鍛冶屋の冬支度
「軟鉄がだいぶ減ったねぇ。鋼はまだ大丈夫……」
「炭も少ないですよ」
今日は朝から、倉庫内の整理と在庫の確認をしている。そろそろ冬に備えて資材を買い足しておきたい時期なので、少年に手伝ってもらいながら在庫を数えようとしたのだが、まずは片付けから始めようと提案されてしまった。
「片付けると数が分かりやすくなるねぇ」
「今日決めた場所に、毎回きちんとしまってくださいね」
片付けながら、資材の置き場所も少年に決めてもらった。時間はかかったが、かなり使いやすくなった気がする。
少年も今まで倉庫へ資材を取りに入るたびに、いつか片付けたいと思っていたらしい。私は置き場所に特にこだわりがないので、ここは少年の使いやすいようにしてもらうのが、きっといい。
「この倉庫、こんなに広かったんだねぇ」
「そういえば、冬に向けて買い足すって言ってましたけど、何か大きな注文でも入るんですか?」
「この辺りは、冬になると雪が深くなる時期もあるでしょ?この家は街中まで距離があるからね」
街中は人の往来も多いし、兵士や冒険者が定期的に雪かきをしてくれるので、何週間も家から出られないということはそうそうない。
私の家も北門のそばなので、街まで往来できなくなるほどではないが、雪の中で荷車を引くのは面倒だ。そのため、秋のうちに資材を多めに買い足すことにしている。
「そういえば、孤児院でも冬になるとお散歩の時間がなくなりますね」
「孤児院では、冬の間どうやって過ごすの?」
「前庭で雪遊びもしますけど、お裁縫をしたり、木のお皿を作ったり、籠を編んだりですかね」
どうやら孤児院では、農村の冬籠りと似たような過ごし方をしているようだ。雪の中を出歩かず、手仕事を通じて色々な技術に触れさせるのだろう。
そこでふと、冬の間の少年の通いについて考える。雪が深くなれば、ここまで通わせるのは難しいのではないだろうか。
「冬の間のことを、シスターと相談しないといけないかもしれないね。雪が深くなると、ここまで通うのも大変だろうし、お休みにしてもいいけれど……」
「お休みは嫌です。ちゃんとお仕事をしたいので、頑張ってここまで歩きますよ」
やる気があるのは嬉しいが、まだ体の小さな少年を、雪の中で毎日歩かせるのはさすがに危ない気がする。場合によっては工房へ泊まらせることも考えなければならないが、その辺りもシスターの許可が必要だろう。
冬のことについては近いうちに話をすることにして、資材を買い出すために工房を出て街へ向かう。私が荷車を引かずに歩き出したので、少年は不思議そうに首を傾げた。
「今日はたくさん買いに行くんですよね?荷車はいらないんですか?」
「急ぎの買い出しじゃないからね。配達は冒険者ギルドに依頼を出して、運んでもらうんだよ」
鍛冶屋だけでなく、織布や木工の工房でも、大量の資材の運搬を冒険者に頼むことは少なくない。
この時期は、収穫期を迎えた農村からの運搬依頼も多いので、依頼は早めに出した方がいいだろう。
商店街と工房街の境目辺りには、木材や金属の資材を扱う店が立ち並んでいる。その中に、行きつけの鉄材商の店が見えてきた。
ここは、私が工房を開いてからずっとお世話になっている店だ。先代のおじいさんの頃から世話になっていて、息子さんへ代替わりした今も取引は続いている。
「いらっしゃい、エルフさん」
店に入ると、馴染みの鉄材商が笑顔で出迎えてくれた。
私がこの店へ通い始めた頃から、先代のおじいさんはほとんど店番をしているだけで、実際に店を切り盛りしていたのは今の店主だった。
珍しい鉱石や鉄材をこっそり私のために取り置いていたおじいさんは、よく息子である彼に怒られていたのだが。
「そうだ。この間の商隊から、るつぼ鋼を仕入れたんですよ。一つ残してあるんですけど、買います?」
いたずらっぽく笑う鉄材商の顔が、当時のおじいさんに重なって見え、思わず吹き出してしまう。
代替わりしたのだから、同じようなことをしなくてもいいと以前伝えたのだが、『好きでやっている』と言われたことを思い出す。
同じような顔で、同じことを言われるなんてね。
「ねぇ親方、るつぼ鋼ってなんですか?」
「ここから東にある国で作られている特殊な鋼でね。鍛造すると、表面に木目や水面みたいな模様が浮かび上がって、とっても綺麗なんだ」
るつぼ鋼は製法が特殊なので、それほど多く仕入れられたわけではないはずだ。この街には鍛冶屋もいくつかあるし、きっと仕入れた当日には、奪い合うように鍛冶屋たちが押しかけたのだろうな。
「それで、今日は何をお求めで?」
「冬に向けた買い込みにね。この木札に書いてある量でお願い。荷運びはいつも通り冒険者ギルドへ依頼を出すから、準備だけしておいてくれる?もちろんさっきのるつぼ鋼も一緒にね」
「ふむ。これならすぐに準備できますよ。明日以降ならいつでも大丈夫だと、ギルド側には伝えておいてください」
鉄材商に代金を支払い、その足で炭屋へ向かい、同じように注文を済ませた。これだけあれば、冬の間の資材には困らないだろう。
別に冬の間ずっと外出を控えるわけではないが、どうせ配達まで頼むなら、まとめて買ってしまった方が楽だ。
「さて、買い物も終わったし、冒険者ギルドに依頼を出しに行こうか。ついでにギルドの食堂でお昼にしよう」
「冒険者ギルドに行くのは初めてです!食堂もあるんですね」
冒険者ギルドには、依頼を求める冒険者だけでなく、依頼を持ち込む街の人も多く集まる。
そのため、待合室代わりのテーブル席で食事も取れるよう、軽食を扱う食堂が併設されている。私も何度か依頼のついでに利用したことがあるが、量も多く、味も悪くない。
ギルドに入ると、人はそれほど多くなかった。おそらく、まだほとんどの冒険者は依頼に出ているのだろう。
受付へ依頼を出しに近づくと、見慣れた聖職者の服が目に入った。
「シスター?珍しいところで会ったね」
「エルフさんこそ、ご依頼ですか?」
なんでもシスターは、教会側からの依頼を伝えに来たところだったらしい。昼食もどこかで食べて帰る予定だったそうなので、一緒にギルドで食べようと話をして、受付へ向かった。
受付で話を聞くと、やはり今は運搬依頼が立て込んでいるらしい。急いでいるわけでもないし、荷物は腐るものでもないので、手が空いた時で構わないと伝えて依頼を確定させた。
受付を離れ、いつの間にかいなくなっていた少年を探すと、掲示板の前でシスターと一緒に依頼書を眺めていた。
「何か面白い依頼でもあった?」
「運搬と護衛の依頼が多いなって思いながら見てました。いつもこんな感じなんですか?」
「時期によるんじゃないかな。今はちょうど収穫の時期だから、街と周辺地域を行き来する運搬依頼が多いんだよ。それに、街へ集まった収穫物を他の街へ売りに行く商人の護衛依頼も増える。そんな感じじゃないかな?」
街の様子を知りたければ、冒険者ギルドの依頼を見ればいい。これは、私が実際に旅をしながら様々な国の街を見て、実感したことだ。
運搬や護衛、採取や討伐。どれか一つだけが多すぎても、逆に少なすぎてもよくない。
この街に出されている依頼は、種類も数もほどよい割合だと思う。依頼の数に対して冒険者が少ない気もするが、このくらいなら仕事に困ることもないだろう。
依頼の多さは、住民から寄せられる信頼の証でもある。
ギルドや街の行政からのものだけでなく、住民からの依頼もほどよく張り出された掲示板は、街とギルドのしっかりとした繋がりを感じさせてくれた。




