冬の予定と秋の約束
冒険者ギルドの食堂でミートパイと果実水を買い、少年とシスターと一緒にテーブルに着く。
席に着いてからも、少年はずっとギルド内の冒険者を気にして、辺りを見回していた。何か気になることでもあるのだろうか。
「ずっと落ち着かないみたいだけれど、何かあったの?」
「物語に出てくる冒険者ギルドでは、入った途端に冒険者に絡まれていたので、現実はそうではないんですね」
そういえば、最近の物語ではそういう話も少なくない。物語を盛り上げるために作られた展開なのだろうが、実際の冒険者ギルドを知らなければ、そういう場所なのだと思ってしまうのだろう。
「ここは冒険者がお仕事を受ける場所だからね。そんな場所で騒ぎを起こしたら、お仕事を受けられなくなっちゃうでしょ?現実にはそんな人は滅多にいないし、むしろギルドの中では、冒険者の方が礼儀正しいくらいだから、心配しなくて大丈夫だよ」
心配していたというよりは、少し期待していたのだろうか。どこか残念そうに食事を始める少年を微笑ましく眺めながら、私もミートパイを口へ運ぶ。
今日のミートパイの具材は鹿肉だそうだ。夏も終わり、すでに禁猟期も明けたのだろう。
「鹿肉が出回り始めると、秋が来たのだと感じますね」
「もう少し寒くなると、今度はイノシシが出回り始める時期か。お肉で季節を感じられるのはいいことだよ」
国によっては、森の狩猟権を領主や王族が独占している場合もある。この街のように、季節ごとの獣肉が当たり前に流通しているのは、地域が健全で豊かである証拠だ。
初めて来た頃は、色々と物足りない地域だと感じることも多々あった。だが、実際に住み続けてみると、好ましいところがたくさん見えてくる。
「季節といえば、シスターに相談があったんだ。雪が深くなると、この子が歩いて通うのも大変になるよね?シスターは何か考えていることがある?」
「確かに、エルフさんの工房までの道は少し大変ですね。雪が多くなる時期は、お休みさせましょうか?」
「僕はお仕事を休みたくないですよ?」
工房でも少し話したが、少年はできるだけ仕事を休みたくないようだ。
私としても、すでに少年を一人の戦力として数えているので、いてくれた方が助かる。それに、冬は時間を作りやすいので、教えたいことも多い。
「私としても、冬は鍛冶仕事がしやすい季節だから、あまり休ませたくはないんだよね。例えばだけど、雪が深くなる時期だけでも、うちに泊まらせるのは無理かな?」
これは、けっこう前から考えていたことでもある。
夏にも、大雨の中をずぶ濡れになって通ってきた少年を見かねて、雨が強すぎる日は休ませるよう、シスターにお願いしたことがあった。だが、天候が悪くなるたびに休ませていては、冬の間はほとんど仕事ができなくなってしまう。
「そうですね。十二歳になる頃を目処に孤児院を出ることにもなりますし、夏にもそんなことがありましたから、練習を兼ねてお泊まりを考える時期なのかもしれません。でも、ご迷惑にはなりませんか?」
「この子は、自分のことなら一通り自分でできるでしょ?私としては特に不安はないよ。気にしているのは、本人の気持ちと孤児院側の許可だけかな」
少年を見ると、少し考え込んでいるようだった。
今まで孤児院以外で寝泊まりしたことはないだろうし、不安もあるだろう。だが、遅かれ早かれ孤児院を出ることになる。事前に練習できるだけ、恵まれているともいえるかもしれない。
「親方が迷惑じゃないなら、僕はお仕事を休みたくないので、お泊まりしたいです」
少年は顔を上げ、真っ直ぐにシスターを見つめて答えた。
特に不安を感じているようには見えないので、もしかしたら私への遠慮があったのかもしれない。子供はもう少しわがままになってもいいと思うのだが、これもこの子の美徳なのだろう。
「分かりました。では、シスター長には私からお話ししておきます。それから、冬になる前に食材を少し持ち込ませますね」
「子供が一人増える程度なら、そこは気にしなくていいよ。着替えだけ持ってきてくれれば大丈夫。他に何か必要なものってあるかな?」
「今思いつく限りでは、食器や布類くらいですね。特に寝具が問題です。孤児院では、数人で一つの寝具を使って寝ていますので」
寒い地域では、家族が同じ寝具で身を寄せ合って寝ることも、何も珍しいことではない。家畜を飼っている農家などでは、家畜と同じ部屋で寝て暖を取ることもあるくらいだ。
孤児院でも、子供たち同士で身を寄せ合い、冬の寒さをしのぐのだろう。
「私と一緒に寝るから、寝具はいらないよ。食器は、使い慣れたものの方がよければ持ってきて。あとは……」
「一緒に寝るのですか!?この子のためのお部屋が用意されているわけではなく?」
「空き部屋がないわけではないけれど、掃除も片付けもしていないからね。寝具も一人分しかないし、孤児院でもそうやって寝ているなら問題ないでしょ」
真剣に悩み始めたシスターを、私と少年は何が問題なのか分からないまま、揃って首を傾げて眺める。
いずれは住み込みにするという話ではあったが、まだ先のことだと思っていたので、少年の部屋は準備できていない。
私の寝室は暖炉の煙突が通っているので比較的温かく、ベッドも広い。特に問題はないと思うのだが。
「そうですね。えぇ、問題はないでしょう。でも、住み込みになるまでには、必ずお部屋を準備してあげてください。これは約束ですからね」
シスターが、いつになく真剣な目で私を見つめてくる。
教会の寄宿舎では、皆に一人部屋が与えられるのだろうか。確かに、それなら少年にも同じような環境を用意してあげたいと思うのは当然だろう。
私も少年の生活環境を悪くしたいわけではないので、そこはきちんと約束する。
シスターはまだ少し困った表情をしているものの、ひとまず冬に向けての準備は、これで問題なく整った。
資材も買い足せたし、雪が深くなっても少年は仕事を続けられる。冬には、炉の前に立つ作業を本格的に始めてみるのもいいかもしれないな。
冬についての話が一段落したところで、シスターが何かを思い出したように顔を上げる。
「そういえば、薬師さんが一緒に収穫祭に行こうとおっしゃってましたけど、工房はお休みできるんですか?」
「農具の修理依頼が本格的に舞い込むのは、収穫祭が終わってからだからね。それも、ほとんどは春までに仕上げてほしいという依頼だし、一緒に行けると思うよ」
ついこの間、湖畔市で薬屋と話したばかりだと思っていたのだが、よほど楽しみにしているのか、すでにシスターにも伝えていたらしい。
「シスターは、収穫祭の間にお休みを取れたの?教会も色々と忙しいでしょ」
「収穫祭が開かれる三日間は、教会からの炊き出しも行いますが、交代でお休みも取れるんです。私は二日目にお休みをいただけるので、その日は一緒に遊びましょうね」
この街の収穫祭は見に行ったことがあるが、昼に軽く見て回り、食事を買う程度だった。
誰かと一緒に遊びに行くのは私も初めてなので、今から楽しみだ。ふと少年へ目を向けると、少し寂しそうな顔をしている。
「僕はお休みが三日目なので、一緒には行けないですね」
「できれば同じ日にしたかったのですが、さすがに特別扱いはできませんからね」
どうやら、少年とシスターの休みは別の日になってしまったらしい。シスターは申し訳なさそうな表情を浮かべ、少年の頭を撫でている。
湖畔市で話をした時から楽しみにしていたので、私も少し申し訳ない気持ちになってしまう。
「じゃあ、三日目は私と一緒に行こうか」
「お仕事を二日間も休んじゃっていいんですか?」
「大丈夫だよ。その代わり、収穫祭が終わったら忙しくなるから、お仕事を頑張ろうね」
少年が嬉しそうに大きく頷くのを見て、シスターと顔を見合わせ、ほっと笑い合う。
あまり自分からわがままを言う子ではないが、こうして時折見せる子供らしい一面は、年相応でとても可愛らしい。
今までは収穫祭といっても特に予定はなく、農具の修理依頼が増える時期が来たなと思う程度だった。
それなのに、誰かと予定を立てるだけで、同じ催しのはずの収穫祭が、まったく違うもののように感じられる。そう思うと、胸の奥が温かくなった。
「さて、午後からの仕事も頑張るために、お昼を食べようか」
そう言って、私は少し冷めたミートパイを口へ運んだ。




