異国の武器
しばらく自由市の中を歩いていると、前方から歩いてきた小さな黒い大木と目が合った。
向こうもこちらに気付いたようで、立ち止まると面倒くさそうに腕を組み、鼻を鳴らしている。
「あら、ドワーフ。こんなところで何してるの?」
「なんじゃ、エルフ。仕事はどうした」
「うちの工房はあんたのところと違って、それほど仕事が立て込んでるわけじゃないからねぇ」
農具の修理もだいぶ落ち着いてきているし、ドワーフの工房にもそれなりに余裕が出てきている頃だろうか。
収穫時期はちょっとした修理こそ持ち込まれるが、大がかりな修理依頼が回ってくるのは、収穫が完全に終わってからだ。ドワーフの工房を間借りしていた頃にも、そんな時期があったような気がする。
「あんたら、鍛冶屋かい?よかったら見ていかないか?」
声のした方へ目を向けると、近くの露店にいた商人がこちらを見ていた。
どうやら、ちょうど立ち止まったのは金属製品を扱う露店の前だったらしい。刃物や様々な道具が並べられている。特に目新しいものがあるようには見えないのだが、わざわざ鍛冶屋に見てほしい品でもあるのだろうか。
「こいつは、かなり遠くの国から流れてきた品らしいんだ。たまたま手に入って、こうして持ち歩いてるんだが、けっこう値が張るもんだから売り先に困っててな」
商人が見せてきたのは、一本の短剣だった。
鍔のない木製の柄と鞘に包まれたそれは、一見するとただの木の棒にしか見えない。だが、私は旅の途中で同じ形のものを見たことがあったので、短剣だと分かった。
ドワーフはそれを商人から受け取ると、鞘から刀身を引き抜く。この国では見慣れない、美しい波紋の浮かんだ片刃の短剣が、太陽の光を反射して煌めいた。
「どうだい、綺麗だろう?切れ味だって、そこらの剣なんかよりよほど優れてる。参考にするためにも、買っちゃくれないかい?」
商人の説明は間違ってはいない。
実際、あの国ではこの剣を美術品の域まで昇華させ、武器以外の価値を与えることに成功していたはずだ。私自身、刃物の研ぎ方にはその国で学んだ方法を取り入れていて、評判も悪くない。
しかし、このドワーフの目にはどう映るのだろう。
ドワーフは短剣を目の高さまで持ち上げ、丁寧に検分し始める。だが、しばらく眺めると、すぐにフンと鼻を鳴らした。刀身を鞘へ収め、商人の手へ戻す。
「こりゃ使えんわい」
「なっ!?あんた鍛冶屋だろ!見て分かんねえのか、この剣のすごさがよ!」
ドワーフの基準なら、そういう判断になるだろうとは思っていた。それにしても、もう少し言い方というものがあるだろうに。
まぁ、そんな気遣いをこの頑固な鍛冶屋に求めるのは、酷というものではあるのだが。
「言いたいことは分かるけどさ。ちゃんと説明してあげなよ」
「こいつは確かにいい剣じゃ。切れ味がいいのも、見りゃ分かる。じゃがな、こりゃ引いて切る刃物じゃ。この国で主流の叩き切る刃物とは、扱い方が根本的に違う。こんなものを作ったところで、扱える者がおらんわい」
私はこのドワーフを鍛冶屋として尊敬している。
だが、それは単に腕がいいからというだけではない。彼は、自分の作ったものを誰がどんな場面で使うのか、常に考えている。それこそ、わざわざ早起きをして兵士たちの訓練を見学するくらいに。
「私もこの男と同意見だよ。この剣を使う国で、実際に鍛冶を学んだことがあるんだけどね。あの国の剣士たちは、みんなこの剣を扱うための特殊な剣術を修めていたよ。扱いに慣れていないと、対象を切るどころか、剣を曲げたり折ったりしてしまうんだってさ」
目の前の鍛冶屋二人に勧めの商品を否定され、商人は見て分かるほどに肩を落としてしまった。
記憶が正しければ、ここからはかなり遠い国で作られた剣だったはずだ。もしかしたら、けっこうな苦労の末に手に入れた品なのかもしれない。
「見せる相手が悪かったね。握りと鞘は、まだかなり簡素なままでしょ?綺麗な布や細工で飾れば、貴族相手に美術品として売れるんじゃないかな?」
実際、あの国でも美しく装飾された剣は、武器だけでなく美術品として扱われていた。
少し助言すると、商人はほっとしたように胸を撫で下ろす。この国でも、武器を装飾品として集める貴族は少なくない。
とはいえ、よほど珍しいものを好む貴族にでも出会わない限り、売るのは大変だろう。そこから先は、彼の商人としての腕の見せどころだ。
その後、商売の邪魔をしてしまった詫びとして、ドワーフと一緒に、他所の工房で作られた刃物を一つずつ購入して露店を離れた。
もともと他所の鉄製品は購入するつもりだったので、ちょうどいい。
「親方もドワーフさんも、なんだか格好よかったですね」
「そう?けっこう迷惑な客だったと思うけどね」
「ワシは事実を言うただけじゃ」
以前にも似たようなことがあったなと思い、少年へ目を向ける。同じことを思い出していたのか少年と目が合い、二人揃って吹き出してしまった。
少し照れくさそうなドワーフと別れ、私と少年は改めて自由市を見て回ることにした。
「ねぇ親方。さっきの剣の研ぎ方って、もしかして親方の研ぎ方と同じですか?」
「完全に同じではないけれど、参考にはしているよ。でも、よく分かったね」
「親方の研いだ刃物は、艶々していて綺麗なので、そうかなと思ってました」
以前からそうだが、この子は本当に色々なものをよく見ている。
今日は気まぐれで自由市へ来ただけだが、こうして様々なものを見る機会を作ることも、彼にとってはいい勉強になるのだろう。
鍛冶に関係するものだけではない。
街や森、湖だけでもない。
もっと色々なものを見せてあげたい。少年を見ていると、そんな気持ちにさせられる。
「いつか一緒に海を見に行こうか」
「急にどうしたんですか?」
「前に、隣の領地は海に面しているって話をしたのを思い出しただけだよ」
まだ少年が弟子になる前。
工房の本棚に突っ込まれていた周辺地図を眺めながら、この辺りの地理や、私の旅について話したことがあった。
興味の赴くまま、私が様々な土地を旅していた話を聞いて、少年はまた私がどこかへ旅立ってしまうのではないかと、不安そうな目をしていた。
私にとって、もうここは自分がいたい場所になっている。一人でふらりと消えようなどという考えは、もう私の中にはない。
だが、言葉にしなければ伝わらないこともあったようだ。
何より、少年が私にここにいてほしいと思ってくれていることが、純粋に嬉しかった。
「旅行に行く時は、一緒に行こうって言ったでしょ?」
隣で手を繋ぐ少年が、嬉しそうに微笑んで頷く。
私は彼の鍛冶の師匠ではあるが、その人生すべてを導く保護者でも教師でもない。だから、私が彼に世界を見せなければならない義務があるわけではない。
それでも私は、この小さな弟子が世界のほんの一端にでも触れられるよう、手助けをしてあげたい。
世界は広い。
寿命の長いエルフにとってさえ、すべてを見ることなどできないほどに。
だからこそ、まずはこの辺境の街にいながら見られる範囲だけでも、少年に世界を見せてあげたい。
これは、私の自分勝手な小さな願いの一つだ。
私は鍛冶屋だ。
鍛冶屋としてできる範囲で、少年の世界を広げてあげられたら嬉しいな。
そんなことを考えながら、少年の手を引いて自由市を歩く。各地から見慣れないものが集まるこの場所は、少年にとって初めて触れる外の世界なのかもしれない。
「そろそろ行こうか」
小さな弟子の手を取り、私は工房へ向かって歩き出した。




