんだね」
「兵士の中では、私が一番暇ですからな」
実際には暇なのではなく、自由に動きやすいというだけなのだろう。だが、こういうちょっとした冗談を言えるところも、街の人たちから好かれている理由なのだろうな。
「ひとまず、お昼を食べてからでも大丈夫?」
「そのつもりで、私も昼食を買ってきましたので、ご一緒しますよ」
私がお茶を淹れている間に、少年が食事の準備をしてくれる。
どうやら買ってきたのは、トラウトの塩焼きのようだ。湖畔市で食べてからというもの、少年に昼食の買い出しを頼むと、よく魚を買ってくる。
この年頃の男の子は肉を好むものだと思っていたのだが、どうやら魚が気に入ったらしい。
「街の様子はどう?」
「荷運びをする冒険者の出入りが少なくなってきたようですから、近隣の農村も、そろそろ収穫が落ち着いてきたようですな」
例年よりも、工房の前を通る荷馬車の数が多いような気がしていたが、本当に今年は豊作だったようだ。
食事をしながら話を聞いていた少年が、少し不安そうに顔を上げる。
「収穫に時間がかかると、収穫祭の時期も変わりますか?」
「いいえ。収穫祭は毎年、収穫が終わり、商隊の出入りも落ち着く頃になるよう調整されておりますからな。多少収穫が長引いても大丈夫なのですよ」
この辺りは寒冷地なので、夏の終わり頃から麦を収穫できる一般的な地域に比べ、収穫作業が短い時期に集中しやすい。
そのため、収穫祭もわりと遅めの日程に調整されている。
「豊作ってことは、収穫祭も盛り上がりそうだね」
「兵士にとっては、今年最後の大仕事ですな」
その後も街の話を聞きながら昼食を終える。
少年に食器の片付けを任せ、私は倉庫から鋼を持ち出して炉の前へ立った。
「片付けが終わったら、その薪割り斧の研ぎ直しをやってくれる?私は斧の刃先に使う鋼を準備しちゃうからさ」
「僕がやっていいんですか?」
「仕上がりは私が確認するから、大丈夫だよ」
午前中の仕事ぶりを見る限り、任せても大丈夫だろう。
少年も午前の作業で少し自信が付いたのか、片付けを終えると、嬉しそうに老騎士の持ち込んだ薪割り斧を万力へ固定し始めた。
「おや、もう研ぎ直しを任されるようになったのですか」
「まだ薪割り斧くらいだけれどね。包丁やナイフは、もう少し練習が必要かな」
少年がヤスリを動かす音を聞きながら、炉の温度を上げていく。
明日は薪割り斧を作りたいので、ひとまず今日のうちに、刃先へ使う鋼だけでも仕上げておきたい。
軽く叩き伸ばすだけなので、少年に研ぎ直しを任せれば、今日中に作業を終えられるはずだ。
「うまいものですなぁ」
「一気に削らず、ゆっくりやると綺麗に仕上がるんです」
槌を振る合間に、二人の話し声が聞こえてくる。
少し得意げに説明する少年の声が微笑ましく、自然と笑みがこぼれてしまう。
「おじさまは、こんなところで油を売っていていいの?」
「せっかくですから、研ぎ終えた斧を持って帰りますよ」
老騎士は嬉しそうに少年の手元を眺めながら、昼食の時に淹れたお茶を飲んでいる。
弟子入り前から見知っている小さな鍛冶屋の成長を眺めながら飲むお茶は、さぞおいしいことだろう。
なんだか少し羨ましいなと思いつつ、私は槌を振り続けた。
鋼を叩き伸ばし、数本の細い棒状に仕上げ終えて少年へ目を向けると、砥石で薪割り斧の刃先を研いでいるところだった。
作業台には、すでに研ぎ終えた斧が数本置かれている。そのうちの一本を手に取り、刃先へ指を当てて確認すると、うまく研げているようだった。
「私も先ほど確認しましたが、うまく研げていますよ。うちの新兵もそうですが、子供の成長というのは目覚ましいものですなぁ」
「若者を羨むには、まだ早いんじゃない?」
「エルフ殿に言われると、形なしですな」
私が軽く睨み付けると、老騎士が楽しそうに笑う。
なんだか年寄り扱いされたようで気に入らないが、まぁ事実でもあるので、なんとも言い難い。
ふと少年へ目を向けると、作業の手を止め、不安そうに私が持っている薪割り斧を見つめていた。
何か問題があったのだろうか。
「あの、親方。仕上がりはどうですか?」
「うん。よく研げてる。問題ないよ」
そういえば、老騎士との話に気を取られ、まだ少年へ感想を伝えていなかった。
私が仕上がりを褒めると、少年は嬉しそうに微笑み、再び作業を始める。
午前中にも褒めたし、これだけよくできているのだから、本人にも自信があるものだと思っていた。だが、私が確認するまでは不安だったのだろうか。
「お師匠に褒めてもらえて、よかったですなぁ」
「はい!」
あぁ、そういえば、すっかり忘れていた。
少年の満面の笑みを見て、自分が初めて鍛冶を教わり始めた頃を思い出す。
頑固なドワーフに必死に食い下がって教えを請い、鼻で笑われながら何度も作り直した。そして、たった一言の『いいな』に、胸が高鳴ったことを。
もちろん、自分の商品を手に取ってくれた客に褒めてもらえるのも嬉しい。だが、教えを受けた師に褒めてもらうことには、また違った喜びがあるものだ。
今までも自然と褒めていたとは思う。だが、これからは仕事の出来をしっかり確認し、できたことをきちんと認めてあげなければならない。
手伝いとして過ごした期間も長く、少年はまだ幼い。そのため、私の意識もすぐには切り替わらないのだろう。
だが、この子はれっきとした私の弟子なのだ。
今までは何となく仕事を任せてきたが、これからは、仕事の出来を認めたうえで任せるのだと、きちんと言葉にしなければいけないな。
「薪割り斧の研ぎ直しは、これからも増えるだろうから、今後は君に任せるね」
「頑張ります!」




